第2話 ピンチに舞うは、サクラの花

 怪異と魔法少女たちが戦う外の光景は避難所にも中継されていた。


 ある者は備え付けられたモニターで、またある者は自分の端末で。避難所の全員が外の様子を見守っていた。


「「「っ……!」」」


 大きな揺れとともに五人の魔法少女たちが、黒い光線に飲み込まれた場面が映る。それから少しして再び映された魔法少女の姿は、素人目でもとても戦える状態には見えなかった。


 避難所のあちこちから「もうだめだ」という声や、すすり泣くような音が聞こえ始める。こうした負の感情が怪異にとっての餌になることを知りつつも、この時代の希望の象徴たる魔法少女が手も足も出ないままに一蹴される姿は、彼らに深い絶望感を与えていた。


 ――魔法少女の敗北


 それはすなわち守られる者である自分達の死を意味している。

 避難所の人々はそのことをよく分かっていた。


 絶望の蔓延するその避難所の中には、ヒナタが救ったあの母娘の姿もあった。


 二人は身を寄せ合いながら中継画面を見ている。


 他の仲間が倒れ伏す中、ただ一人立ちあがって怪異を睨みつけ杖を向け続けるヒナタの姿。それを見て母親は涙を流していた。娘も今の状況を事細かく理解している訳ではないが、自分を助けてくれたお姉ちゃんがボロボロになりながら戦っていることは分かっていた。


 ゆえに、母親同様その目からは涙がこぼれそうになっていた。


 しかし母親と違ったのは、娘は懸命のその涙を堪えようとしていたことだった。


 自分でもその理由に気付かぬまま、娘は泣いちゃダメだめだと思った。

 今にも溢れそうになる涙を、口をへの字に曲げて堪えようとしている。


「あっ……」


 しかし、遂に最後まで立っていたヒナタも地面に崩れ落ちた。


 今あの場に立っている魔法少女は誰一人としていない。巨大な怪異がただその存在を誇示するように立ち、背筋に寒気が走る叫び声を上げているだけ。

 

 もはや避難所の空気は完全に絶望に支配されきっていた状態になっていた。


 どうにか涙を堪えようとしていた少女の目尻から、ぽろりと一滴の涙がこぼれる。


「だれか――」


 ――お姉ちゃんを助けて


 少女の口から声にならない言葉が発せられる。


 自分の身よりも画面の向こうで戦う魔法少女たちを救ってほしいと願う言葉は、誰にも届くはずがなかった。


 それに応える者がいるはずもなかった。


 この後はただ、怪異の黒い光線が放たれて魔法少女ともどもこの避難所も蹂躙される……そんな未来が待っていると誰もが考えていた。



 だがしかし――



 魔法少女とは、やはりこの時代における希望の象徴だったのだ。


 次の瞬間、画面の向こうが桜色に染まった。





 五人の魔法少女たちは常人であればとっくに意識を飛ばしていてもおかしくない状態だったが、辛うじて意識だけは保っていた。


 ゆえに怪異が再びあの攻撃を放とうとしているのを察知して、何とかしようと藻掻く。


「っ……!」


「こ、の……」


「くっ……」「にゃ……」「うぅ……」


 しかし、いくら頭が命令を出しても身体はいうことを聞かない。立ち上がろうとしても指先一つ動かせない状態だった。


 それもそのはずで、致命的な外傷こそないものの五人の状態は極めて危険な域だった。


 衣装に備わっている自動防御が無ければあの一撃で塵すら残さずに消し飛ばされていただろう。だが命は助かったものの、代わりに内に秘める魔力のほとんどを削られた。

 

