第5話 魔法少女の目覚め

5話のタイトル少しだけ変更しました。

前『目覚め』⇒後『魔法少女の目覚め』

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 公園の遊具の影に隠れながら何でこんなことになってしまったのかと自問自答する。


 怖くて、心細くて、もう泣きそうになりながら息を潜めていると。


 ――カツンッ、カツンッ


「っ……」


 ゆっくりな足音が聞こえてきた。それはまるでこっちを焦らすような、恐怖心を煽るような速度で確かに自分が隠れている場所に近づいて来るのが分かった。

 

 そして背筋に寒気が走るような感覚がして、それを感じてすぐに滑り台の影から横に飛び出す。


 すると背後で何かが壊れるような音と共に衝撃が身体を襲ってきた。衝撃に背中を押されてバランスを崩し地面を転がる。転がっている最中に見えたのは、あの怪物が滑り台の遊具をその巨大な頭を使った頭突きで破壊している姿だった。


 金属製の遊具がいとも簡単にぐにゃぐにゃに曲げられて原型を留めない状態になってしまった……


 あの怪物はいったいなんなのか?


 そんなこと今はどうでもいい。


 ただ一つ理解できるのはあの怪物に捕まったら無事じゃすまないということ。明らかにこっちに対して友好的じゃないし、アレを見てから本能が頭の中で警鐘を鳴らし続けている。


 震える足に鞭打って立ち上がろうとするが、しかしそれよりも化け物の視線が再び私をロックオンする方が早かった。


「ひっ」


 白目が無い真っ黒な眼球と目が合ってしまい思わず声が漏れ、身体が硬直する。


 化け物はそんな私の反応を見ると口元をぐにゃりと三日月状に歪める。そしてぱかっと口を開くと、中からとんでもなく長い舌が伸びて来て私の身体に巻き付いた。


「痛っ、はなしてっ!!」


「――!」


「このっ……!!」


 動きを拘束するためなのか、ぎゅうと締め付けられて身動き一つ取ることが出来ない。抵抗は悉く意味をなさず私は化け物の舌に引っ張られて地面を引き摺られていった。


 そしてとうとう……化け物の足元まで引き寄せられてしまった。


 近くで見ると化け物の口の中には無数の鋭い歯が肉食獣のように並んでいるのが分かる。コイツがどういう目的でさっきのおじさんや私を狙っているのか分からないけど、それを見た瞬間考えたくもないイメージが頭を過った。


 このままこんなヤツに食べられるなんて死んでも嫌だっ……!


 きっとこんな時、私の大好きな桃色サクラなら絶対に諦めたりなんかしない。いつものあの優しくて力強い笑みを浮かべて、きっとこう言うんだろう。


 ――『諦めちゃだめっ!』って


 だからっ……――


「おりゃっ!!」


「――!?」


 身体をエビのようにしならせて、比較的自由に動かす動かすことができた足で化け物の脛をおもいっきり蹴りつける。


 効くかどうか一か八かだったけど、取り合えず化け物を怯ませることに成功する。蹴った直後、化け物は蹲るような動きをして舌による拘束が緩くなる。その隙をついて身体に巻き付く長い舌を振りほどき拘束から脱出する。

 

 抜け出してすぐに立ち上がって、そのまま一目散に公園の出入り口の方へと駆け出した。


 どこに逃げればいいのか正直分からない。

 警察に行けばいいのか、家に逃げ込めばいいのか、頭の中の考えは全然纏まらない。だけどどっちにしろこのままこの場所にはいられない。あてはなくとも逃げなければならない。


 その一心で公園の出入り口を通過しようとした時――


「きゃっ!?」


 何かにぶつかって弾き飛ばされた。


 もう一度近づいて手を伸ばしてみると公園と道路の境目で見えない壁のようなものにぶつかる。それは出入り口の全面に隙間なく張られているようで、そこから外に出ることは不可能に思われた。


 だったら別の場所からと今度は生垣の上を乗り越えようとするも、そこにも同じように透明な壁があった。


「そんな……」


 その可能性を悟って軽く絶望する。


 もちろん公園の外周全部を確かめた訳ではないけど、十中八九ここや出入り口と同じようなことになっているだろう。


 私は、この公園の中に閉じ込められた……


「このっ……! このっ!!」


 見えない壁を蹴ったり殴ったりして壊そうとするも、逆にこっちの手足が痛くなるだけでまったく壊れる気配は無い。


 その時、私の胴体を何かが掴む感じがした。


 ぞっとして自分の身体を見下ろすと、化け物の舌が胴体に巻き付いている光景があった。


 そして今度は一切抵抗が出来ないように、首の下から足の先まで全身を拘束されて再び化け物の前に連れ戻される。


「い、や……」


 身動ぎしようとすれば巻き付く力が強くなり息が苦しくなる。

 

 私にはもう指先一つぴくりとも動かすことすら許されていないようだった。


 動けない私に、化け物の大きく開いた口が迫って来る。


 どうして……こんなことになってしまったんだろうか……


 あのとき、おじさんを助けなかったらこんなことにはならなかった?

