第16話 女性陣がオレのことで争っている(姉含む)

 明け方になり、屋敷に帰ってきた。

 あくびは出るものの疲労感はあまりない。


「アルフィス様、使用人達は生かしたままでいいんですか?」

「問題ない。騒いだところで誰も信じないだろうし、ことが大きくなればうちの特殊清掃班が掃除するだけだ」


 バルフォント家お抱えの特殊清掃班は殺人などの痕跡を消す。

 オレが殺したデマセーカ家の屋敷の警備隊はあえて見せつけるために死体を残したけど、今頃は綺麗さっぱり消えてるはずだ。

 あいつらは基本的に直接手を下さないけど、無駄に騒ぎ立てた一般人などは掃除することになっている。


「初任務成功おめでとぉぉーーーからのキスっ!」


 屋敷の扉を開けるなり飛びついてきたのはミレイ姉ちゃんだ。

 屋敷に入った途端にくるのは初めてのパターンだな。

 というわけでオレは余裕の回避を見せつけて、ミレイ姉ちゃんが地面にぺちゃりと落ちる。


「ひゃんっ!」

「なんでオレが任務達成したってわかるんだ?」

「いたた……。そりゃアルフィスならあの程度の依頼はなんてことないってわかってたから、おめでとうキッスの練習くらいしてたわよ」

「失敗すりゃよかったかな?」


 失敗したらしたでオレを溺愛しているこの姉が何をするかわからないんだよな。

 デマセーカ家の屋敷ごと水攻めして水圧で潰すくらいやりかねない。


「まーたキスとかふしだらなことして!」

「あら、ルーシェルちゃん。キスくらいでふしだらだなんて、世の中にはもっとすごいことがあるのよ?」

「す、すごいことって……」

「あーあー、お顔がまっかっかー!」


 おい、仮にも七歳の前だぞ。自重しろ。

 七歳の弟を襲ってキスしようとする奴にそんな倫理観を期待するのは無駄だろうけど。

 呆れてスルーしようとした時、オレの体が水球に包まれた。

 ふわりと水の中に取り込まれたオレは頭だけ顔を出す。


「ぷはっ! おい、何するんだよ!」

「疲れたでしょ? 寝室まで運んであげる」

「おい、バカやめろ」

「遠慮しないでさー。あ、そういえばこの剣って魔剣なんだっけ?」


 ミレイ姉ちゃんは水球の水を操って魔剣をあっさりと奪っていった。

 黒死蝶のじいさんにあっさり勝ったオレが、いいように遊ばれている。

 ミレイ姉ちゃんがその気になればオレは今ので死んでいた。


 なんてことはない。水球の水圧でぺしゃん、で終わりだ。

 世の中、上には上がいるというのはまさにこのことだな。

 悔しいけどまだ全然敵わない。


「我が主に対して、それ以上の無礼は許さん」

「わぁ! なんか出てきた!」


 魔剣から出てきたヒヨリが水球をあっさりと割って出てきた。

 割れた水球は闇の霧状となって消えていく。


「強いわねぇ。アルフィスったらお姉ちゃんという女がいながら、すごいのと付き合ってるわね」

「そなたごときが我が主を弄ぶなど100年早いわ。失せよ、小物」

「なるほどね、わかったわ。じゃあどっちがアルフィスを愛せるか、勝負ね」

「フン、小賢しい。わらわが認めた主がそなたのような女に浮つくはずなかろう」

「どうかしら?」


 いや、何の勝負が始まってるんだよ。

 なんかめっちゃバチバチと火花が散ってる気がするんだが。

 実の姉がその土俵に上がること自体がおかしいって、いつになったら気づいてくれるんだろうな。


                * * *


「アルフィス。初任務、ご苦労だった。少し物足りなかったかもしれんな」


 レオルグはオレがあっさり勝ったのを知ってか知らずか、挑発を含めた言い回しをする。

 黒死蝶のじいさん相手に苦戦したとでも思ったんだろうか?

 それでも謙遜する必要はない。


「あぁ、あの程度の相手で楽な任務だったよ。父上は優しいな」

「フ……いいぞ。それでこそバルフォント家の息子だ。まぁあの黒死蝶もさすがに老いたか」

「父上は違うだろう?」

「老いに負けて一線を退いた者などと一緒にされては困る」


 レオルグの体を波動が包んでいる。

 ほんの少しだけ威嚇するように波動が陽炎のように揺らめいて今にも爆発せんばかりだ。

 この波動のコントロールは今のオレじゃできない。


 レオルグもそれがわかっているから、こうやって格差を見せつけている。 

 要するに調子に乗るなよってところだろう。

 こいつはオレに強くなってほしいとは思っているが、超えてほしいとは思っていない。


 常に自分こそが最強であり支配者であり続けたいんだ。

 だからオレや他の家族はあくまで手駒としての強さに留まってほしいと願っている。

 裏を返せばこいつは小物なんだ。


 誰かが自分を脅かすことを恐れている。

 自分の立場が消えてなくなるのが怖くてたまらない。

 その行き過ぎた思想が世界王レオルグを誕生させてしまった。


「アルフィス、波動はうまく扱えているか?」

「いや、父上のようにはいかないな」

「どこで波動の存在を知った?」

「物心がついた時からかな」


 ほらな。こんな探りを入れるってことはオレが脅威になるかもしれないと思っている。

 バルフォント家でレオルグに次ぐ実力者はヴァイドだけど、あいつが波動に目覚めたのはもっと後だ。

 片や7歳で波動を操っていれば、そりゃ怖くてたまらないだろうよ。


「波動の知覚は天才、操作は天賦。いずれも超えられない壁がある。お前は現時点で天才というわけだ」

「天賦であることを願っているよ」


 オレが引かない姿勢を見せるとレオルグがぴくりと眉を動かす。

 これ以上、挑発し合っても意味がない。

 オレは話題を変えることにした。


「父上、ベランナをなぜ違法薬物にした?」

「……何のことだ?」

「王族にベランナを違法薬物指定にするよう指示したのはバルフォント家だろう」

「そこまで知っていたか。本当にいい息子だよ」


 レオルグがクツクツと笑う。

 デマセーカ家に同情するわけじゃないけど、そのおかげで市場の様相は大きく変わったはずだ。

 バルフォント家がその気になれば今栄えている貴族を一瞬で没落させることもできる。

 デマセーカ家だけが例外じゃないというわけだ。


「邪魔だからだ。バルフォント家以外の者に力を得る資格はない」


 オレは何も言わなかった。

 追及したところでそれがすべてでしかないからだ。

 この国の民は何も知らずに表向きの情報を鵜呑みにして、バルフォント家の関与なんて疑いもしない。

 その裏にはあるのはたった一人の男のエゴのみなんて誰も知る由もない。


「アルフィス、お前には他の兄弟と同じく八年後に学園へ入学してもらう」

「それもバルフォント家のためか?」

「そうだ。時がくれば詳細を話す。今は腕を磨いておくがいい」


 王立セイルランド学園。平民から貴族が通うその学園にオレが入学する理由、それは一つしかない。

 九年後こそがゲーム開始時、本編スタートだ。

 その時が来るまでレオルグの言う通り、更なる修練に励むとしよう。

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