第4話 悪夢……?

 眩しいほどの光に照らされて私は目を覚ました。


 もしかして昨日カーテン閉めないで寝ちゃったかな?と思いつつ、夜更かしのせいでまだ重い瞼をゆっくりと開ける。


「……んぇ?」


 寝惚けているせいかと思って寝巻の袖で目を擦ってからもう一度目を開ける。


「え……?」


 そこは明らかに私の部屋じゃなかった。


 だってまず寝起き一番に視界に入るように部屋の壁に貼っておいた桃色サクラのポスターが無いし。それだけじゃなくていつもの本棚や勉強机も、見慣れたものが何一つ無くなっている。


 それを認識して急速に目が覚めた。というか眠気が吹き飛んでいった。


「ここどこ!?」


 辺りを見回して分かるのは、ここが家にある私の部屋じゃなくてどこかの森の中だということ。ベッドの周り半径5mぐらいには円形の空白地帯木があって、そこから先は樹々が生い茂って森になっている。


 見上げれば青空に燦燦と輝く太陽があった。


 まとめると今の私の状態は、森の中でベッドと身一つで放り出された感じ……まるで不思議の国に迷い込んだアリスみたいな気分だ。


 まあ白ウサギやにやけ面の猫が出てくるような気配は一切無いんだけど。


「……というかこれ、夢だよね? 一般人の私にこんなドッキリ仕掛けたところで誰得だよって感じだし」


 試しに頬をつねってみる。


「痛くない。やっぱり夢なんだ……すごい! もしかしてこれが明晰夢ってやつ!?」


 正直、明晰夢なんて都市伝説ぐらいに思ってたけど本当にあったんだ。今の自分の状況がちゃんと夢だって認識できてる状態で夢を見てるなんて新鮮過ぎる!


 ひょっとしたら夢なら何でも出来るんじゃないかと思って、手始めに空でも飛んでみようかと思ったけど――残念ながら私の想像力が足りなかったのか、足先一つ浮かばなかった。


 じゃあせめて空飛ぶ魔法の箒でも出てこないかな、と考えた時――


 「ポンッ」という音と共にベッドの横にもたれかかるような状態で一本の箒が現れた。


「え、ほんとに……?」


 そっと箒を手に取ってベッドの上でそれに跨ってみる。


 そして多くの創作物の中でそうされるように、箒に命令する。


「飛べっ!!」


 そう叫んだ瞬間、視界が徐々に上へ上へと昇っていき身体が浮遊感に襲われた。

 ベッドのふかふかした感触が踵から順番に離れていき、ついにはつま先からも離れて完全に地に足がつかなくなる。


 私の身体は箒に跨った体勢のまま、宙に浮かんでいた。


「うそ……本当に飛べた! すごいすごい!!」


 前に進めとイメージすれば前に進むし、横に曲がれとイメージすれば横に曲がる。加えて上昇も下降も思うがままに操作することが出来た。


「明晰夢サイコーー!!」


 自由に空を飛べることにハイになった私は暫くの間、空を縦横無尽に飛び回った。


 雲の上まで飛んで行ったり、前にショーで見た戦闘機みたいな特殊機動に挑戦してみたり、ジェットコースターみたいに超高度から一気に降下してみたり。もう夢の中なんだからとかなり無茶な飛び方なんかもした。今後、また明晰夢を見ることが出来る機会なんてあるか分からないからそれはもう満足いくまで飛び回った。


 感想としては……最高だった。


 自分の身一つで空を飛ぶ感覚がこれほど気持ちいいとは思ってもみなかった。今なら空を飛ぶ機械が無い時代に空を飛ぶことに憧れた偉人たちの気持ちが分かる!みたいな気分になった。


 そうして暫く大空を飛び回って一旦落ち着いた頃、ようやく冷静になって周りの景色に目を向けることが出来るようになった。


「それにしても、どこまでもずっと森しかない。何だって私はこんな森ばっかりの夢を見てるんだ? そんなに森とか好きだっけ?」 


 最初にいた場所からかなり離れた場所まで飛んできたけど、見渡す限り森、森、森で本当に森しかない。お陰で最初にいた場所がどこかなんて完全に見失ってしまった。だって同じ景色ばっかりなんだもん。


 もしかしたら私は深層心理で森大好きな森ガールだったのかもしれない、などと下らないことを思っていると、緑の森の中に別の色を発見した。


 気になってその近くまで飛んで行ってみる。


「おぉ……!」


 近づいて分かったそれの正体は、満開の花を咲かせた大きな桜の巨木だった。


 辺りの樹々よりも一回り以上大きい立派な桜の大樹。おそらく現実では、世界中を探したとしても無いだろうと確信させるほど威厳というか風格を纏わせていた。


 もっと近くで見る為に一旦地上に降りる。


 空の上から見ても立派だったけど、地上から見上げると増々その大きさに圧倒される。何というか自然が持つパワーみたいなものを全身で浴びているような気させしてくる光景だった。


