第6話 魔剣ディスバレイド
山籠もりして二か月余り、オレ達はとある祠の前にいた。
いや、厳密には祠とは言い難い外観だ。
一見して単なる崖の下だけど、この中に祠がある。
オレは勢いよく剣を鞘から抜いた。
岩壁が綺麗に十文字に斬られてガラガラと音を立てて崩れる。
その奥には格式が高そうな石造りの扉が見えた。
「アルフィス様、こ、これは?」
「フフフ、やっぱりあったな。行くぞ」
慌てるルーシェルをよそにオレは祠の扉に両手を当てて押した。
重い扉が開いてそこにあったのは人工的に作られた城の一室のような部屋だ。
古びた赤い布が被せられた台座の上に一本の剣が横向きに展示されている。
「ここは古代エルディア帝国の城跡だ」
「エ、エルディアってあの大陸を制覇したとかいう……」
「魔導軍事技術によって圧倒的武力を誇り、中には一夜にして滅ぼされた国もあったという。その傍らで人々は便利な魔道具で、今では考えられない生活をしていたそうだ」
「城跡がなんでこんなところに残ってるんですか……?」
オレは魔剣に近づいて観察した。
他の調度品は損傷がひどいものの、この魔剣だけは時を忘れたようにそこに存在している。
それはそうだろう。本当に恐ろしいのはエルディア帝国なんかじゃない。
「だが、その栄華の実態はたった一本の魔剣によって支えられていたという」
「……え?」
「魔剣ディスバレイド。手にしたものは世の覇王となり、支配の器を手にする。神に届く力を身に宿した皇帝は見事一大帝国を築き上げた」
「そ、そそそ、そーんなすっごい魔剣を、ど、どーされるおつもりですかぁ?」
「さて、どうすると思う?」
オレがニヤリと笑うとルーシェルが体をブルっと震わせた。
震えてはいるが、こいつもディスバレイドに宿る者と同等の力を持つ資質があるんだけどな。
今では想像できないのも無理はないか。
「世の覇王となったエルディアの皇帝だがある日、突如として倒れてしまう。原因不明の死だった。帝国内では後継者問題も立ち行かなくなるどころか、そこから数年ほどで衰退してしまう」
「なんで、ですか?」
「急速に弱体化したエルディア帝国内では相次いで事故が勃発した。開発実験段階だった巨大魔導具実験の失敗による大爆発など……。加えてここぞとばかりに周辺国が連合化してエルディア帝国を攻めた。事故の対応もおぼつかないままエルディア帝国は成す術もなく攻め滅ぼされてしまった」
「ひえぇぇ……呆気ないですねぇ」
「屋敷で使われている火を起こす魔道具なんかもエルディア帝国の遺産と言われている。その技術と知恵はしっかりと今でも息づいているわけだな」
オレは鞘に収まっている魔剣に触れた。
その途端、闇の瘴気が部屋中に広がる。
――幾年ぶりか。我を欲する愚者が現れようとは。
「しゃあぁぁべったぁぁ!」
「いちいちリアクションがでかいぞ。魔剣なんだから喋るだろう」
「そーなんですかぁ!?」
ルーシェルの奴、強い相手にはへりくだるけど得体の知れない奴や格上にはこれだからな。
隠しボスとして登場した時なんかそりゃひどかったな。
まぁそんな奴だからかわいいところもある。今はオレの後ろに隠れて服をガッシリと掴まれていた。
「魔剣ディスバレイド。お前を所有してやるオレが来てやったぞ」
――ほう、これは愚者ではないな。愚者ですらない。ただの阿呆だ。
「言うじゃないか。お前はその気まぐれでかつて帝国を滅ぼしたんだよな」
――少しは知っているようだが何者だ?
魔剣から次第に闇の瘴気が漏れ出る。
オレの手から腕、肩まで包み込んで少しずつ体が動かなくなっているのを感じた。
「アルフィス様、どういうことですか!?」
「魔剣ディスバレイドは所有者に愛想がつきると災いをもたらす。例えば事故を頻発させたり、国境警備隊が謎の疫病で苦しんだりとかな」
「じゃあエルディアの皇帝は魔剣に嫌われたんですか?」
「そういうことになるな。当初は皇帝を気に入った魔剣だが次第に欲と金に溺れて凡人化していくその姿に呆れたのだろう。皇帝の体は闇に覆われて様々な病に冒されて死んだ。今のオレがやられているようにな」
「ちょ! アルフィス様! 手を離してくださいってぇ!」
そうは言ってもすでに離してくれる気配がない。
オレは魔剣を握ったまま波動を展開した。
――これは波動か。なつかしい。
「ディスバレイドよ。オレを主と認めろ」
――我を手にして何を成す?
「この世界を攻略する」
――攻略だと?
「すべてを凌駕する。剣を手にする人間にそれ以上の野心が必要か?」
魔剣から更なる闇の瘴気が放たれてオレの全身を覆いつくさんばかりだ。
体が痺れて呼吸が乱れる。
眩暈、頭痛、吐き気、あらゆる苦痛がすべて襲ってきた。
――下らぬ。かつての主は欲に溺れた。すべてを手にしたところで人は堕落する。
「そ、そんなザコと一緒にするなよ……」
――そなたは違うと言うのか?
「そうだ……見ろ、かつての主とやらは……ここまで耐えて見せたか……?」
――我の力に触れても正気を保っていられるとはな。何者だ?
「バルフォント家のアルフィス……」
ハッキリ言ってまともにやりあったら勝ち目なんてない。
唯一希望があるとしたらオレの闇耐性だ。
このディスバレイドに宿る奴の攻撃は大半が闇属性で、耐性を固めてしまえばかなり攻略が楽になる。
だからオレの闇耐性を活かして、戦いに突入する流れを避けつつ根性を見せなきゃいけない。
こいつが魔剣から姿を現して顕現してしまえば終わるからな。
「ぐあぁぁ……!」
――フ、いいだろう。
オレの体が急に楽になる。
手足を動かせるようになり、魔剣が浮いてオレの両手の上にふわりと乗った。
――少々退屈していたところだ。そなたを所有者として認めてやろう。
「あぁ、よろしく頼む」
――しかし忘れるな。少しでも退屈と感じたらその身と共にすべてを滅ぼす。
「それはそれで楽しみだな。その頃にはオレがお前を凌駕しているだろうよ」
――……面白い少年だ。
魔剣ディスバレイドは鞘ごとオレの腰に装着された。
今のところ二刀流になっているが、これはこれで悪くないな。
場合によっては戦闘スタイルを変えてもいいかもしれない。
「あわわわわーわ! アルフィス様が、ま、魔剣に認められちゃいました……」
「もうここには用はない。出るぞ。次は……」
踵を返して祠から出ようとした時、衝撃音が聞こえた。
祠全体が揺れてパラパラと土が落ちてくる。
「ゲーゲゲゲゲッ! 見たぞ見たぞぉ! アルフィスの奴、こんなところに隠れてんぞぉ!」
「ギリウム様の言った通りだ! おい! ルーシェルもいるんだろ! 出てこいやぁ!」
一難去ってまた一難か。
どうやらギリウムのアホ助が手下の魔物をよこしてきたな。
オレがこの山にいるってよくわかったもんだ。
兄ながら本当にキモい変態粘着ストーカー野郎だよ。
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