第5話 誰も知らない隠し武器を取りにきた

「アルフィス様、今日はどこへ行くんですか?」

「山だ」


 オレがルーシェルに簡潔に伝えると小首を傾げた。

 バルフォント家からそう遠くない場所にジムル山脈というものがある。

 あそこはストーリー終盤に訪れる場所だが、そう奥へ行かなければ今のオレでも魔物を倒せないこともない。


 もちろん戦い方を考えて対策をしっかりした前提での話になる。

 例えば主人公がオレと同じ強さであそこに入っても入り口で全滅するのは確実だ。

 今のオレには闇魔法がある。こいつをうまく使って鍛えようというわけだ。


「山! いいですねぇ! お弁当作りますね!」

「いらん。現地調達でいい。余計な手荷物は邪魔なだけだ」

「えぇー? つまんない……」

「遊びに行くんじゃないぞ。オレは元より、お前にも強くなってもらわないと困る」

「ボ、ボクに強くなってって……そ、それってまさか……」


 なんか勘違いしているけど、オレに忠誠を誓うなら相応に強くなってもらいたいだけだ。

 ザコを連れて歩くだけ無駄だからな。

 でもこいつは最強の隠しボス、素質は十分だ。


「ア、アルフィス様……ボ、ボク、強くなりますね」

「その意気だ」


 やる気を出してくれたなら問題ない。

 さっそく屋敷を出てジムル山脈へ向かうこと半日以上、着いたのは昼過ぎだった。

 山への入り口にいる時点で魔物の鳴き声が聞こえてくる。


 この山全体から感じる波動からして屋敷周辺にいたザコとは訳が違うな。

 そうとなればのぼせ上がているこの天使にも気合いを入れてもらわないといけない。

 オレはルーシェルの背中をパンと叩いた。


「わぁおっ!」

「行くぞ」

「ボ、ボディータッチ……えへへ……」

「……本当に気を引き締めろよ?」

「はぁい」


 ジムル山脈に入るとほどなくして魔物とエンカウントした。

 敵はクレセントベア、要するにツキノワグマじゃねえかと思うけど爪が三日月状になっている。

 今のオレじゃ一撃で殺されてしまうほどの強敵だ。


「あわわ! あーわわわわ! ア、アルフィス様! に、逃げにゃいと!」

「こいつを倒せば大量の経験値が入るぞ。それ、ダークスモッグ」


 オレがツキノワグマ、じゃなくてクレセントベアに放ったのはギリウムに目くらましをした闇魔法だ。

 こいつの攻撃力は凄まじいけど暗闇耐性がほぼゼロなので、うまくいけばオレ達の実力でも倒せる。


「よし! 総攻撃だ!」

「えぇぇ! ボクもですかぁ!」

「当たり前だ!」


 オレが斬り込んでルーシェルが弓で攻撃する。

 そう、ルーシェルの得意武器は弓だ。

 それなのにあのギリウムのアホは小剣なんか持たせやがって。


 ゲーム知識がないとこういうのがわからないのは仕方ない。

 だけどちゃんとメンバーを見極めるということをしないと、いくら育成しても時間の無駄だ。

 特にあのギリウムは大量の魔物をテイムするだけテイムして従えて満足しているだけだった。


「ゴアァァ……!」

「ふぅ……倒せたな」

「よっしゃあぁ! 見たか! このざぁこ!」


 なんとか格上を倒すことができたか。

 正直に言ってかなりヒヤっとしたけど武器の扱いや魔法、波動の扱いなんかはこうやって戦いの中で覚えていく。

 いわゆる経験値ってやつだな。


 初心者がプロのスポーツ選手とガチで戦っても何の経験も得られないように、物事には順序がある。

 少しずつ程よい相手と戦って慣れていくことでステップアップが可能だ。

 ゲームみたいに数値化されていないからわからないけど、確実に経験値が溜まっているのがわかる。

 屋敷の訓練場で戦っていたらこうはいかなかったな。


 それはこのルーシェルにも言えることだ。

 弓の扱いだけじゃなくてこいつは光魔法も扱える。

 オレとは対極の属性を扱えるのはマジでありがたい。


「ルーシェル、聖魔法も積極的に使っていけ」

「へ? なんでボクが聖魔法を使えるって知ってるんですか?」

「ただの勘だ。天使の翼を生やした奴なんだからそれくらい使えるだろう」

「そうなんですね! さすがアルフィス様!」


 思いの他、バカで助かった。

 何が天使の翼を生やし奴だから、だよ。無理筋だろう。

 でもこれなら扱いやすい。


「アルフィス様! この調子でこの山の魔物を全滅させましょう!」

「それは無理だ。今のクレセントベアはわかりやすい弱点があったが、魔物全部がそうじゃない」

「そ、そーなんですか? というかアルフィス様、やけにお詳しいですね……そういえばボクの名前も知っていましたけど……」

「余計なことは考えるな。引き続き敵を選んで戦っていくぞ」


 転生者だからな、とはさすがに言えない。

 こいつならなんとなく受け入れてくれそうな気もするけど、口が軽そうだからな。

 それ以前に単純に説明がめんどくさいのでスルーだ。


 この後、オレ達はクレセントベアのみを狙っていく。

 最初の時は一発で死にかねないけど、それもレベルが上がるごとに余裕が出てくる。

 それとこいつは経験値だけじゃなくて肉がなかなかいけることがわかった。

 食料はこうやって現地調達するだけで事足りる。


「あのカマキリみたいなの強そうですね……」

「ブラッドマンティスはやばい。見つからないように逃げるぞ」


 あいつは暗闇耐性がそこそこある上にクレセントベア以上の攻撃力がある。

 一撃で戦闘不能になるデスシックルは今のオレでは対策ができない。

 波動を使いこなせばチャンスがありそうだけど、これも今のオレでは短時間しか持続できない。


 できないだらけなのは歯がゆいけど、だからこそ楽しい。

 山に入って一日目の夜、ようやく体を休めることにした。


「ふむ、今日だけでだいぶ強くなれた気がする」

「ボクもコツを掴んできましたよ!」

「そういえばお前、波動はまだ使えないんだよな?」

「はどー?」

「魔力とは別の力といえばいいか。誰しも持っているものだけど、それを意図的に引き出せる奴はごくわずかだ。明日からはそこを重点的に意識してもらうぞ」


 ルーシェルが頭の上にハテナマークを浮かべている。

 こんなとぼけた仕草をしているけど、隠しボス戦の時は波動全開で多くのプレイヤーを絶望に叩き落した。

 こいつの波動の質は再生、オレとは対になるものだ。


「はどー、ですかぁ! アルフィス様が言うならボクがんばっちゃいます!」

「あぁ、頼むぞ。修行の総仕上げでこの山にあるアレを取りにいく」

「アレ?」


 そう、これこそが本当の目的といっていい。

 このジムル山脈に眠る魔剣ディスバレイド、最強の隠し武器の一つだけどもちろん簡単には手に入らない。

 当然のごとく番人を倒す必要がある。

 ルーシェルほどじゃないけど、あいつもクソボスと言われるほどの難敵だったはずだ。

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