第6話 街で起こる異変
桜子が立ち去って暫く経った後の公園、そこに二つの人影があった。
片方は黒いパンツスーツに身を包んだおそらくは女性。
もう一人は、こちらは白衣に身を包んだ怜悧そうな見た目の女性。
とっくに日は沈んで公園内を照らすのは数本ある街灯のみ。視界もあまりよくない中で明かりもつけず、二人は公園内を歩き回りながら何かを調べているようだった。例えば設置されている遊具や周囲に生えている生垣。またそれで何が分かるのか地面に手をついて目を瞑るような行動も見られた。
そうして二人の内の一人、白衣の女性が地面から手を離しつつ口を開いた。
「ここだ。この公園で間違いない」
「やはりそうでしたか」
女性が手をついていた場所、そこは奇しくも桜子を襲った化け物が最後に倒れていた場所と同じ位置だった。
白衣の女性の言葉に、スーツの女性は特に驚いた様子もなく最初から分かっていたかのようにすんなりとその言葉を受け入れる。
「公園全体に妖魔の気配が残っている。ここは特にそれが強いから、ここで果てたのは間違いないだろうね」
「ですが、一体誰が?」
「分からない。しかしレベル2の妖魔を討伐し、尚且つあれほどの魔力反応を示すとなると、只者じゃないのは確かだ……それにしても、今回も探知出来なかったのかい?」
白衣の女性が若干眉をひそめてそう尋ねると、スーツの女性は申し訳なさそうな顔になってぽつりと答える。
「例の魔力反応があった時に初めてこちらでも妖魔の存在を確認いたしました……」
「……今月に入って既に十件以上。正直、異常な数だよ。これだけの妖魔が探知に引っかからずに街に蔓延るなんて」
「仰る通りです。原因究明に力を入れてはいますが、その手掛かりさえ掴めていないのが現状です……唯一分かっていることがあるとすれば、今この街に出現している妖魔はこれまでと何かが違う……それのみです」
「それはつまり、何も分かっていないのと同義だな。しかし、何かが違うというのは間違っていないかもしれない」
「それはどういう……?」
疑問を口にするスーツの女性に対し、白衣の女性は目を細めて言う。
「……ここには三種類の力の残滓が残っている。一つは妖魔のもの、もう一つは検知した例の魔力反応。おそらくはこっちが妖魔を討伐した人物のものだろう。そしてもう一つ、ほんの僅かそれとは別の魔力が残っている」
「もう一つの魔力っ!?……気づけませんでした」
「まあ、かなり薄っすらとしか残っていないからね。私みたいに魔力に対して敏感じゃないと、気付けなくても仕方ないさ……取り合えず、この場に関しては私が引き続き調査しよう。君は戻って今の話を報告しておいてくれ」
「いえ! 私も残って調査に協力を――」
「一人の方が都合が良いんだ。周りに人間がいると少しやり難い。それに最近起こっている妖魔の事件に第三者が関わっているかもしれないという可能性は、少しでも早く報告した方がいいだろう?」
「……承知しました。ではこの場はよろしくお願いします、先生」
そう言い残すと、スーツの女性は掻き消えるようにその場から姿を消した。
公園にただ一人残された白衣の女性は先ほどのスーツの女性の言葉に苦笑を漏らす。
「何度も言うが、私は君の先生では無いんだがなあ…………さて、私も仕事を始めるか――」
公園の真ん中に佇みながら女性が瞼を閉じる。
そして再び瞼を開いたとき、彼女の目は日本人らしい黒目からどこか妖しさを感じさせる紅目へと変わっていた。
「鬼が出るか蛇が出るか。まあどっちにしろ――面白そうだ」
そうして夜はさらに更けていく。
日中、主婦やサラリーマン、学生などごく普通の人々が生活する街で、それとは別のなにかが動き出していた。
彼女たちが何者で、またその話に出てきた言葉の意味は何なのか――?