 魔法少女にとって魔力とは力の源。

 それが尽きればただの年若い少女と変わりない。


 防御の魔法を発動させることすら出来ず、彼女たちはただ歯を喰いしばって悔し涙を流しながらそれを見ていることしか出来なかった。


「―――――――ッッッ!!!」


 怪異が再びあの黒い光線を放つ。


 ヒナタは迫りくるそれから決して目を逸らさなかった。最後の瞬間まで絶対に諦めない、そんな強い信念で迫りくる死をどうにかしようと足掻いていた。


 そんな諦めない心が、『希望』を呼び込んだ。


 光線が迫る寸前ヒナタの視界に


 ――桜の花びらが舞った。


「っ!?」


 次の瞬間、大量の花びらが渦を巻きながら押し寄せて黒い光線を防ぐ盾となる。


 その光景、まさに桜吹雪。


 そのうえ信じられないことにその桜吹雪は、自分達が五人がかりでも止めきれなかったあの光線を完全に受け止めていたのだ。


 このときヒナタの脳裏には、ある人物の顔が思い浮かんでいた。


 ――こんなとんでもないことが出来るのは、あの人しかいない……


 この桜の花びらは『彼女』の代名詞のとして知られているもの。


 ヒナタがそんなことを考えていると、花びらの一部が魔法少女たちにも向かってきた。それは身体の傷ついている箇所に張り付くと、淡く発光して消滅する。花びらが無くなったあとには、傷一つない真っ白な肌が残される。


 さらに彼女たちの身体に空っぽだったはずの魔力が戻っていた。


 敵の攻撃を防ぎながら同時に傷の治療、加えて魔力の回復まで行う……これほどの魔法を同時に行使できるのは相当高位の力を持つ魔法少女のみ。その中でこのようにサクラの花を舞わせる人物――ヒナタの中にあった想像は確信に変わった。


 桜吹雪に遅れてこの場に降り立った魔法少女。


 ヒナタたち五人がセーラー服を基調とした衣装ならば、彼女はふりふりのゴスロリ衣装を身にまとっていた。


 そしてそのカラーは髪の色と同じ淡いピンク――いや、桜色。

 

 空中からゆっくりと地面に降りてくる姿はまるで天使や女神のような神々しさを伴っていた。きっとその姿を見た誰もが視線を逸らすことが出来ず、目を釘付けにされてしまうだろう。


 彼女こそ、この国の絶対的な守護神にして、誰もが認める現代の最強の魔法少女。


 彼女の名は――


「魔法少女『桃色サクラ』、ただいま参上!!!!」


 魔法少女『桃色サクラ』――今、人々にとっての希望、怪異にとっての絶望が戦場に降り立った。





 可愛らしい衣装をまとった姿は一見ただの可愛らし少女にしか見えない。

 けれども見た者の心に勇気を与え見る者を鼓舞する背中は、どんな屈強な軍人、格闘家、武術家よりも逞しく見えた。


 ヒナタは――いやヒナタだけじゃない。その場にいた五人の魔法少女全員がサクラの到着に心から歓喜した。


 サクラはたった一歩すら後退せずに、一人で完全に黒い光線を防ぎきる。


 そして舞い散った桜の花びらは辺りに散らばって花びらのシャワーが降った。


 するとサクラは「ふぅ~」と息を漏らしながら額の汗を拭う動作とともに五人に振り返る。


「みんな、大丈夫?」


「「「「「サクラさんっ!!!」」」」」


「うん、サクラさんだよ。ギリギリになっちゃってごめんね?」


「そ、そんなこと――それよりも、どうしてサクラさんがここに!? 確か別の場所で任務にあたってるはずじゃ……?」


「レイナちゃん、落ち着いて。確かにそうだったんだけど、思ったより早く終わったの。そしたらこっちでとんでもない怪異が出現したって聞いて飛んできたって感じかな。他の魔法少女のみんなもすぐに到着するはず――あ、ほら!」


 サクラが上空を指差しそれに釣られてレイナたちも視線を向ける。


 そこには十を超える魔法少女の姿があった。


 見知った顔もあれば知らない顔もある。ということは交流が盛んにある周辺地域以外からも応援に駆けつけてくれた魔法少女がいるということだ。


 五人はその光景を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「あ、あんなに沢山の魔法少女がどうして……?」


「それだけあの怪異が脅威だってことだよ。君達が出て行った後に分かったことらしいけど、下手すると現在確認されている国内最大規模の怪異に匹敵するかもしれない力を持ってるって」


