第4話 裏ボスがなついてくる件

 天使族の少女ルーシェルを解放するにはテイム状態を解除してやる必要がある。

 テイムのスキルで捕らえた魔物は身も心も支配下に置かれてしまう。

 基本的にマスターに逆らうことはなくなるけど、このルーシェルは特別みたいだ。


 そもそも限りなく人間に近いこのルーシェルをテイムできたこと自体が少し驚く。

 ゲームでは一応ボスとして立ちはだかったから、分類的には魔物なんだろう。

 それでも心まで支配下に置けなかったのはやっぱりこいつが特別な存在だからと予想する。


「おい、ギリウム。起きろ。ルーシェルを解放しろ」

「うぅ……い、いでぇ……うげっ……」

「クッソ、こりゃ重症か? 誰か、こいつを回復してやってくれないか?」


 自分でやっておきながらなかなかのダメージだと思った。

 オレが呼びかけると姉のミレイがやってくる。

 三角帽子を被り、水色の長髪が特徴の長女ミレイ。


 ゲーム中、アルフィスの次に強敵と言われていたな。

 得意属性は水だけど回復魔法も使えたはずだ。

 そんな姉は妖艶な雰囲気を漂わせてオレに微笑みかける。

 そして唇を近づけてきた。


「はい、ちゅー」

「ちゅーじゃないんだわ」

「昔はよくしてくれたじゃない」

「強引にな」


 そう、この姉は極度のブラコンだ。

 隙あらばオレのベッドに潜り込んでくるわ、風呂上がりのところを待ち構えているわ。

 ドアを開けて部屋から出た瞬間にちゅーされるわ、通り魔みたいな奴だ。


 そんな姉だけど下手したら長男より強いから逆らえないんだよな。

 少なくとも今のオレじゃ絶対に勝てない。

 通常の状態でも漏れ出る波動がまるで肌に突き刺さるようだ。


「恥ずかしがり屋さんねぇ。じゃあ、ほっぺでいいのよ?」

「はいはい、ちゅっと」

「きゃっ! アルフィスったら甘えん坊さんなんだからー!」

「マジで早く頼む」


 たまらなく嫌だけどこれで上機嫌になるなら安いもんか。

 ミレイ姉ちゃんは起き上がれないギリウムに回復魔法をかけた。


「う……ミレイ姉さん、ありが……ごはぁッ!」

「とっととあの子を解放しなさい」


 ミレイ姉ちゃんは容赦なくギリウムに腹パンをした。

 回復したのにまた怪我を負わせる気か。


「う、うぅ……リ、リリース……」


 ギリウムがルーシェルに手の平を向けてそう呟く。 

 すると途端にルーシェルが白い翼を羽ばたかせたと思ったらギリウムを蹴り上げた。


「ぐはぁッ!」

「よくもボクを強引にテイムしてくれたね。テイム中は逆らえなかったけど今なら殺れるよ?」

「待て、ルーシェル。そんなのでも一応肉親だ」

「はいっ、アルフィス様っ!」


 なんだ、この態度の変わりようは?

 確かこいつ、すげぇ憎たらしいキャラだったはずだが?

 翼をパタパタと動かしてオレの傍らに寄ってくる。


「アルフィス様、ボクのために戦ってくれてありがとうございます! 強くて優しくてとーっても好きになりました!」

「そうか、それはよかった」

「これからはアルフィス様に忠誠を誓いますので何なりとお申し付けください!」

「じゃあ、オレの手下として働いてもらうぞ」

「手下だなんてそんな……下僕、いや、メスガキでもいいんですよ?」


 もうなんでもいい。

 本当は手下だなんて偉そうなことは言いたくないけど、今のオレはバルフォント家のアルフィスだ。

 相応の振る舞いをして舐められないようにしないといけない。

 何よりアルフィスらしく演じるのも楽しそうだからな。


「チ、チクショウ……この俺がアルフィスなんかに……何かの間違いだッ!」


 ギリウムが激高して叫んだ。

 オレを睨みつけてからつかつかと歩いてくる。


「アルフィス、もう一度勝負だ! まぐれで闇魔法だの波動なんか出しやがって!」

「まぐれでそんなもん出せるわけないだろ。見苦しいぞ」

「知ってりゃ対策できていた! 次はねぇぞ!」

「その勝負をオレが受ける義理なんかあるか? まずオレに何の旨味があるんだよ」


 そりゃ手の内をわかってりゃ対策はできるだろう。

 ゲームと同じだ。だけど本来は殺せた試合でそれを言われたら、さすがにイラつくな。

 これから先、ネチネチと絡まれるのも面倒だな。

 それならいっそ――


「そこまでだ」


 今まで黙っていたレオルグが口を開く。

 その途端、誰もが凍り付いたように動けなくなったのを感じた。

 レオルグの体から放たれているのは波動だ。

 あいつの波動の質は恐怖、生物の本能を縛り付けるクソ厄介な特性を持つ。


「ギリウム、アルフィスの言う通りだ。お前は今の戦いで死んだ」

「ち、父上。しかしアルフィスの奴があんな隠し玉を持っているなんて知らなくて……」

「それはアルフィスとて同じだ。お前の手の内など知らんだろう」

「で、でも!」


 ギリウムが次の言い訳を口にしようとした時だった。

 ギリウムは体を硬直させてガチガチと震え始める。

 レオルグの波動を受けて身動き一つとれず、涙を流し始めた。


 逆らうのは得策じゃないぞ、ギリウム。

 そのうちオレのほうが強くなるだろうけど今は誰も勝てない最強の男だからな。


「お前の家名はバルフォントだ。これ以上、私を失望させるな」

「は、は、い……」


 ギリウムがペタンと尻餅をついた後、床に液体が広がった。

 失禁しやがったな。無理もない。

 あいつがここまで見苦しい奴だったとは思わなかった。


 レオルグがオレの前に立つ。

 でかい体で見下ろされると、なかなかの迫力だな。

 さすが未来の世界王。


「アルフィス、期待しているぞ」

「はい」


 オレが素直に返事をするとレオルグは満足そうに笑みを浮かべた。

 手駒としてのオレの活躍を期待してるんだろうけど、場合によってはお前も倒すことになる。

 何せお前の波動や魔法に至るまで、すべて攻略法を知ってるんだからな。

 オレはお前を超えて最強を目指す。

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