桜子がそれを知ることになるのは、そう遠くないのであった。
夢みたいな出来事があった翌日。
夢といってもどちらかといえば、極力見たくない悪夢系の出来事だったけど。そんなことは関係無しに、今日も今日とて普通に学校があった。
あんな出来事があったから、朝起きたら何かが変わってるんじゃないかと少しドキドキもしたけど……特にそんなことは無かった。
朝起きてリビングでに降りるといつも通りお母さんが朝ご飯を準備して待ってたし、通学路でも学校でも普段通りに友達と喋ったり授業を受けたりした。
それでも、変わったことが一つも無かった訳じゃない。
これは別に周りが変わったとかじゃなくて私自身の意識の問題かもしれないんだけど――
「――桜子? どうしたの?」
「……ん? ごめん、ともちゃん。何だっけ?」
「だから今度の休みはどこに遊びに行こうかって話でしょ。桜子、なんか今朝から様子がおかしいけど大丈夫なの?」
「あはは、ごめんごめん。全然何でもないの……」
お昼休み、一緒に話していたともちゃんよりも別のことが気になってしまって話の内容が全然頭に入って来なかった。
というのも、今朝から妙な『視線』みたいなものを感じるのだ。
もっというと登校するのに家を出たぐらいからふとした時に感じている。最初は気のせいかな?とも思ったんだけど、それが何回も続くうちに気のせいじゃないと思い始めた。
それでも四六時中感じるものじゃなくて、休み時間だったり授業中だったりほんとふとした時に視られているように感じる。
もしかして昨日の化け物の仲間が来たんじゃないかと想像すると、背筋が寒くなって授業にもぜんぜん身が入らなかった……
やっぱり変わっちゃったな、私の日常……しかも期待してたようなドキドキの仕方とは全く違う方面で変わってしまった。
「はぁ……」
「……よし、桜子! 今度の日曜日は桜子が前に行きたいって言ってたオシャレな感じの喫茶店に行こう!」
「え、いいの? ともちゃん、ああいう場所あんまり得意じゃないのに?」
「いいのいいの! なんか桜子元気なさそうだし、それにたまにはああいう場所も悪くないからね!」
「ともちゃん……ありがとうっ!」
友達の優しさに胸打たれたお昼休みの後、その後もやっぱり視線を感じる事は何回かあって。でもほんのちょっぴり慣れたこともあって、精神的に疲弊しつつも何とか乗り切ることが出来た。
そうして放課後、今日は委員会が無いから早く帰れる。昨日のことといい、今日の視線の件でも疲れたから早く帰って休もう――と思っていると、
「
「っ……
教室から昇降口に向かう途中、私を呼び止める声がして足を止めた。
蚊の鳴くような声だったので少し気付くのが遅れたけど、声のした方を見ればそこにいたのは保健の静音先生だった。
静音先生は保健室の扉からひょっこりと顔を出して、まるで空中に生首が浮いている!?みたいな感じでこっちに手招きをしている。
驚いて悲鳴をあげなかった私を褒めて欲しい……
どうしたんだろうと思いながらも静音先生に呼ばれて保健室の中に入る。
中は保健室らしく薬とか衛生用品?の独特な匂いが漂っていて、保健室に来たなあと感じられた。
「それで、どうしたんですか?」
静音先生と二人っきりになったのはこれが初めてだった。加えて学校の先生に呼び出されるのは異常に緊張する。それもあって静音先生の対面に座りながら、どこか落ち着かなくて足先をぱたぱたさせながらそう問いかける。
すると静音先生はやっぱり蚊の鳴くような小さな声でぼそぼそと話し始めた。
「実はちょっと……聞きたいことがあってね……」
「聞きたいこと、ですか?」
「そう……」
最近、保健の先生に呼び止められるぐらいの大怪我をしたことなんて無いし、ましてや誰かに怪我をさせたような覚えも無い。
全く心当たりが見つからず、何かあったかなと考えながら先生の話を聞く。
「佐倉さん……最近何か、おかしなことに遭遇しなかったかい……?」
「おかしなこと……?」
「そう。例えば……何かを見たとか、変なものに遭遇した、とか」
「っ!?」
先生の口から出た言葉にドキリと心臓が跳ね上がる。
心当たりはある。むしろ心当たりしかない。
もしあのことを聞いているんだったとしたら、何で先生が昨日の出来事を知っているのかとか、先生はあの化け物のことを知っているのかとか、逆にこっちの方から聞きたいことがあり過ぎて頭が混乱する。
何て答えたらいいのか分からなくて言葉だけが頭の中を堂々巡りして、水を欲しがる魚みたいに口をぱくぱくしてしまった。
「……」
「ふむ、すまない……変な質問をしてしまった。最近は不審者の目撃情報が多いから……心配になってね」
「え……?」
「佐倉さん、今朝からあまり顔色が良くなかっただろう……? それで何かあったんじゃないかと思ったんだ……まあ、私に心配されてもどの口がって……思うだろうけど」
「そ、そうだったんですか……」
どうやら純粋に私の体調を心配して声を掛けてくれたようだ。
そのことにどこか残念に思う自分とほっとする自分がいた。そしてそこでほっとして気を抜いてしまったからこそ、頭の中にあった言葉を思わず口にしてしまっていた。
