第8話 愚かなクソ兄の心を折りたい

 アルフィスへの捜索部隊の魔物を放ってから二ヵ月、ギリウムこと俺は戦々恐々としていた。

 訓練にも身が入らず、兄上にも辛辣な言葉を浴びせられる日々だ。

 クソッ、あの兄上は強すぎるんだよ。まるで魔神の化身ともいうべき強さだ。


 本来ならアルフィスも訓練に参加すべきだが、あいつは一度として訓練場に来たことがない。

 父上はそれを咎めようともしないし、母上も同じだ。

 特に父上はあいつに期待しているなんて言っていた。


 俺でさえそんなことを言われたことがない。

 ミレイ姉さんに至っては自主的な行動とかほざいて褒めてやがる。


「クソッ! 手下どもは何をしてやがる! そろそろ戻ってきてもいいはずだ!」


 俺は自室の壁を叩いた。

 気に入らねぇ。なんであのアルフィスばっかり評価されやがるんだ。

 俺には兄弟の誰も持ち得ないテイマーのスキルがあるってのによ。


 俺はこいつを使って密かに最強の軍団を作り上げようとしている。

 今は父上にも秘密だが、城を建設中だ。

 そこを拠点にして俺はいずれ大陸を制覇する。


 王国なんてチンケなもんじゃねぇ。大陸の覇者だ。

 かつてのエルディアの皇帝のようにな。


 ギリウム帝国を築き上げてしまえば、バルフォント家がどうとかの次元じゃない。

 万単位の魔物の大軍をもって各国を攻める。

 万だぜ、万。こんな数を止められる勢力がどこにあるってんだ?


 大体父上や兄上は甘すぎる。

 こんな王国、玉座ごと乗っ取ってやりゃいいものを。

 なんで裏方みたいなことをいつまでもやってんだか。


 だから二大貴族なんてものに当てはめられるんだ。

 頂点は常に一つだろう。

 やっぱり男として生まれたからには夢はでかくもってこそってもんだ。


 その点、俺には巨大帝国を築くだけの資質がある。

 俺のスキルは父上や母上、兄上やミレイ姉さんだって持たない。

 あのアルフィスに至っては何も持たない、はずだった。


 あの歳で魔力どころか波動を扱っているなんて、どう考えてもおかしい。

 俺でさえ波動なんて扱うどころか感じることすらできないってのによ。

 あいつはどうにもおかしい。


 おかげで屋敷内でのあいつの評価が上がってやがる。

 天才だの神童だの、いずれは兄上や姉どころか父を超えるだの甘やかしすぎだ。

 気に入らねぇ。それにしても魔物ども遅いな。

 お、誰かノックしやがったな。父上か?


「入っていい……」

「そうか。じゃあ遠慮なく失礼するぞ」

「ぞ……」


 ドアを開けて入ってきたのはアルフィスだ。

 その手に俺の手下の首を持っている。


                * * *


 俺が手下の魔物の首を持って部屋に入ると、ギリウムが腰を抜かしそうになる。

 そこまで驚かすつもりはなかったんだけど、よっぽど手下に自信があったんだな。


「ア、アルフィス! て、てめぇ、なんだ、そりゃ!?」

「なんだとは冷たいな。お前の自慢の手下の顔を忘れたか? ほれ、よく見ろ」

「ううぅぅ! なんで、なんでお前が、お前が、まさか、倒したわけじゃ、ねぇよなぁ!?」

「ミレイ姉ちゃんに倒してもらったよ」


 その言葉を聞いてギリウムがホッとしたように見えた。

 こいつにそのブラックデーモンを倒せるわけがないと安心したな。

 たぶんこいつの手下の中で一番強いブラックデーモンだからな。


「いや、ウソだよ。信じた?」

「ウソ、だとぉ……!」

「仮にそうだとしたら、だぞ。オレのことが大好きなミレイ姉ちゃんがお前をどうにかしてしまうだろうな」

「じゃあ、じゃあそいつはお前が倒したってのかよ! 冗談かよ!?」


 ギリウムがヘナヘナと座り込んでしまった。

 あれだけ粋がっていた奴が今や末っ子にびびりまくりだ。

 いい薬になっただろう、と言いたいところだけどそれじゃわざわざこの生首を持ってきた意味がない。


「なぁ、ギリウム兄さん。この前の決闘で決着はついたよな? そんなに悔しかったか?」

「い、いや……それは……」

「ギリウム兄さんがオレを嫌いなのはどうでもいいんだけどさ。こう頻繁にちょっかいをかけられちゃたまらないんだよね」

「う、そ、そ、そう、か……」


 そうか、じゃないんだよ。オレは魔剣を抜いてギリウムに突きつけた。

 あれはあれでいい経験になったけど、さすがに命を狙われて穏便に済ますってのもな。

 現在、屋敷内での評価は長男>姉>オレ>>超えられない壁>>ギリウムとなっている。


 つまり今回のこいつのやらかしを父親のレオルグに報告したらどうなるか?

 考えるまでもない。ただそんなダサい真似はしたくない。


 オレはこの世界を攻略すると決めたんだ。

 自分の障害は自分で取り除く。

 こんな風にな、とばかりにオレはギリウムの首筋に剣先を近づけた。


「そ、その剣は……」

「ただの魔剣だよ」

「持ち手を選ぶ魔剣がお前なんかに……ありえない……」

「それより立場わかってるか?」


 オレは刃をより首筋に近づけた。

 少し力を入れたらこいつの命は消える。


「ひぃぃ! ま、待てぇ! 頼む! 落ち着いて話し合おう! な?」

「あぁ、オレは落ち着いてるよ。冷静にここで兄さんを殺せる」

「や、やめろぉ! 誰か……」


 ギリウムの背後にあるテーブルを真っ二つにした。

 闇に飲み込まれるように消えるテーブルを視界に入れたギリウムがたぶん人生二度目の失禁をしてしまう。


「ごめん、ちょっと手が滑った。まだうまく扱えなくてなぁ」

「や、や、やめてくれ、悪かった……もうちょっかいかけないからぁ……」

「そうは言ってもなぁ。お前、平然とウソつくじゃん。主人公の仲間を人質にとってアイテムを持ってこさせておきながら約束を破るとかさぁ」

「な、なんのことだ……」


 うっかりゲーム中のイベントを口にしてしまった。

 約束破りについてはアルフィスのほうが外道だけどな。


「んー、殺してもいいんだけどさすがに父さんと母さんになんて言われるか……」

「そう、そうだ! だから」

「土下座」

「え?」

「手をついて謝ってくれ。『アルフィス様と関係者には二度と手を出しません。俺なんぞ蛆虫が逆らうなど愚かでした』ってね」

「で、で、できるかッ!」


 さすがのギリウムもプライドがあるようで、即実行しなかった。

 オレが魔剣を振り上げると途端に態度を一変させて土下座を実行する。


「ア、アルフィス様と関係者には二度と手を出しません! 俺なんぞ蛆虫が逆らうなど愚かでしたぁ!」

「よくできた。今日のことは一生忘れないだろうよ」


 頭を上げたギリウムの顔をオレは思いっきり蹴り上げた。


「ぐぁっ!」

「今回はこれで勘弁してやるよ。後はミレイ姉ちゃんにバレないよう祈るんだな」

「ひっ、ひぃ……えぐっ……ひぐっ……」


 ギリウムが後ろの壁に頭を打ち付けてからグジグジと泣いた。

 こんなのが天下のバルフォント家の一員か。まぁでもこいつ、実質最弱だしなぁ。

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