第15話 甘ったれるな

「バドウラめ、やけに遅いな」


 デマセーカ家の当主である私は自室にて不安に駆られていた。

 王族の目を盗んでベランナの栽培を成功させること五年、裏のルートで流通させること二年。

 国内のマフィア相手に地道に商売をした結果、デマセーカ家は見事持ち直すことができた。


 当初、私が当主となってからのデマセーカ家は滅亡の危機を迎えていたのだ。

 デマセーカ家は代々ベランナの花の栽培で財を成した。

 この花には魔力増強の成分が含まれており、それが魔法薬の素材となる。

 ところがそのベランナが戦後になってから、急に国によって取引を禁止されてしまった。

 これがなぜそうなったのかはわからない。


 表向きには副作用の危険性が説明されていたものの、戦前は王国の騎士団ですら使っていたほどだ。

 それで戦果は上がっていたし王国にとってもありがたい存在だったはず。

 そんな突然の発表に先代の父は頭を抱えた。


 騎士団によってベランナはすべて押収されて焼却処分されてしまったのは今でも覚えている。

 あまりの理不尽さに父は怒ったが騎士達は聞く耳などもたない。

 その後は合法的な製薬業を行ったものの、付け焼刃の事業などうまくいくはずがなかった。


 その結果、デマセーカ家は規模を縮小して急激に弱体化した。

 使用人の数を減らして物件をほとんど売り払って残ったのはこの屋敷のみだ。

 かつての栄華はどこにもない。


 それから父は病に伏せてしまい、とうとう逝ってしまった。

 私の手を握りながらデマセーカ家を頼んだと言い残して。


(ふざけるな。こんな理不尽な話があってたまるか)


 私は父の敵討ちのつもりでデマセーカ家の再興を試みた。

 何が違法薬物だ。知ったことか。

 国が我々を見捨てるならば従う義理などない。


 ベランナの栽培に適した場所を見つけた後は見つからないように徹した。

 王族の目をかいくぐって流通ルートや客を開拓して早数年。

 デマセーカ家はようやくかつての栄光を取り戻しつつある。


(フフフ、王族め。ベランナは再び国内に流通している。今に見ていろ)


 デマセーカ家が完全に復興した暁には国に多額の支援を行うつもりだ。

 そうすることによって王家は我々に感謝をして、やがてデマセーカ家なしでは存続できなくなる。

 なに、こんなものはどこの貴族もやっていることだ。

 今、繁栄している貴族はどこも王家に多額の支援を行っているからこそ大きな顔をしていられるのだ。

 そう、王家などと言うが貴族とは持ちつ持たれつの関係でしかない。


 デマセーカ家は今度こそ返り咲く。

 それこそが父や私の願いなのだ。


――コンコン


「何だ?」

「お客様がお見えです」

「こんな深夜に客だと? 何の話も聞いてないが?」

「し、しかし……」


 その時、ドアが開けられてしまう。

 使用人ごときが何を勝手なことを、と怒鳴ろうとした。


「失礼するぞ。お前がデマセーカ家の当主か」

「こ、子どもだと!? おい、なぜ勝手に……」


 そこまで言って私が気が付いた。

 青ざめた使用人の背中に剣が突きつけられている。

 幼い少年と少女の二人が大人の女を脅してここまで入ってきたというのか?

 いや、待て。減ったとはいえ、屋敷には警備がいたはずだ。


「おい! 警備は何をしている!」

「聞き分けがなかったからな。外を見ろ」


 少年に促された私は窓から庭を見た。

 そこには警備をしていた者達が血を流して倒れている。

 なんだ、これは。


「理解したか?」

「バ、バドウラは……」

「今頃は死体も残っていない。黒死蝶だったか? そこそこだったけど、引退した老兵に頼りきりなのはよくないぞ」


 冗談ではない。

 年老いたとはいえ、バドウラの実力ならば今でも騎士達では束になってかかってきても問題ない。

 それがこんな少年に殺されたなど信じられん。


「ところでもちろん心当たりはあるだろう?」

「ベ、ベランナのことだろう! ふざけるなよ! なぜ禁止されねばならん!」

「なぜ、と問われたらそれはおそらくバルフォント家の意思だろうな」

「バルフォント家だと!?」


 バルフォント家が王族と密な関係になっているという噂は聞いている。

 しかし王族を簡単に動かせるとは思えん。

 いくら支援を行っている貴族家とはいえ、政に口を出せば無事ではすまない。


 その辺の線引きを見極めた上で我々は王族と付き合っているのだ。

 パーティに呼ばれたら形式上の挨拶をして心にもないお世辞を口にして愛想笑いを浮かべる。

 それが貴族や王族との付き合いだ。


 バルフォント家とて例外ではない。

 当主のレオルグも国王の前では跪いていたはずだ。


「公には王族が違法薬物指定しているがな。ベランナがあってはどうもバルフォント家にとって都合が悪いようだ」

「で、ではバルフォント家はたったそれだけのために……たったそれだけのために我らを滅ぼしたというのか!」

「あぁ、父が迷惑をかけたならオレから詫びよう。すまなかった」


 少年はあっさりと頭を下げた。

 理解が追いつかない。なぜバルフォント家がそこまでする?

 いや、それ以前になぜ王族すら従っている?


「が、それとこれとは別だからな。お前は違法薬物を取り扱ってしまったせいでオレに殺される」

「ふざけるのも大概にしろ! いつもお前達のような有力な貴族ばかりが甘い汁をすする! 我々のような弱小貴族は虐げられて、生きる手段さえ失う! だから選べる手段などないというに!」

「甘ったれるな」


 少年の剣から何か黒い霧のようなものが出ている。

 足腰に力が入らず、私は壁にもたれかかった。

 あんな幼い少年でさえこの恐ろしさとは、これがバルフォント家だというのか?


「この世界には水さえ得られずに死んでいく人達が大勢いる。幼いうちから両親を殺されて兵隊として駆り出されて死ぬ人間もいる。それに比べてお前は水だって飲める。頭を使っていくらでも生きることができる。誰かに生殺与奪の権利を握られているわけでもあるまい」

「そ、それは……そうだが……」

「結局、お前は過去の栄光を忘れられずに相応に生きることを放棄しただけだ。いや、お前達といったほうが正しいか」

「う、わ、わかった……心を入れ替える……。見逃してくれ……」


 少年は私の言葉を聞いて剣を下ろした。

 わかってくれたのか?


「そうか。本当に心を入れ替えるんだな?」

「約束する! これからは正しく世のために生きる!」

「わかった」


 よかった、許された。

 これで私はまだ生きられる。フン、今度は決して見つからないようにする。

 以前よりも巧妙に――あ、ぐ、げぇ


「なん、で……」

「今、ほんの少しの間でも心を入れ替えて正しく生きただろう。じゃあ後は死んでいいぞ」

「ごふぉ……」


 少年の剣が私の肩から腹にかけて両断して私の意識は途絶えた。

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