「あの、静音先生」
「なんだい……?」
「あの、その……その不審者ってなんかこう、顔が異常に大きかったりとかってしませんか? こう人間の身体にバランスボールをくっつけたみたいな……?」
「顔が、バランスボール……?」
私の言葉を聞いた静音先生は一瞬、きょとんとした顔になる。
そこでようやく自分が変なことを聞いてしまったとはっと気づいた。
「ごっ、ごめんなさい! 今のはその、昨日見たホラー映画があんまりにも怖くって聞いちゃったというか!?」
「いや、構わないが……特にそう言った話は聞かないな。もしかして……遭遇したのかい……?」
「なるほど。身近な場所でこんな話があって……不安になるのは仕方ない。でも不審者情報に、そんなのは流れて来ていないから……安心するといい。最近は警察もパトロールを強化したそうだから……近い内に解決するさ。」
「そ、そうですよね!」
「でも、それまでは十分に注意するんだよ? 呼び止めてしまって……悪かったね。もう行っていいよ……」
「心配してくれてありがとうございました! それじゃあ、さようなら!」
静音先生に促されて下手に追及されないうちにと、逃げるように保健室を出る。
上手く誤魔化すことが出来たかな?なんて思いながら、どうして先生にあんなことを聞いちゃったのか、きっと変な子だと思われたよね、とか考えつつ早足で下校した。
学校を出て昨日よりもまだ明るい帰り道を歩きながら、鞄の中に手を入れてあれの存在を確かめる。がさごそ漁ると鞄の下の方に、ハンカチに包まれた細長い棒の感触があった。
昨日、化け物を倒した魔法の杖は今も消えることなく私の手元にある。
寝る前に机の上に置いておいたんだけど、今朝起きてもそれは消えることなくそのままの状態で残されていた。
それで家に置きっぱなしにするのも何となく不安だったから、こうして鞄に入れて持ち歩いているのだ。
ちなみにあれ以降、一度たりともこの杖で魔法を使ったりはしていない。別に興味がない訳じゃないんだけど、どう扱ったらいいのか自分の中で結論が出ていない感じ。
だってあの時は緊急事態だからなりふり構わずに何でも使ったけど、そもそもこの杖の正体だって分かってないんだから。
「あの化け物といい、この杖といい。ほんと、分からないことだらけだよ……」
こんなの一体誰に相談すればいいんだろう……?
両親、学校の先生、友達、警察?
どこに相談しても変な子扱いされそう。神社とかお寺にいってお祓いでもしてもらった方がいいんじゃないかと真剣に考える。
そうしているうちに、昨日化け物に遭遇した道に差し掛かる。
昨日とは違って私と同じく下校している生徒の姿や、普通に歩く街の人達の姿がある。だけどどうしても不安になって、鞄の中の杖をぎゅっと握りしめた。
びくびくしながら俯き加減に真っすぐ歩き……特に何事も無く通り過ぎた。
「……やっぱり寄ってこう」
私は家に帰る道から逸れて、家の近くにある神社に続く道へと足を向けた。
お祓いはしないまでも、せめてもうあんなことがありませんようにとお願いだけでもしていこうと思ったのだ。ちなみに近所ではそれなりに願いが叶うかもしれないと評判のいい神社である。
神社の前には階段があって、その上に神社の本殿がある。
鳥居の下をくぐる時に何か変な感じがしたけど、特に気にすることもなくそのまま階段を登っていく。
そして半分ほど階段を上った時のことだった。
――……っ
「ん?」
どこからか声が聞こえたような気がした。
それ自体は変なことでも無かったので少し気になりつつも、そのまま階段を登っていく。
しかし登っていくにつれてさっきの声がどんどん大きくなっていき、また別の獣の叫び声のようなものも混じるようなった。
階段の三分の二ほどを登り切ったところで一旦立ち止まる。
おそらく声はこの上、神社の本殿がある方から聞えてきていると思う。何をしているのかは分からないけど、あまり良くないことが起こっているような気がする。昨日のこともあるし、またアイツみたいな化け物がいたとしてもおかしくない。
そう考えた私は来た道を引き返す為に、頂上に背を向けて階段を下ろうとした。
だが、その足を止めさせる出来事が起こる。
――きゃあぁーーーーーーー!!!!?
さっきの声に混じって明らかに人間の悲鳴、それも女性の悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いたとき私は、やはり今回も何も考えずに頂上へ向けて走り出していた。
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こんにちはミジンコです!
なんとかここまで隔日投稿が続けられております。さて投稿を始めて一週間と少し、とうとうPV数100を突破することが出来ました!!
多くのユーザーの皆さんに読んでいただけて嬉しい限りです! ありがとうございます!
さて本編の方ですが、主人公のフルネームが発覚しました。
『
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