 でも身体が勝手に動いちゃったんだ。魔法少女みたいな何の力も持ってないくせに、いっちょ前に困っている人を見過ごすことが出来なかったのかもしれない。それで自分が化け物に食べられそうになってるんじゃ意味ないよね。


 でも、あのときあの人を助けたことに……後悔は無い


 だって、きっとサクラなら魔法の力なんて無かったとしても私と同じ行動をしただろうから。


 私と一文字違いの名前を持っているあの子は、そういう女の子だ。


 だから後悔は無い。


 でも、せめて……サクラみたいに魔法が使えたら、こんな化け物なんてぶっ飛ばしてやるのに……何の抵抗も出来ないのが――悔しい。


 ついに化け物の口が私を頭から飲み込もうとする。


 その直前、私は恐怖に耐えることが出来なくなって目を瞑った。


 ――それと、強烈な光が発生したのはほぼ同時だった。


「っ!?」


 突然の出来事に何が起こっているのか分からぬまま、光源から逃れるように目を逸らす。瞼を閉じていても分かるとても強い光は、けれど春に差す太陽の光のように温かい光だった。


 そのすぐ後、身体を浮遊感と開放感が襲った。


 何故かは分からないけど、私の身体に巻き付いて動きを拘束していた化け物の舌が解けたようだった。

 

 上手く着地することが出来ず尻もちをつく。外で何が起こっているのか確認しようにも光が強すぎて瞼を開けることも出来ない。やきもきしていると、少ししてそれが収まっていった。


 おそるおそる、警戒しながら目を開ける。


 すると真っ先に視界に入ったのは――


「なにこれ……?」


 宙に浮かぶ光の球だった。


 それはゆっくりと空中を漂いながら私の方に飛んで来て、差し出した掌に落ちてくる。まるでそれ自体に意志があるかのような動きをして、ただ無造作に伸ばした掌にまっすぐと収まった。


 掌に触れるとそれは光の球から、一本の杖へと形を変えた。


 特に凝った装飾がある訳でもなく、一見すれば長さ30cmほどのただの木の杖でしかない。


 なのに、どうしてだろう?


 初めて持った、初めて見たはずなのにやけに手に馴染みしっくりくるような感覚を覚えるのは。この杖を持っていると不思議と心の底から勇気が湧いてくる気がするのは……


 私が突然現れた杖をぼーっと見ていると、耳障りな音が聞こえてくる。


「ゥァ……ァ……ゥゥ」


「……!」


 ゾンビが呻くような声の正体はどうしてか倒れていた化け物だった。


「アァッ……!!」


 声にもならない奇声を発しながら立ち上がると、私の姿を見てわき目も降らずに襲い掛かって来る。


「いやっ!!」


 驚いた私は無意識に手に持つ杖を化け物に向かって薙ぐように振るっていた。

 

「ァァァ…………!!?」


「えっ!?」


 すると化け物は弾かれたように後方に吹き飛ばされていく。


 一瞬何が起こったのか分からなかったけど直後、自分が手に握っている杖を見た。


「まさか、これ……?」


 けれどそれを考える時間は与えて貰えなかった。公園の端っこまで吹き飛ばされていった化け物はすぐに体勢を立て直すと、再び襲い掛かって来る。しかも今度は距離が空いている分、さっき以上の勢いを伴って。


 だから私は、半信半疑ではあったものの手の中のそれを信じて。今度は無意識ではなく明確な意志を持って杖の先端を化け物に向けた。


「こっちに――来るなっ!!!」


 すると杖の先から半透明の膜が発生して、化け物の突進を受け止める。


 やっぱり、思った通りだ。


 何処からともなく現れたこの杖は――魔法の杖なんだ。

 しかも今やったみたいに私のイメージ通りに魔法を使うことができる。


「だったら――」


 やることは一つ。


 待ち望んでいた反撃の手段が手に入ったのならば、胸に込み上げてきたのは恐怖でも困惑でもなく『怒り』。目の前のコイツが何なのかとか、どうして人間を襲うのかなんてどうでもいい。頭に浮かんでくるのは、よくもやってくれたな!という想いだけ。


 だからその想いを杖を通して魔法に変えて、化け物にぶつける!


