第23話 これからの行く末
「全員しかと刮目せよ! これが動画コンテストに応募するためのラジオ番組の台本だ!」
秋彦は芝居がかった台詞で台本を長机の上に叩きつける。
「別に部長が書いた台本ちゃいますやん。書いたのは武琉君やないですか」
「シャラップ! 俺はラジオ放送部のディレクターだぞ。つまり番組をスムーズに進行させるために必要不可欠な現場監督だ。異論は認めない。夜一、お前もだぞ」
「はい? 何か言いました?」
頬杖をついていた夜一は何度か目を瞬かせる。
「おいおい、大丈夫か。今日は部室に来てからずっと上の空じゃねえか。まさか、昨日の夜にマスを掻きすぎて精も根も尽き果てたって言うんじゃないだろうな?」
「部長、後輩に対してそんな直球な物言い……グッジョブ!」
親指を突き立てた奈津美に、夜一は呆れたように溜息を漏らす。
「違いますよ。そんなんじゃありません」
全力で否定した夜一は斜め前の席に座っていた君夜をちらりと見た。
「どうしたの? 夜一君。怖い顔して。もしかして昨日の夜に何かあった?」
ぎりりと夜一は奥歯を軋ませる。
「いえ……特に何も」
「そう? ならよかった。番組を控えた貴重な身体だもの。大事にしないとね」
君夜は自前のティーカップに淹れられた紅茶を優雅な仕草で飲む。
何て神経の図太い女なのだろう。
昨日、自分を身内のヤクザに拉致させておいて悪びれた様子を微塵も見せていない。
まるで昨日の一件など最初から無かったような態度である。
次に夜一は他の三人を順番に見つめた。
秋彦たちは君夜の実家がヤクザ家業だということを知っているのだろうか。
いや、知っているのだろう。
以前に奈津美が君夜の実家について話してくれた折に口ごもった理由がそのことだったに違いない。
「気にするな、夜一。こいつらは放っておいてお前は台本に目を通してくれ」
内心、怒りを募らせていた夜一に武琉が台本を渡す。
A4サイズのコピー用紙に文字が縦書きされていたラジオ番組の台本だ。
枚数は全部で六枚。
タイトルは『八天春学園ラジオ放送部番外編』と記されている。
夜一は気持ちを切り替えると、一枚一枚丁寧に台本に目を通した。
生まれて初めて見るラジオ番組の台本だったが、進行表とも呼ばれていたラジオ番組の台本は公開オーディションの際に渡されたゲームのアテレコ台本と似ていた。
司会進行を務めるパーソナリティの名字の下に言わなければならない台詞が書かれている。
「名護先輩、このジングルって何ですか?」
台本の中身を視認していた途中、夜一はコーナー番組の名前や内容が書かれていた間にジングルという文字があることに気づいた。
「ジングルってのは番組の節目に流す短いBGMや番組名の紹介部分のことだ。普通のラジオ番組なら音楽を流すが、映像つきのラジオ番組なら番組名が定番だな。お前も一度は見たことあるだろ?」
確かに何度か見た覚えがあった。
映像つきのネットラジオを観ているとき、BGMと一緒に番組名が大きく表示される様を。
「今回は動画コンテストに応募する映像つきのラジオ番組だからな。ジングルはラジオ放送部専用のジングルを使おうと思う」
嬉々とした表情を作った武琉が足早にパソコンの前に移動する。
すでにパソコンは起動しており、画面には『魔法少女ラジカルあすか』の壁紙が映されていた。
「見てくれ。ジングルはこれだ」
武琉はマウスを動かして一枚の画像を表示させる。
それは『魔法少女ラジカルあすか』のタイトル表記と似た『八天春学園ラジオ放送部』のジングル画像だった。
突然、秋彦は右拳を長机に叩きつけた。
「『魔法少女ラジカルあすか』の丸パクリじゃねえか! 訴えられるぞ!」
「たまたま似ていただけさ」
夜一は立ち上がると、パソコンの前へ歩み寄った。
「それにしてもよくできていますね。これ名護先輩が書いたんですか?」
「手書きじゃない。専用のソフトを使ってちょちょいとな」
「こいつは見た目とは裏腹にパソコン関係に詳しくてな。ラジオ放送同好会のホームページなんかも全部こいつに任せたんだ」
「もう同好会じゃないだろ。ホームページのタイトルもすでに変えてあるさ」
そう言うと武琉はラジオ放送部のホームページを見せてくれた。
太文字で記されていた八天春学園ラジオ放送部のタイトル。
画面から潮の匂いが漂ってきそうな紺碧の海辺に、シーサーが置かれている情緒ある背景。
一目で日付が分かるカレンダー。
誰でもネットからメールを送れるようにメール項目まであった。
しかし――。
「カウンター……まったく回っていませんね。やっぱりユーチューブ投稿のほうがよかったんじゃないですか?」
「ヤガマサン(うるさい)、学園内の活動をユーチューブに投稿するのは許可が下りなかったんだから仕方ないだろうが」
それは夜一にも理解できる。
だが、それでもそう言いたくなるほど、ホームページの閲覧カウンターは悲しくなるほど数が少なかった。
何度となく確認しても五十も回っていない。
「一応、訊いておきます。メールなんて来るんですか?」
「来るときは来る」
「スパムメール?」
「ヤガマサン(うるさい)」
と、射抜くような視線を武琉が向けて来たときだ。
部室内に設置されていたスピーカーからノイズ音が流れてきた。
『放送部よりお知らせします。普通科一年A組の朝霧夜一君。至急、職員室までお越しください。普通科一年A組の朝霧夜一君。至急、職員室までお越しください』
「んあ? 夜一に呼び出しがかかったぞ」
「夜一君、何ぞ悪さでも働いたんか? 呼び出しがかかるなんてよっぽどのことやで」
「俺、何にもしてませんよ」
夜一は両手を振って自分の無実をアピールする。
「内緒でやっていたバイトでも見つかったんじゃねえのか? 俺や武琉がバイトしていたことがバレたときも校内放送で呼び出されたしな」
「バイトなんて一度もしたことないです」
やってみたいと思ったことは何度もあるが、実際のところ今の夜一にバイトをする暇などなかった。
週に一度のペースで叔母の幼稚園に通って演技を磨いているものの、一度も叔母から金銭を受け取ったことはない。
完全なボランティアだ。
「とりあえず職員室へ行け。そうすれば嫌でも用件は分かるさ」
武琉の言い分は正鵠を射ていた。
どんな用件で呼び出しがかけられたかは不明だが、それも職員室へ行けば否応にも判明する。
「部活の途中にすいません。ちょっと職員室へ行ってきます」
「おう、生活指導の先生にしっかり説教されてこい」
「だから俺は校則に違反するような真似はしていませんよ」
失礼します、と秋彦に断って夜一は部室を後にした。
運動部の連中が汗水を垂らして身体を動かしているグラウンドを迂回して職員室のある本校舎へ歩を進める。
やがて目的の場所に辿り着くなり、夜一はノックをして職員室へ入った。
テストの採点や茶菓子を食べていた何人かの教師と目が合う。
「やっと来たな、朝霧」
入り口の前で萎縮していると、夜一は誰かに声をかけられた。
その人物とは――。
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