「それほどですかっ!?」


「うん。だから、そんなやつ相手に街と人々を守ったのは偉業だよ! ほんとうによく頑張ったね!」


「あ、ありがとうございます……!」


 サクラに満面の笑みとともに褒める言葉をもらったレイナが顔を赤くして視線を泳がせる。


 するとその様子を見ていた紫髪の魔法少女が猫のようにするりとレイナに近づいて揶揄うように声をかける。


「にゃんだ~? さすがのレイナもサクラさんの前では形無しだにゃ~?」


「リ、『リンネ』っ! 黙りなさいっ!!」


「にゃはは~!――お久しぶりですにゃ、サクラさん! まさかサクラさんが来てくれるなんて鬼に金棒の気分ですにゃ~!」


 紫髪の魔法少女『リンネ』は揶揄うだけレイナをからかった後、サクラに向き直り掴んだ腕をぶんぶん振って喜びを表現する。


 若干、褒めているんだかいないんだか分からないリンネの言葉にサクラは特に嫌そうな顔もせずむしろ嬉しそうにしていた。


「そ、そんなことないよ。リンネちゃんはいつも大げさなんだから。それより、そっちの三人も身体は大丈夫? もう怪我とか残ってない?」


「だ、大丈夫です! 身体も魔力もバッチリ回復してます!」


「助けてくれてありがとうございます! 敵の攻撃を防ぎながら味方の回復、それも傷だけじゃなくて魔力回復もこなすなんて本当に凄いですっ! さすがはサクラさんですっ!!――ほら、メグミも隠れてないでちゃんとお礼言いなさいよ!」


「は、はい! もう、だ、大丈夫ですぅ~!」


 三人はかなり緊張した様子で、特に『メグミ』と呼ばれた緑髪の魔法少女はミヤビの後ろに隠れて顔だけ出している状態だった。叱られて背中から出てきたものの、言いたい事を言うとすぐまた背中に引っ込んでしまう。


「うん、その調子ならみんな大丈夫そうだね……五人とも、まだ頑張れる?」


「「「「「もちろんですっ!」」」」」


「いい返事っ! そろそろあの怪異も動き出す頃だからもう一度、今度はみんなでアイツを倒すよ!」


 サクラは防御、回復以外にもう一つ手を打っていた。


 それは怪異の動きの拘束である。怪異の身体の表面にはピンク色の膜が張られており、それにより身動ぎすら出来ない状態にあった。


 しかし、その膜にも既に何カ所か罅が入っておりいつ拘束から抜け出し再び暴れ始めてもおかしくない状態。

 

 そして、サクラがそろそろ動き出すと言ってから一分も経たないうちに、怪異の身体が小刻みに震え出し、次の瞬間――ピンク色の膜が砕け散った。

 

 それと同時に空中に待機していた魔法少女たちから次々と攻撃が殺到する。


 例えば炎、例えば水、あるいは不可視の風や岩、氷、雷などなど……様々な種類の魔法が怪異に直撃する。的が大きい分、その全ての魔法が怪異の身体に命中していた。

 

 だがしかし、怪異は悲鳴を上げるどころか淡々とその攻撃を受け続ける。


 まるで、その攻撃の全てが通用していないかのように。


「おそらく、このまま全員で攻撃を続けたとしても……あの怪異は倒しきれない」


 サクラが何を見て確信したのかは分からない。けれど何十人もの魔法少女の攻撃を受けて微動だにしない怪異の姿は、サクラの言葉を肯定するには十分にも思えた。


「で、でも私達やサクラさんも参加すれば――」


「怪異の様子をよく見て。あれだけの魔法攻撃を受けてるのにほとんど無傷、ううん正確には傷は負ってるけどそれも瞬時に再生されてる。ほんと、とんでも無い再生能力だよね。加えてあの圧倒的な瘴気量……このままだとこっちの魔力切れの方が先にきて――私達が負ける」


