第28話 バルフォント家と学園はズブズブなんです

「学園長、ご苦労だった」


 オレは学園長室で学園長に労いの言葉を送った。

 デニーロ達の件に関する隠蔽工作にはこうした現地の人間の協力が欠かせない。

 あいつらは退学手続きを取るということになっているが、事実上の強制退学だ。


「いえいえ、バルフォント家のご子息にはいつも助けられております……。問題児はいつの時代もいなくなりませんのでな」

「デニーロ達はこれまでも脅迫行為を行ったり生徒を精神的や肉体的に追い詰めて何人も潰していたらしいからな」

「まったくです。未来ある子どもが、なんてのたまう輩もいますが奴らは人間ではなく怪物です。未来など必要ありません」

「だったら魔物討伐も必然というわけだ」


 学園長は皺だらけの顔を綻ばせた。

 こうやって学園長自らが協力してくれて大々的に発表することで隠蔽が完了する。

 勘が鋭い奴は気づいているかもしれないが関係ない。

 気づいたところで何もできないし、コソコソと探るような動きをすればこの世とお別れすることになる。


「デニーロのような輩が大人になってはより多くの人間が泣かされたでしょう。教育などという綺麗ごとですべての人間がまともになれば苦労はしませぬ」

「退学させただけじゃ足りないって気持ちはよくわかる。あんたもなかなかの苦労人だな」

「いやはや、まったくです……。あれから関係者への説明でヘトヘトになりました……」


 学園長はレオルグとも親交がある。

 更にバルフォント家は学園への多額な融資を行っているから、頭が上がらないだろう。


「ところでまた何かあったのか? わざわざ呼びつけるということはそういうことだろう?」

「はい。実は最近、生徒会が過激になりすぎております。というより一部の生徒といったほうが正しいのですが……」

「リリーシャか?」

「ご、ご存じでしたか」


 ここ最近、リリーシャは過激な手段で取り締まりをしているようだ。

 怪我をさせられる生徒が続出していて生徒会への不信感が募っていると聞いている。

 確かにリリーシャは問題かもしれない。が――


「原因はあんた達にもあるだろう」

「わ、私どもに……」

「生徒会に権限を与えているのは誰だ? 成績上位という基準のみですべてが優秀を決め込んで、成長途中の生徒に秩序を委ねている。それで都合が悪くなったらオレ頼みというのはおかしいだろう」

「確かに……その通りです」


 学園長がソファーに座ったまま項垂れた。

 言いたいことはまだあるけど学園長を責め立ててもしょうがない。


「リリーシャの件はオレがなんとかしよう」

「や、やっていただけますか! ありがとうございます!」

「ただし、どんな結果になろうと一切口出しをするなよ」

「はい、それはもちろん……」


 オレがリリーシャを殺すのか不安みたいだな。

 何せリリーシャは二大貴族の跡取り娘だ。彼女が卒業すれば学園としても箔がつく。

 まぁオレが学園の名誉まで考える義理はないけどな。


                * * *


「リ、リリーシャ様……ご、ご勘弁を……」

「だらしないわね! 次ッ!」


 屋敷の訓練場で私は召集した魔術師や剣士と模擬戦をしている。

 私は学園の寮から通っていないから、こういった自由が利くのが強みだ。

 幼少の頃から世話になっていた教育係りがもう私に勝てないから、こうして新しい人間を集めた。


「リリーシャ様! 御覚悟を!」


 次の相手は傭兵歴十六年のベテランだ。

 戦場では【剣将】と恐れられていたみたいで、油断をすれば一瞬でセーフティフィールドからアウトさせられてしまう。

 さすがの剣さばきで私に魔法を放つ隙を与えなかった。

 だけどこれじゃ足りない。


「遅いッ!」

「かわされただとッ!?」


 たかが魔力強化ごときで回避できるような攻撃をあいつは繰り出さない。

 それにこの男のそれはアルフィスに比べたらお粗末もいいところだ。

 魔力強化が全身に行き渡っていて無駄が多い。


 私は男に全方向からのファイアボールを浴びせてアウトさせた。

 終わってみれば私の体はまだまだ熱い。


「弱いッ! 弱すぎるわ! よくそれで戦場で生き残れたものね!」

「お、お嬢様! お言葉ですが少し言いすぎかと!」

「爺やは黙ってて!」

「ですが……!」

「黙りなさい!」


 子どもの頃から何かと世話を焼いてきた爺やを黙らせた。

 こればかりは妥協できない。

 爺やは心配しているけど、そこにいるお父様は満足そうに見ている。

 だからこれでいい。


 今の私はパーシファム家の人間として正しいことをしている。

 いちいち下々の人間に情けなんかかけるようではとても当主として務まらない。


「……次だ」

「しかしブランムド様。もうお嬢様は全員との試合を終えられました」

「何を言っている、爺。まだやれるではないか」

「いえ、いくらセーフティフィールドといえど痛みと精神的な疲労は残ったままです。これ以上は彼らの負担になります」


 お父様のブランムドは大変厳しい人だ。

 私がアルフィスに負けたと知って何度も平手打ちをしてきた。

 これこそが当主としての在り方、こうじゃなきゃあのバルフォント家は超えられない。


「ブランムド様、我々はもう限界……」


 誰かがそう言いかけた時、お父様が片手に浮かした火球を破裂させた。

 小規模かつ超密度の爆発は耳をつんざくほどで、この場にいた魔術師や剣士が青ざめている。


「聞こえなかったな。もう一度言ってみろ」


 強者であるほど格の違いを理解できるのか、ローテーションのように最初に戦った相手がフィールド内に入ってきた。

 最初からそうすればいい。


「では……うがぁっ!」

「下らない挨拶なんかいいのよ」


 私はその相手を完膚なきまでに叩き潰した。

 次の相手もその次も、とにかくアウトさせた。

 そうしてまた最初の相手に戻る。


「も、もう、やめ……」


 フラフラになっていようと私はひたすら手を緩めなかった。

 そうこうしているうちに私の魔力が限界に近づく。

 息切れをしているし、これ以上続けると魔力枯渇状態になって危険なことになる。


 だけど不思議と私の中でまだやれると感じていた。

 むしろまだやれと、私の体は言っている。

 これは魔力の囁き?


「はぁ……はぁ……さ、さぁ……とどめッ!」


 魔力を絞り出すようにして攻撃をすると同時に私は倒れた。

 もうダメだ、一歩も動けない。

 一日中、食事をとることなく戦い続けてさすがに限界だった。


「お嬢様!」

「待て、爺。見ろ」

「お、お嬢様の体が……」


 体が異様に熱くなっていた。

 まるで灼熱のマグマにでも落ちたかのように、炎に飲み込まれる感覚に陥る。

 普通ならとても動けないはず。


 だけど私は立ち上がった。

 体が異様な熱を放ったまま、私は確実に何かに成ったと確信する。


「ブ、ブランムド様。これは一体……」

「フフ、ようやく至ったか。さすがはパーシファム家の人間だ」


 私はとてつもない全能感で胸が満たされる。

 今なら誰にも負ける気がしない。

 この世界で一番強いのは私とすら思える。


 勝てる、これならあのアルフィスにも勝てる。

 さすがのあいつもこの段階にまでは至っていない。


「ふ、ふふ……わかる、わかるわ。これが魔術師の到達点……魔術真解ね」


 魔術真解。魔術師なら誰もが憧れる到達点。

 これに至った魔術師は世界でも何人といない。

 でも私は至った。成った。私は魔法を極めた。

 アルフィス、待ってなさい。

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