第13話 能なし鷹は爪を隠さない

 時は少しさかのぼり、バルフォント家にて。

 父のレオルグがリビングから出ていった後、残ったヴァイドとミレイはまだくつろいでいた。


「デマセーカ家か。父上もなかなか意地の悪いことをする」

「ヴァイドお兄ちゃん、デマセーカ家って?」

「王都内にある子爵家だ。貴族としては大したことがないが、あそこには確か戦場の黒死蝶がいた」

「なにそれ?」


 ヴァイドが酒を一口飲んでから、グラスを見つめる。

 その瞳にはアルフィスへの哀れみと期待の念が込められていた。


「その姿を見た者に凶報を伝えると恐れられている男だ。傭兵の世界ではそこそこ名が通っていたな。今は執事として本性を隠しているが、あそこを狙うなら戦いは避けられないだろう」

「お兄ちゃん、詳しいわねぇ」

「戦いの場に身を置く者として、強者の情報は常に頭に入れている」

「さすが戦闘マニアね。で、それは強いの?」


 ヴァイドが酒をグッと喉に流し込んだ。 


「今のアルフィスでは、な……。父上も人が悪い」

「えぇーー! やっだぁーーー! 見守りにいかなきゃ!」

「決して手を出すな。出せば私がお前を殺す」

「やってみれば?」


 ほんの一瞬だけ放たれた二人の波動は屋敷を覆った。

 とある使用人はキッチンの清掃中、死を覚悟してナイフを喉元につきつける。

 とある使用人は故郷へ思いを馳せて、遺書の用意を始める。

 とある使用人はその場に座り込んで失禁してしまう。


「なんてね。アルフィスなら大丈夫」


 ミレイはパッと表情を変えてニコリとほほ笑んだ。

 解かれた波動のおかげで多くの者達が命を絶つ寸前で思いとどまった。


                * * *


 フラッシュナイトの人間が言っていた通り、倉庫前にいたのはじいさんといかにもな悪党だ。

 じいさんは長い爪を装着していて、皺だらけの顔で虚を突かれたような顔をしている。

 その足元で倒れている幼い女の子はまさか王女だったりしないよな?

