第9話 家族会議
「ヴァイドにミレイ、久しぶりに話をしないか?」
深夜、私がリビングで腰を落ち着けているとちょうど二人が入ってきた。
口数が少ない長男のヴァイドは無言でソファーに座り、ミレイは厨房から持ってきたジュースをラッパ飲みしている。
いくら家族とはいえ、私相手にこの傍若無人ぶりを発揮できるのはミレイくらいだろうな。
「あーーっ! おいしっ!」
「もう少し味わって飲め」
「お父様こそ、そんな酒でチビチビやるなんてよっぽど機嫌がいいのね」
「確かに悪い気分ではないな」
確かに私は機嫌がいいといつもいい酒を飲む。
こんな気分になったのはいつ以来だろうか?
ヴァイドやミレイ、ギリウムが生まれた時か?
下らん、たかが子が生まれたくらいでこの私がそこまで舞い上がるわけがない。
ヴァイドがわずか9歳にして初任務を達成した時か?
あの泣き虫だったミレイが8歳で初めて人を殺せた時か?
今年に入ってギリウムが手下の魔物で反王国勢力が潜むアジトを壊滅させた時か?
それに比べたら今は何があるというのか。
そう思いたいところだが、原因はあのアルフィスだろう。
「アルフィスのことか」
「珍しく口を開いたと思えば鋭いな、ヴァイド」
「あなたは嬉しい時、必ず指で髭を触る癖がある」
「……恐ろしいものよ」
ヴァイドは口数は少ないが、その眼力だけなら私をも上回るだろう。
戦いにおいても敵のわずかな甘えを許さず徹底して追い込む。
閃光の瞬き、鬼神、剣聖、たった一人でこれほどの異名を持つ男など他に知らん。
敵国の部隊をたった一人で汗一つかかずに壊滅させて、その足で玉座にまで乗り込んで国王を屈服させたのだからな。
ここ最近で新たについた異名は国崩しだったか。
現時点でこの私がもっとも敵に回したくない男でもある。
我が息子ながらとんだ化け物に育ったものよ。
「アルフィスねー、かわいいもんね! この前、天井から奇襲キスをしたけど見事にかわされちゃったもの!」
「お前はそんなことをする暇があるなら少しは手持ちの魔法研究所の管理をしたらどうだ?」
「あそこはもう私がいなくてもやっていけるわよ。金塊を精製して腹が出っ張ったおじさん達にプレゼントしてあげたら大喜びだったわ」
「創成の魔女、それがお前の異名だったな。その気になればたった一人で市場を操作できるだろう」
ここに揃っている我が息子と娘はたった一人で国の命運を握れるほどの逸材だ。
バルフォント家は代々そのような素質に恵まれた人間を生み出している。
今や国王も私の顔を見るなり揉み手でもてなす。
その気になれば我々だけで建国が可能だろうが、多くを背負おうとするのは愚か者のすることだ。
本当の支配とは何か?
それは多くを背負っている者の手綱を握ることだ。
自らが速く走る必要がない。馬に走らせればいい。
国王という馬の手綱を握ることでバルフォント家はすべてを意のままに操ってきた。
王家にとって都合が悪いものが民に知れたら我々が動く。
王家にとって都合が悪いものが民に流れたら我々が動く。
こうして王家は我々に手綱を握らせるしかなくなるのだ。
「アルフィスか。あの歳であれほどの魔法を使えるとはな。ミレイ、お前が初めて基礎である無属性魔法を使えるようになったのは何歳だ?」
「えー、覚えてないけど確か8歳の頃?」
「アルフィスは7歳で闇属性の魔法を使いこなしている。おそらく8歳の頃のお前よりも精度は恐ろしく高い」
「ねー、ほんっとアルフィスってかわいいもんねー」
この事実をどう受け止めていいものか?
私が属性魔法を初めて使えたのは確か12歳の頃だ。
バルフォント家としては遅咲きと言わざるを得ないだろう。
「それよりも父上、本当に気になっているのは魔法などではないだろう」
「ヴァイド、お前は何が気になっているというのだ」
「はぐらかさないでほしい。波動だ。この世界でもあれを知覚できるものはそういない」
魔力とは違った生物が持つ特殊な力、それが波動だ。
波動の質はそれぞれ異なり、魔力とは違って無尽蔵に放たれている。
つまり操ることができれば魔法など足元にも及ばぬほどの力となるのだ。
それ故に知覚して行使できる者など王家にもいない。
ほとんどの人間が知ることがない力、波動は誰もが扱えたら厄介なことになるかもしれん。
「あの子、波動を使ってたわねぇ。さすがアルフィスねぇ」
「そんな言葉で片づけていい事態ではない。アルフィスがいつどこでその存在を知ったのか……」
「知ったとしても、あんなに簡単に操るなんてねぇ……あっ! アルフィス波動習得記念のプレゼントを用意するの忘れてた! ね、お父様! 何がいいと思う!?」
「……アルフィスに初任務を与える」
私がそう宣言すると浮かれていたミレイの表情が一変した。
ヴァイドも目を開いて私を鋭く睨む。
「ねぇ、お父様。それはちょっと早いんじゃない? もしアルフィスに何かあったら私、どうにかなっちゃうかも?」
「その時はお前が敵を討てばいい」
「まっ平の地形にしちゃうかも?」
「ヴァイド、お前はどう思う?」
私はあえてヴァイドに話を振った。
あの表情を見れば聞くまでもない。ああ見えてあの男は極度の負けず嫌いだ。
誰よりも才能に恵まれて、誰よりも努力を惜しまない。だから強い。
「……好きにすればいい。弟がどうなろうと私の知ったところではない」
「よし、ではそうさせてもらう。明日、アルフィスを呼び出して任務を告げよう」
「任務の内容は決まっているのか?」
「決まっている。任務は……」
私が任務の内容を告げるとヴァイドは今のアルフィスに務まらないなどとブツブツと呟き始めた。
この無口な男がずいぶんと口数が多くなったものだ。
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