「さすがは夢の中だね。こんな大きさ桜の木なんて見たこと無い……あっ、いやそういえば――」


 サクラの木を見上げながらふと思い出したのは、私が大好きなアニメ『魔法少女、桃色サクラ!』のとあるシーン。


「確かサクラが魔法の力に目覚めたのも、これぐらい立派な桜の木の下だったっけ。なるほどね、この木はあのワンシーンの記憶が元になって作られたんだな。私の夢だけあって粋な演出だね!」


 確かあのシーンでは、サクラが木の幹に触れるとシーズン前で蕾だったはずの花が満開に咲いたんだよね。でもその時点ではまだ自分に魔法の力があるなんて自覚していなくて、その後に起こった事件で初めて自分の中にある魔法の力に気付いたんだっけ。懐かしいなあ~。

 

 もっとも目の前に木は既に絶賛満開中!って感じだけどね。さすがに原作を完全再現とはいかないようだった。どうせ夢なんだからそこは融通を聞かせてくれればいいのにと思う一方で、これはこれですごく綺麗だからアリだなと思う自分もいたり。


 まあでも折角だからと、私もサクラの真似をして木の幹に掌を触れさせる。


「…………ま、何も起こるわけないか」


 これまでの行動で明晰夢といえども出来ることと出来ないことがあるのは分かっていたのでちょっと期待してた反面、何も起こらなくて気を落とす。


 そうして木の幹から手を離そうとしたときだった。


 桜の大樹から花びらが一枚、私の前にゆらゆらと舞い降りてきた。それをキャッチすると、花びらは雪のように掌の中で解けて無くなってしまう。


 次の瞬間、満開に咲いていた桜の花が一枚、また一枚と降ってきて徐々に勢いを増していくそれは大雨のようになった。


「ええぇーーーー!!? いったい、なんなの!!?」


 訳も分からぬままその場から離れようとするが、視界が完全に桜一色になってしまいどっちが前か後ろかも分からなくなる。


 そして大量に押し寄せてくる桜の津波に溺れそうになる寸前で――


 私はベッドから跳ね起きた。


「はぁ、はぁ、はぁ…………ゆ、夢?」


 目覚めた場所は間違いなく昨日も見た私の家の私の部屋だった。


 取り合えず鼓動が早くなっていた心臓を深呼吸をして落ち着ける。


「ふぅ……な、なんてオチだ。まさかよりによって桜の花に押しつぶされる夢だなんて。あんまりすぎる……!?」


「さく~! もう起きないと遅刻するわよ~!」


「え……ほんとだっ!?」


 下から聞えるお母さんの声に反射的に時計を見ると、既に短針は七時を過ぎて長針は半分を周り終えている。


 このままだと本当に遅刻するヤバいと思い、大急ぎで身支度を整えて二階から一階のリビングに降りる。そこにはとっくに朝食の準備を終えていたお母さんが呆れた顔で待っていた。


「また夜中までテレビ見てるから朝起きられないのよ。そろそろいい加減にしないと禁止にするから」


「そ、それはダメっ! ちゃんと節度を守って見るから今回はどうか勘弁してください!」


「まったくもう。分かったからとっとと朝ご飯食べなさい」


「はぁ~い! いただきます!」


 むしろあの夢で目が覚めたのは好都合だったのかもしれない。そういう意味ではある意味助かったと言えなくもないのかな?


 そんなどうでもいいことを考えつつ朝食をかきこむように食べ終える。


「そういえば今日は帰り遅いんだっけ?」


「――うん! 委員会で遅くなる予定だから多分18時ぐらいになると思う!」


「そう。その時間帯だともう暗いから気を付けてね。暗い所には行かない、人の多き場所を歩く。途中で寄り道とかは――」


「もう中学生なんだから大丈夫っ! それじゃあ私もう行くからね! ごちそうさまでした!」


 お母さんはまだ私が小学生だったときの感覚が抜けきっていないのかああして過保護な部分がある。別に嫌じゃないけど、ちょっぴり鬱陶しく感じるのは反抗期に突入してるからなのかな?


「それじゃあ行って来まーす!」


「いってらっしゃーい!」


 さっさと身支度を終えて、学校へと出発する。家から出て少し走ると私と同じ制服を着ている生徒が普通に歩いていて、それを見てほっと胸を撫でおろす。


 走りから歩きに速度を落として、少し早くなった呼吸を整える。


 ほんと、家から近い中学校で良かったと思う。夜更かしのことが無かったとしても朝起きるのは普通に苦手だし。家から十分ぐらい歩けば学校に辿り着けるのは大変ありがたいことだ。


 そう思いながら歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。


「おはよう、桜子さくらこ!」


「わぁ!? びっくりした!?――ともちゃん、それ止めてって言ったじゃん!」


「ごめんごめん。桜子の反応が毎回めっちゃ良いからさ~。ついやりたくなっちゃうんだよ」

 

 驚いて振り向くと、そこには友達のともちゃんがいた……念のため言っておくと、友達からとって「ともちゃん」ではなく、名前の『智恵ともえちゃん』からとって「ともちゃん」である。


 ともちゃんは小学校入学からの友達で、中学校に上がった今も普通に仲がいい。特段家が近い訳でもないけど、休日にはよく遊んだりしている。面と向かって言うのはちょっと気恥ずかしいけど一番仲がいい友達だ。