 咄嗟に思考を巡らせた結果思い浮かんだのは、私が一番大好きな魔法少女が放つ必殺の一撃の名前だった。


「――――桜一閃っっっ!!!」


 そう叫んで、杖を上から下に小刀でそうするように振り下ろす。


 ――桜色の直線が走る


 それは化け物の身体に縦方向の淡いピンクの直線を刻みつけた。


「ッ………ァ………」


 桃色サクラ必殺の一撃をくらった化け物は、突進の勢いそのままに前のめりに倒れて動かなくなる。数秒後、その身体は最初からそこになかったかのようにふわっと消えて無くなってしまった。


 アニメだとあの一撃をくらった怪異は瘴気を浄化されて白い霧みたいになって消えるんだけど、跡形も無く消えるという一点だけは同じだった。


「はぁ~~~……」


 化け物が消えたのを見届けると、全身から力が抜けてその場にへなへなと崩れ落ちる。足がぷるぷると震えていてもう暫くは立ち上がれそうにない。するとさっきまでは引っ込んでいた涙も目の端に滲んでくる。


 ようやく身体の震えと感情が落ち着くと、そのまま公園のベンチに移動した。


 改めて考えてみると、さっきまでの出来事が夢幻なんじゃないかと思ってしまう。けれど未だ手に握っている杖の存在が、あれが夢じゃなく現実だったんだということを嫌でも思い知らせてきた。


 それからふと、手元から周りに視線を向ける。


 化け物が破壊した遊具や、荒れた地面なんかもそのまま残されている光景も私に現実逃避することを許してくれそうに無かった。


「……あれ? というかあの壊れた滑り台ってどうするの? 役場に連絡――って、どう説明すればいいんだよぉ……?」


 謎の頭が大きな化け物に襲われてソイツが壊しました、なんて素直に言ったところで取り合ってもらえないに違いない。でもこのまま放置していって明日ニュースにでもなってたりしたら……やっぱり無視は出来そうにない。


 私は一縷の望みをかけて思い付いた事を実行してみることにした。


「直れ直れ直れ……!!」


 杖を両手で強く握りしめながら壊れた滑り台の前に立って強く元に戻るようにイメージする。そして勢いよく杖を滑り台の残骸に向けて振るった。


 するとどうだろう――


 散らばった滑り台の破片がひとりでに集まり、ぐにゃぐにゃに曲がった金属パーツは時を戻すように元の形に戻っていく。


 一分もかからないうちに、元の形を取り戻した滑り台がそこに完成していた。


 半分ぐらい失敗するんじゃないかと思っていたけど、まさか本当に成功するなんて……


「これ本当に魔法の杖じゃん。というかこれ使うと少し疲れるんだけど、もしかして魔力的な何かでも消費してるのかな?」


 あんまり使いすぎるのはよくないのかもと思いつつ、最低限最初の状態に戻す為に凸凹になった地面にも杖を振るって整地していく。気持ちさっき滑り台を直したときよりも怠さの感じ方が小さい気がする。


「よし、これでいいかな…………帰ろう。疲れた」


 幸い化け物を倒したことで公園を閉ざしていた壁は無くなっていたので、出入り口を素通りすることが出来た。ちょっぴり警戒してしまったけど、普通に通ることができて良かった。


 その後、家に帰ってからお母さんに「遅かったじゃない。どうしたの?」と聞かれたけど本当のことを話す訳にもいかないので適当に誤魔化してなんとか事なきを得た。


 考えるべきことは沢山あるんだろうけど、今日はもう色々と疲れてしまってそんな気力が無い。


 そういうのは全部、明日の自分に任せてその日は眠りについた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んで下さりありがとうございます! 今回はちょっと短めでしたかね?

ようやく主人公が魔法少女っぽい力を手にするところまで書くことが出来ました。ここから桜子がどうなっていくのか楽しみにして頂けると嬉しいです!


また作品を読んで面白いなどと思って下さったなら、いいねや★評価をしていただけるとありがたいです! 作者の活動の励みになります!


そんな訳で次回の更新をお楽しみに~!

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