第12話 おてんば姫(ヒロイン)の世直し

 私、セイルランド王国の王女レティシアは退屈していた。

 いや、退屈すぎることに違和感を覚えていたといったほうが正しい。

 この国は私が生まれた時から平和そのものだ。


 私が生まれる前は隣国との戦争状態にあったと聞いていたけど、それも一年と続かずに終結。

 王国側の被害はほとんどなかったなんて聞いて幼い頃はワクワクしたものだけど、考えてみれば不思議だ。

 一度、この王国の騎士団を見て回ったことがある。


 警備は杜撰であくびをかきながら詰め所で娯楽に興じる騎士達。

 お世辞にも有能とは言えない男が部隊長の座について出世している。

 訓練風景もひどいものだった。


 少しの体力作りとわずかな模擬戦のみで訓練は終了してしまった。

 騎士達全員に緊張感がまるでない。

 お父様に聞いても、それでいいのだなんてのんきなことを言うばかり。


 果たしてあんな人達がこの国の平和を守れるのかとずっと思っていた。

 疑問をもった私は度々城を抜け出して王都の様子を探っている。

 本当に騎士団のおかげで平和が保たれているならいい。


 だけど私はどうも納得できなかった。

 今日も深夜、王都をコソコソと移動している。

 私はこの国の王女だ。


 もし騎士団が秩序を守らないのであれば、王女である私がやらなきゃいけない。

 悪が動き出すとしたらこの深夜、どんな小さな芽も見逃すつもりはなかった。

 そう意気込んでいると、どこかの倉庫の前に何人かが立っている。


 暗くてよく見えないけどあれはいかにも怪しい!

 悪! 悪ね! 私は絶対に見逃さない!

 もっと近くに寄らないと!

 私は倉庫の陰からこっそりと様子をうかがった。


「ではこちらが今回の薬です。ヒヒヒ……」

「いつもすまねぇな。まったくよ、まさか貴族様がベランナをばらまいてるとは世も末だぜ」


 私は耳を疑った。

 暗くてよく見えないけどベランナという名前に心当たりがある。

 この国が隣国との戦争下にあった頃、国内で爆発的に普及した魔力増強薬だ。

 その副作用が問題視されて戦後は国内で取引が停止されたと聞いている。


 取引をしているのは白髪のおじいさんと黒ひげのおじさんだ。

 片方は見覚えがある。白髪のほうはデマセーカ家の執事だ。

 王宮のパーティで何度か見たことがある。


「綺麗ごとだけでは何事も務まりませぬ。世渡りに必要なのは地位と金の二つのみでございます」

「違いねぇ。おかげで俺達、ガルゴファミリーも楽に稼がせてもらってるぜ」


 なんてこと!

 デマセーカ家の執事とマフィアのガルゴファミリーが違法取り引きだなんて!

 これは見過ごすわけにはいきません。


「お待ちなさい! 悪党達、その悪事はこの目でしっかりと見届けました!」

「だ、誰だ!」


 悪党達の前に姿を現すとさすがにうろたえていた。

 私だってお城で剣術指導を受けている身、この程度の悪党なんて怖くない。


「おや、誰かと思えばおてんば王女ではありませんか。夜遊びとはいけませんなぁ」

「黙りなさい! 平和な王国の裏で悪事を働く悪党! この私が成敗します!」

「ふふっ、これは勇ましい……」


 あんなよぼよぼの老人執事を怖がる私じゃない。

 幼い身とはいえ、大人を制圧するくらいの実力はある。

 私は剣を構えた。けど、私は一瞬で背筋が凍り付いた。


「いやはや、戦闘などいつ以来でしょうなぁ……」


 執事は巨大な爪を装着して両手を広げた。

 執事があんな凶器を持っているとは思わず、私は絶句する。

 夜のそのシルエットが悪魔的で剣を持つ手が緩みそうになった。


「これでもその昔、隣国との戦争で百人以上を殺した実績があります。いやぁ、傭兵時代がなつかしい……王族のお嬢様には敵わないでしょうが……ヒヒヒッ!」

「だ、だからなんです! てやぁぁーーー!」


 意を決して私は執事に挑んだ。

 大丈夫、基本はすべて押さえてある。

 あんなのただ大きいだけの武器だ。


「おっと、子どもながらなかなか鋭いですなぁ」

「はぁっ!」

「手強い、手強い」

「やぁぁっ!」


 執事が私の剣をひらりと回避する。

 まったく当たらない。なんで?

 騎士達と違って私は決して訓練を妥協したりはしない。


 基礎を身に着けて、座学で戦術を頭に叩き込んだ。

 教育係りにも成長を褒められた。

 今の私なら大人相手にだって引けを取らないはず。


 それなのになんで、目の前に爪が――。


「きゃあっ!」

「おおっと、かすってしまいましたか。痛いですか? 痛いでしょうなぁ。あぁ、おかわいそうに……ヒヒヒッ!」

「まだ、まだぁぁーーーー!」

「おっと、危ない危ない」


 渾身の一撃すらかわされて、今度は執事の蹴りを受けてしまった。

 お腹にめりこむようにして入った蹴りで私はたまらず倒れてしまう。


「お、おえぇぇ……!」

「おーやおやおやおやおやぁ! おかわいそう、おかわいそうに! よしよし、よしよしよぉぉしっ!」

「ま、だ、まだ……」

「なんと! まだ屈していない! これが王族の血と誇りというものでしょうか? ガルゴさん、どう思いますかな?」


 執事が観戦しているガルゴに呼び掛けて、またヒヒヒヒと笑った。

 私は立てずに血の味と無力さを感じている。

 なんで、あんなに訓練したのに。


 私が幼い身だから?

 大人では勝てた?

 爪ではなく蹴りというのも、私への侮蔑と嘲りを感じる。


「ふぇぇ、ふぇぇぇーん……」

「おーーやおやおやおや! 泣いてしまわれましたなぁ! これでもわたくし、若い頃は戦場の黒死蝶と呼ばれていたのですよ! だから私に勝てないのは恥ではない! 安心なさい! ねっ?」


 痛みと屈辱で感情の行き場がなくなってしまった。

 こんなにも接近されて頭を撫でられて、私はそもそも戦いの相手とみなされていない。

 王国を害する悪を前にして何もできない。

 

 私は堕落していく王国を見ていることしかできないの?

 悪に屈してこのまま殺されるの?

 国を守れずして何が王族だ。


「あぁ、なんだか興奮してきましたよ……。子どもは幾度となく斬ってきましたが、やはりたまりませんなぁ……フヒ、ヒヒヒヒ……」

「さすがに理解できねぇな。女は大人に限るぜ。ていうか王族を殺すのはまずいんじゃないのか?」

「ガルゴさんは悪党のくせに真面目なんですよ。もうこの興奮は収まりそうにありませんし、ゆーっくりと楽しませていただきますねぇ」


 男の顔がまるで獣のように見えてしまった。

 いや、獣そのものかもしれない。

 今の私は獰猛な獣に何もできずに食べられるウサギだ。

 お父様、お母さま。勝手なレティシアをお許しください。


「見つけた。あれがそうか」


 暗闇の向こうで声がした。

 通りすがりの人? だとしたら危ない、逃げて。


「アルフィス様、なんかキモいのがいますよ。爪ながっ!」

「どうやら当たりみたいだな」


 声からして男の子と女の子?

 不思議と迷い込んだ子とは感じられず、どこか余裕があるように思えた。

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