「「「「「……」」」」」


「だからアイツを倒す為には、高火力の一撃で再生能力も追いつかないほどの傷を負わせて倒すしかない。それが出来るとすれば――」


 サクラの視線が上空で戦う魔法少女たちから、五人へと向けられる。


 なぜ自分達に視線が向けられたのか分からない五人は困惑した様子でその視線を受け止める。


「中継で見てたよ、君達の『合体魔法』。あれを使おう」


「合体魔法って、でもサクラさん! さっきそれを使って倒せなかったんですよ!? もう一度使ったからって倒せるとは思えません!!」


「ミヤビちゃんの言う事もよく分かるよ。確かにさっき使った合体魔法はほとんど効果が無かった…………でも、今度は私がいる」


「っ!?」


「君達五人と私、六人で合体魔法を使う。それなら必ずあの怪異に勝てる!」


「それは無茶です! いくらサクラさんでも訓練も無しにぶっつけ本番で合体魔法なんて、下手したら私達全員が戦闘不能になりかねませんっ!」


 レイナがそう強く否定したのには理由があった。


 合体魔法とは言葉で表現すればただ多人数で一つの魔法を発動するだけのもの。

 しかしその実、実際にそれを使おうとするとそう簡単なことではないのだ。


 互いの魔力をシンクロさせ同時に魔法を発動し完成させる。それは高度に息の合った連携が必要とされる高難易度技術だ。つまり個人の技量云々の話ではなく、いかに仲間と息を合わせることが出来るかが合体魔法の肝となっている。


 五人は合体魔法を武器にするために多くの訓練を重ねてきた。元々魔力の波長が近い五人ではあったが、訓練の中で更にそこに磨きをかけていった。そして厳しい訓練の果てに、ようやく実戦で扱えるレベルで習得することができたのだ。


 五人以上で合体魔法を発動する魔法少女なんて、世界的に見てもほとんどいないのがその難易度の高さを証明しているともいえる。


 それをただの一度も一緒に訓練したことのないサクラと使うのはあまりにも無謀が過ぎる話だ。


 レイナが無理だと止めるのは、むしろ常識的に考えれば正しい行動である。


 ――しかし、それを分かった上でサクラは引かなかった。


「不安なのも、突然言われて納得できないのも分かる。でも私を信じてほしい。必ず六人の合体魔法を成功させて、あの怪異を倒す! だからお願い、あなた達の力をかして!」


 そういって頭を下げるサクラの姿を見て反対していたレイナがたじろいだ。


 けれど、だからといってはいそうですかと納得することは出来ない。

 それだけ合体魔法はリターンが大きい分、リスクも十二分に大きいのだ。

 

 レイナ以外の面々もいくらサクラの提案だといっても、それに手放しで賛成することは出来ずにいた――が、一人だけサクラの前に進み出る魔法少女がいた。


「サクラさん」


 ヒナタは一歩進み出て真剣な、嘘も誤魔化しも許さないと言わんばかりの目をしながらサクラに言葉を投げかける。


「本当に、六人での合体魔法なら、あの怪異を倒せるんですか?」


「絶対に倒す」


「もし倒せなかったら?」


「私が責任を持ってどうにかする」


「合体魔法は本当に成功するんですか?」


「成功させる」


 次々と投げかけられるヒナタの質問に対して、サクラの返答は確実性のないものばかりだった。どれもこれも「できる」ではなく「やる」という根性論のような答えで、十人を超える魔法少女ですら倒しきれない怪異を一人でどうにか出来るかも判然としない。


 けれど、自分を見つめるヒナタから決して目を逸らさずに真っ直ぐ見返して嘘偽りない言葉を返している。


「……本当に、できるんですか?」


「私を信じて。それしか言えない」


「……」


 最後に不安そうに同じ質問を繰り返したヒナタに、またもや無責任とも言える返事をするサクラ。


 そしてサクラの答えを聞いたヒナタが、自身の中で結論を出す。


「分かりました……やりましょう! 六人合体魔法!」


「ほ、本気で言ってるのヒナタ!? いくらなんでも無茶よ!!」


「確かに無茶だと思う。でも私はサクラさんとならきっと出来るって思った。サクラさんを信じることにした。この人はきっとはなっから出来もしないことを出来るなんて言わないって」


「ヒナタ……」


「ミヤビちゃん、それにレイナさん、リンネさん、メグミちゃん。私からもお願いします! もう一度、私達の力をあの怪異にぶつけてやりましょう!」


 サクラと、そしてヒナタの訴えを聞いた四人が下した決断は――

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