 いや、オレも七歳なんだけどさ。見たところ同じくらいの年齢に見える。


「またもや子どもですか。今日はついているのか、ついてないのか……」

「お前がデマセーカ家の人間でそっちのヒゲ面が取引相手の三下ゴロツキか?」

「さ、三下だとぉ! このガキが舐めてんじゃねぇぞ!」


 まだじいさんと話しているというのに三下が背中から二つの斧を外した。

 両手斧のこいつはゲーム内にいないキャラだな。

 ということはゲーム開始前に殺されたんだろう。特に興味ないな。


「ルーシェル、あのヒゲ面の三下を適当に処理しろ」

「はぁい」


 パタパタと飛んで向かったルーシェルに三下が二つの斧を振り回した。

 空を切る音と共にルーシェルがひらりひらりとかわしていく。


「おっそ! ざぁこ! よわよわ!」

「はぁあぁぁぁッ! 大地割りぃッ!」


 ごろつきが二つの斧を振り下ろすと地面が割れんばかりに衝撃が走る。

 斬撃と共に地面に二本の跡が残るほどの威力か。

 だけどあんなもの当たらなければ何もされてないのと同じだ。


 それなりの戦闘経験はあるし弱いとは言わない。

 むしろあのカテゴリの人間の中では強いほうだろう。

 確かにあの程度ならチンピラの間ではお山の大将を張れる。


「はぁ……はぁ……こいつめぇ……!」

「あー、ボクも疲れちゃった……」

「ほぉ、だったら……グッ!」

「騙されてやんのー」


 ルーシェルの矢がごろつきの脳天を貫いた。

 ごろつきが前のめりに倒れて地面を血で濡らす。

 敵が疲れて休んだところで止めを刺すなんて性格悪いな。

 オレも人のことは言えないが。


「アルフィス様、あのジジイもやります」

「いや、あいつはオレが相手をする。ザコとばかり戦ってもしょうがないからな。少しくらいマシなのと戦わせてくれ」


 オレの挑発にじいさんがピクリと反応した。

 こんなガキに舐められちゃそりゃいらつくよな。


「これはこれは……驚きましたね。ガルゴはそこそこの実力者ではあったのですがね」

「あぁ、やっぱりな。あの程度で実力者を気取れる程度か」

「あなたもどうやらただの子どもではなさそうですな。私の名はバドウラ。デマセーカ家の執事をやっておりますが、かつては戦場の黒死蝶と呼ばれておりました」

「黒死蝶……?」


 ゲーム内でも出なかった名前だな。こいつもゲーム開始前に殺されていた奴なんだろう。

 そりゃ知るわけがない。

 そもそもデマセーカ家自体、ゲームではちょろっと名前が出てくる程度だ。

 そんなところの執事なんてモブですらない。


「その歳でよくやるよ」

「フフフ、よろしい。少し鍛えてあげましょうかな」

「鍛える、ねぇ」


 バドウラがフッと目の前から消えた。

 次にオレはバドウラの爪を魔剣で防ぐ。

 なるほど、それなりに速いな。


「ほぉ、この程度では難しいわけですな」

「……お前、もしかして相手の力量も見極められないのか? その上で手加減をしていたのか?」

「いえいえ、戦場を渡り歩いてきた身ですから強い人間の臭いはわかるのです。あなたをただの子どもとも思っておりませぬ。ヒヒヒッ!」

「じゃあ、なんで手加減した……?」


 オレの頭にはきっとクエスチョンマークが浮かんでいるだろう。

 そのくらいこいつの初撃は意味不明だ。

 オレとの力量差を考えたら最初から全力で殺りにいくべきだというのに。


 いや、そもそも向き合うべきじゃないんだがな。


「ヒヒヒヒヒィ! では参りますよぉ!」


 バドウラが高速で辺りを駆け回ってオレを取り囲む。

 円が小さくなっていき、オレをかく乱しつつ圧を与えるつもりか。

 だけどどうせ狙いはオレだ。

 思った通り、バドウラはオレの背後に回った途端に斬りかかってくる。


「ヒーーーヒヒヒヒヒッ! ほりゃぁーーー!」


 意気揚々としたバドウラだけどすぐにその喜びが絶望に変わるだろう。

 オレは悠々とその爪を魔剣で止めた。


「あ、う、爪が……」

「お前の爪の間って剣が挟まりやすいんだよ」


 バドウラの爪と爪の間に剣を刺し込んで、片腕を固定した。

 ジリジリと力を入れて剣先をバドウラに近づける。


「くっ……まだ片手が残ってますなぁーーーー! あっ……」


 バドウラが片方の爪で攻撃した瞬間にオレは魔剣で指ごと裂いた。

 その勢いで指と片方の腕が斬られて闇に消える。


「ひ、ひひぃ!? バカな! バカな! この私が、こうもあっさりと!」

「まぁこんなもんだよな。お前、波動がカスすぎて戦う前から弱いってわかったよ」

「は、どうですとぉ……」

「今のが全力だろうから、これ以上の戦いは意味ないな」


 オレが魔剣を向けるとバドウラが這って逃げようとした。


「嫌だ、死にたくない! 私はこれまで戦場で……何度も……」

「相手が悪いんだよ。バルフォント家の前じゃな」

「バル、フォント家……。王国の柱……じゃあ、あの噂は……」


 バドウラが何かを理解したようにして這うのを止めた。

 もう助からないとわかったんだろう。


「噂は本当だった……王国の……暗黒……実行部隊……影の支配者一族……ひ、ひひひ、ひいいぃーーーーー!」


 バトウラの背中に魔剣を刺して完全に息の根を止めた。

 直後の断末魔の叫びの後、闇がバドウラを包む込む。

 死に間際の言葉くらい喋らせてやるよ。


「ア、アルフィス様、強すぎでは……いつの間に?」

「あぁ、普段は波動を隠しているからな」


 ちなみに普段は波動を押さえているから、兄弟達だってオレの本当の実力はわからない。

 きっと平常時のオレの波動で強さを判断しているはずだ。

 能ある鷹は爪を隠すってやつだな。

 ところでそこの女の子はまさかのまさか、主人公様だよな?

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