「ん? 桜子、なんか目の下にくま出来てない? また夜更かししたの?」


「え、うそ? 確かに寝るのは遅かったけど、そんなに目立つ?」


「いや、よく見ないと分からないから大丈夫だと思う。でもほどほどにしないと静音しずね先生みたいになるぞ~?」


「うっ、それはさすがに。気を付けます……」


 静音先生、年がら年中具合の悪そうな顔してる我らが保健室の先生。うちの学校では知らぬ人のいない名物先生である。


 目の下のくまが無くなった顔は一度も見たこと無く、先輩たちですら同様に見たことが無い筋金入りだ。何でいつも病人みたいな顔しているのか聞いたことがあるけど、ただ「時間が有限なのがいけないのさ」と返された。謎が増えたのは言うまでもない。


 それはともかく、ともちゃんと雑談をしながら歩ているとあっという間に学校に到着する。


 少し寝坊したこともあって教室にはいつもより気持ち人数が多いように感じる。ともちゃんは隣のクラスなので廊下で分かれた。


「おはよ~桜子~」


「おはよ~」


 近くの席の子たちに軽く挨拶を返しつつ着席して暫く後、担任の先生が教室に入って来た。うちのクラスの担任は若い……若い?男の先生だ。疑問形なのはいつも風貌がぼさっとしてて年を食って見えるからである。ついでに普段のフレッシュさとは程遠い毛だるそうな雰囲気も理由の一つだ。


 先生は教壇に立つといつも通り朝礼の進行をする。


 その中で私達に向けた注意喚起があった。


「えー、最近ここら辺で不審者の目撃情報が相次いでいる。幸いなことにうちの生徒で出くわしたやつはいないらしいが、他校の生徒が突然訳の分からないことを話しかけられるなんて被害も出てる。と、いうわけで十分に注意するようにー」


 先生の言葉に怖いなーと思いつつもどこか他人事のように考えてしまう。

 

 小学校の頃とかも年に一回ぐらいはこういう不審者情報があったけど、一度も遭遇したことなかったし。もちろんだからって、わざわざ人気の無い場所とか遅い時間帯に出歩いたりはしないけどね。


 ……ああ、でも今日って少し遅くなるんだっけ


 まあ普段帰ってる道なら街灯もあるし人通りもそれなりにあるから大丈夫だろう。


 そんな風にして朝礼は終わりそのまま少し間を挟んでから一日の授業が始まる。


 そしてあっという間に放課後になる。


 予定通りというかやっぱり委員会の仕事で遅くなってしまった。しかも思ったよりもやることが多くて予想よりも遅くなってしまっている。


「ああもう、何だってあんなことを聞いた日に遅くなるかな~?」


 まったく、朝に不審者の話なんて聞いちゃったから日がほとんど落ちた通学路を歩くのが少しだけ、ほんのちょっぴりだけ怖くなったじゃないか。

 

 若干早足で家路を急いでいると、普段はそれなりに人通りがあるはずの通学路から人の気配が無くなる。いつもと時間帯が違うからかもしれないけど変な感じだ。


 すると、道の前方からスーツ姿のおじさんが歩いて来るのが目に入った。


 だ、だいじょうぶだよね……?


 妙な胸騒ぎがして近づいて来るおじさんと目を合わせないように顔を俯かせて通り過ぎるのを待つ。


 お互いすれ違うと……特に何事も無くそのまま通り過ぎて行った。


「はぁ……」


 変に緊張してしまったけど杞憂だったな――そう思ったときだった。


「ぎゃあああ!!!!?」


「っ!!?」


 背後から男の人の悲鳴が聞こえた。


 咄嗟に後ろを振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 そこには顔が異常に大きい人型のナニカがいた。


 人間の首より下のパーツにバルーンでもくっつけたみたいな歪なバランスのナニカ。ソレの足元にはさっきすれ違ったスーツのおじさんが尻もちをついている。


 アレが何なのかなんて私には全然分からない。分かっちゃいけない、分かりたくない。


 でも知らないおじさんが化け物に襲われそうになっているその光景を見て、私は――――何も考えずに身体が動いていた。


 自分の足元に転がっていた石ころを拾って化け物に投げつける。


「や、やめろっ!!」


 ――コツンッ、カランカラン……


 私が投げた石ころは化け物の頭に見事命中した後、地面を転がる。


 次の瞬間、化け物の視線が私へと向けられる。


「ひっ……!」


 白目が無い黒一色の目が怖気を掻き立てて上ずった悲鳴を出させる。


 化け物は近くのおじさんを無視して私の方に一歩踏み出した。


 それを見た途端、私は全速力で駆けだしていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!!」


 頭の中がぐちゃぐちゃで何処に逃げればいいのかも分からなくて、ただひたすらあの化け物から逃げる為に走り続ける。


 気が付くとそこは家の近所の公園だった。既に日も暮れているので誰も遊んでなく無人の状態。


 私は公園にあった動物の形を模した滑り台型の遊具の後ろに身を隠した。

 

 どうかあの化け物が私の姿を見失って、何処かに過ぎ去ってしまいますようにと願いながら。

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