第10話 ラスボスからの挑戦状

「あ、ギリウム兄さん」

「うぁっ……」


 あれから廊下でギリウム兄さんとすれ違っても、目を合わせずにコソコソといなくなる。

 何もとって食おうってんじゃないんだから、そんなに慌てて逃げなくてもいいのにな。


「アルフィス様、あいつ最近おとなしいですね」

「まぁさすがに懲りただろうよ。油断はできないけど、しばらくは何もできないと思うぞ」

「何かしてきたらボクが殺しますよ」

「次はさすがにないな。殺すしかなくなる」


 身内という温情で生かしてやったけど、あれが家族じゃないなら普通に殺してる。

 向かって来るなら殺す。それが命を狙ってきた奴に対する礼儀であり、作法だと思っている。

 ここは現代日本じゃない。法も秩序もあまり整っていない異世界だ。


 そんな異世界で殺しにきた奴をのんびり生かしたところで誰も守ってくれない。

 幸いこの世界、というか国では正当防衛だの細かい概念は法で遵守されてないみたいだからな。

 つまり逆に言えば法は守ってくれないということになる。


 こんな世界で頼れるのは自分の力だけだ。

 だからオレは強くなることを惜しまない。

 などと気合いを入れて拳を握りつつ部屋に入る。


 上着を脱いでからクローゼットを開けた時だった。


「はいチューーーーッ!」

「ほい」


 飛び出してくるミレイ姉ちゃんを軽く回避した。

 オレを抱きしめてキスしようとしたミレイ姉ちゃんはそのまま床に落ちる。


「びゃんっ!」

「鍵をかけてるのに当然のように侵入するのやめろよ」

「うーん、ちょっとありきたりすぎたかなぁ。もっと意表をつかないと……」

「次回に活かそうとするな。自戒しろ」


 ミレイ姉ちゃんは今までもこうして奇襲してきた。

 最初こそまともにくらってキスをされてしまったけど、今じゃ完全に読み切っている。

 でもさすがに天井から降ってきた時は心臓が止まりかけたけどな。

 ホラーゲームのクリーチャーかよ。


「ミレイっ! まーたアルフィス様の貞操を奪おうとしたなー!」

「ルーシェルちゃん。お子ちゃまのあなたにこんな大胆な大人の行動はできないでしょ?」

「で、で、できらぁ!」

「ふーん、じゃあやってみて」


 それは大人の行動じゃないんだわ。犯罪者の行動なんだわ。

 普通の人間は身内の部屋のクローゼットに潜まないんだわ。

 現代日本なら遅かれ早かれ確実に逮捕されてるぞ。

 顔を真っ赤にしたルーシェルの頭を撫でたミレイ姉ちゃんは当然のようにベッドに腰かけた。


「アルフィス、お父様が呼んでたわ」

「それを伝えるのに奇襲キスは必要だったか?」

「何事にもスキンシップは必要でしょ。あと鍵を開けられないように呪いか何かで封印したみたいだけど、お姉ちゃんには無意味ってわかるはずよ?」

「どうせ水魔法で液体化して侵入したんだろ」

「てへっ!」


 てへっじゃないんだわ。

 ミレイ姉ちゃんは水魔法を得意としている。

 普段はこんな下らないことに魔法を使ってるけど、本気を出したら数百の軍隊だって壊滅させられるからな。

 それでも自衛しないかというとそうじゃない。

 やらないよりはマシってやつだ。 


            * * *


「来たか。アルフィス、最近のお前は本当によくやっている」


 世界王ことレオルグが部屋で待ち構えていた。

 デスクの椅子に座ったまま、言葉とは裏腹にオレに厳しい眼差しを向けてくる。

 この男が褒めるということはそれだけ優秀な手駒に育ちつつあるということだ。


 強くなっているという意味で喜ぶべきことなんだろうけど、この男の思い通りにはいかない。

 だけど今は素直に賛美の言葉として受けとって礼をした。


「ミレイから聞いていると思うがお前に初任務を命じる」

「オレが初任務……ずいぶん早いな」

「今のお前ならばこなせると信じている。知っての通り、バルフォント家では王家の障害になるものを排除してきた。そうすることによって王家は我々により依存するようになる」

「今回の任務も王家にとって都合が悪いものが相手ってことか」

「そうだ。お前にはデマセーカ家の当主殺害と違法薬物の取引の阻止を命じる」


 デマセーカ家はゲームで名前だけ出てきた記憶がある。

 ゲームではすでに当主は死んでいて、王都の人間が殺されただのNPCが噂をしていたな。

 それ自体に特別なイベントはなくて、ただバルフォント家の暗躍を匂わせる描写ってだけだ。

 やっぱりバルフォント家が関与していたのか。


「違法薬物の取引現場に関する情報はあるのか?」

「それを見つけるのもお前の仕事だ。もちろんどちらが先になっても構わない」

「厳しいな。それを7歳のオレに任せるのか」

「私ができると見込んだ。お前はどうだ?」


 その目で射竦めらて、油断すると身動きがとれなくなりそうだ。

 ほんの微量だが恐怖の波動が放たれている。

 7歳相手に大人げないな、世界王。


「この私の波動に当てられて正気を保つか。素晴らしい、あのギリウムなら小便を漏らして震えていたところだ」

「じゃあ、少なくともギリウム兄さんよりは認めてもらえてるということか?」

「あれに期待できることは多くない。が、現時点での実績はお前より上だろう」

「わかった。オレが実績を作れば、ギリウム兄さんは本格的に何も言えなくなるわけだな」


 レオルグが薄く笑う。

 同意と受け取ったオレは頭を下げてから部屋を出る。


「あたっ!」

「いたのか、ルーシェル。初任務らしい、行くぞ」

「ふぁあい……」


 外で待っていたルーシェルはドアに聞き耳を立てていたようで、開けた際に思いっきり頭をぶつけた。

 バルフォント家としての初任務の時がきた。悪役プレイ開始だ。

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