第19話 高慢ちきお嬢様をわからせる

「レティシア、立てるか?」

「はい……」


 オレが手を差し伸べるとレティシアが立ち上がった。

 いくら死なないとはいえ、痛みはしっかり感じる。

 レティシアは俯いたままオレの顔を見ようとしない。


 きついよな。でもこれが主人公に課せられた試練なんだ。

 お前はまだまだこれからだ。


「いいか、レティシア。今日の敗北は」

「明日の勝利、ですよね」

「よく覚えていたな」


 八年前にオレがレティシアに言ったセリフだ。

 レティシアはオレの顔を見て満足そうに笑う。

 そこへリリーシャが嘲るように視線を送ってきた。


「……あなた達、知り合いだったのね。もしかしてあなたが王子様かしら?」

「そう見えたか? だとしたらお前もなかなか恋愛脳だな」

「なんですって?」

「さっきからさ、本当はお前が王子様と結婚したいんじゃないか? パーシファム家に生まれたばかりに重い責任まで背負っちまったもんな」

「な……!」


 リリーシャは図星をつかれて初めて驚きの表情を見せた。

 そりゃこいつの内心くらい知っているさ。

 こいつは結局のところ、レティシアが羨ましいんだ。


 自分はパーシファム家の跡取り、そのためには背負うべきものがあるという思い込み。

 レティシアにつらく当たっていたのも実際はただの八つ当たりだ。

 だけど今のこいつはそれを自覚していないけどな。


 今はパーシファム家の跡取りとして立派になろうとしている。

 それなのに国のトップであるレティシアがこの様じゃまぁ面白くないよな。 


「アルフィス・バルフォント。あなた達のことは聞いているわ。各方面に多額の融資をしているものの、その実態は謎に包まれている」

「よく知ってるじゃないか」

「あなたが挑発してくれるなら私としても都合がいいわ」


 リリーシャが杖を握りしめてまたセーフティフィールドへ向かった。


「リンリン先生、アルフィスと戦わせて」

「連戦でもいいのか?」

「問題ないわ。こんなのハンデにもならない」


 オレは小さく笑った。

 相変わらず自信家でプライドが高い。

 オレもセーフティフィールドへ向かうと、リリーシャが杖を向けてくる。


「さっきのお姫様は私に完膚なきまでに負けた。あなたはどうかしら?」

「クククッ! 先制攻撃であれだけアドバンテージをとっておきながら時間をかけている時点でなぁ。大した実力差なんてないだろう」

「はぁ? あなた、どこに目をつけているの?」

「レティシアは心の準備ができていなかった。仲良しだと思っていたお前が敵意を剥き出しにしてくるなんて初めての経験だっただろう」


 だからといって勝負は勝負だけどな。

 その一瞬の油断が命取りになるけど、あえて言う必要はない。


「つまりお前はたまたまアドバンテージを取れただけだ。たった一回勝った程度で格付けが完了しちまったか? おめでた……」


 オレがベラベラ喋っていると火球が飛んできた。

 オレは体をひねって軽く回避して見せる。


「かわした……」

「よく練り上げられた魔力だけど少し無駄が多いな。力み過ぎて火球がでかくなりすぎだ。まるでパーシファム家の重圧みたいだ」

「偉そうにッ!」


 リリーシャは再び火球を繰り出して執拗にオレに当てようとする。

 こんなもの何発放ったところで攻撃していないのと同じだ。


「なんで……!」

「だから言っただろ。力みすぎなんだよ」


 こいつは魔剣の力を使わずに倒す。

 その上で徹底して敗北させてやることにした。

 オレは足や腕など、必要に応じて魔力強化をしている。


 これにより魔力消費を抑えられるだけじゃなく、ピンポイントで力を発揮できた。

 例えば足のみを強化していれば回避をより素早く行える。 

 攻撃の際に腕や足腰に切り替えればより高い威力を出すことができる。


 これに対してリリーシャのそれはあまりに無駄が多い。

 ゴルフなどのスポーツでも自分の力と体格にあったクラブを選ぶように、魔法も同じだ。

 今のリリーシャは身の丈に合わない威力を実現しようとしているから、速度がマジで遅い。


「はぁ……はぁ……!」

「ほら、見ろ。もうバテてきただろ? 魔力は体の機能の維持にも貢献しているんだから、無茶したら動けなくなるぞ」


 弊害は威力だけじゃなく、自身のバイタリティにも関わってくる。

 重いクラブで振り続けたら体に負担がかかって体力が尽きるのと同じだ。


「バ、バカにしてぇ! だったらこれならどう!」

「お、おい。それはやばいだろ……」


 リリーシャが明らかに上位の魔法を使おうとしている。

 熱くなりすぎだろ、炎だけに。


「今更慌てても遅いわ! 私を本気で怒らせたことを後悔しなさいッ! 炎属性最高位魔法……フレアッ!」


 リリーシャが魔力を解放してフィールド内を爆発で覆いつくす。

 これが精錬されたフレアならオレも魔法で応戦するしかないんだが、あまりに隙が多かった。

 爆発が散漫的な上に魔力強化した足があれば、その穴をかいくぐることができる。


 ゲームで言えば某爆弾男だな。

 いくら特大火力でも、リリーシャへの道筋を見極めていけば回避しながら接近できた。

 こんな風に。


「はぁ……はぁ……はぁ……ぜぇー……ぜぇー……え?」

「よう」

「なん、で……?」

「もう何もできないだろう? せめてもの情けだ。自分の足でフィールドから出ろ」


 オレはフィールドの外を指した。

 リリーシャはようやく自分が受けている屈辱を理解したみたいだな。

 下唇を噛んでふるふると震えている。


「ふ、ざけんじゃ……」

「じゃあオレはこれからお前を死なない程度に痛めつける。強制退去なんてさせない。まずは爪でも剥がそうか?」

「ひっ……!」


 オレはリリーシャの手をとって爪に触れた。


「いやぁぁーーーーーーー!」


 リリーシャはオレを振り払ってフィールドの外に逃げてしまった。

 その勢いで転んでしまったせいで、クラスメイト達に見下ろされる形になる。


「あぅ、あうあう……」

「……少しやりすぎたかな? リンリン先生、これはオレの勝ちでいいよな?」


 オレがリンリンに聞くと無言で頷いてくれた。


「さっすがアルフィス様ぁ!」

「おいおい、声がでかいぞ」


 この状況で両手を上げて喜んでいるのはルーシェルだけだな。

 ルーシェルがはしゃぐ傍らでリリーシャがボロボロと涙をこぼし始める。


「うっ、うっ……ひぐっ……ふぇぇ……」


 よほど怖かったのか、リリーシャは嗚咽を漏らしていつまでも泣いていた。

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