【短編】 魔法とは万能であるからして
我が家では、家事は基本的に分担制である。
洗濯物とか機械を使ったり料理の類は俺の担当だ。
なんでもそつなくこなすテールなんだけど、いくつかの弱点があった。
そのひとつが料理だ。
メシマズという訳じゃないんだけどな。むしろ美味い方だ。
ただ、凝り性なのか納得できるまで作るから時間がかかる。それでいて食費を気にしない料理ばかり作る。
肉を大量投入したビーフシチューに二日かけたりだとか。
いくら美味しくても日常でそれをやられたら困る。
という訳で普段の料理は俺が作って、皿洗いはテールの役割だった。
むしろ魔法を使って洗ってるから、食洗器よりも早くて綺麗だと思う。
と、魔法で水を発生させながら鍋を洗うテールを見てひとつの疑問が湧いた。
「前は魔法でぱぱっと綺麗にしてたよな。最近、丁寧っていうかわざわざ水を出してどうしたんだ?」
最初に皿洗いを頼んだ時は一瞬の間で綺麗に汚れを消していたのに。
今は魔法で水流を生み出して洗っているが、洗剤だって使っている。
どうしてそんな手間をかけるのか気になったんだ。
「……隠す程のものではないのだが」
「おう、どうしたんだよ」
視線を彷徨わせながらテールが口を開いた。
「オレの魔法はこの世界にきて弱体化している」
「テールのは異世界魔法だから地球の抵抗力が働いてるってやつか?」
異世界――テールの元の世界で魔法を使った時の出力が10割だとすると、地球で同じ魔法を使っても7割程度に抑えられてしまうらしい。
それかと思えば違う、と首を振る。
「此方は漫画の知識で魔法とはどのようなものか知っていると思っていたのだが?」
「ああ、概要ぐらいは知ってるけど。魔法は
ざっくりと説明すると本当にそれだけ。
発現させるには才能とかも絡んでくるんだけど、基本的には想像力がものをいう。
だからこそ、思い込みが激しい程に魔法の力は強くなるんじゃないか? なんて。
これは漫画“黄昏の魔法使い”の読者による考察。
与太話みたいなものだけど、テールがラスボス化するにあたり一直線に突き進んでいた姿から囁かれていたものだ。
そこまで考えて、ひとつの答えが出た。
「もしかして、一瞬で洗い物が綺麗になるって想像出来なくなった?」
正解だったようで、苦虫を噛み潰したような顔をしてテールが頷く。
「この世界で勉学によって細菌という概念を知った。目に見えぬ汚れだな。
それでいて気持ちの悪いものだとわかるが、殺し方が全くわからぬ」
「あー、だから洗剤を使ってんのか」
「洗剤ならば細菌を殺せるのであろう。はぁ、今まで細菌まみれの状態を清潔だと信じていたと思うと吐き気がする」
心底不愉快だとテールは言う。
つまりは表面上綺麗になったと思っていたものが、実は雑菌まみれだったと気付いてしまったのだ。
「飲み水にしてもそうだ。最早オレはオレ自身が生成する水を飲料水だとは想像出来ぬ」
「ん? 細菌って一応微生物なんだけどそういうのも魔法で創造できんのか?」
この前テレビで動き回る細菌特集とかやってたからなぁ。井戸に潜むピロリ菌とかたくさん映ってた。
それでダメになっちゃったんだろうけど。
「生物の創造は無理だ。だが、不純物が混ざっていそうで気持ち悪い。ペットボトルか沸騰させた水以外は受け付けぬ」
「水道水なら大丈夫だって」
「沸騰させる程度ならば魔法で一瞬だ」
「そこはケトル使えよ」
綺麗だと想像出来ないからこその弱体化。
いや、水の中に微生物が大量に居るって想像してしまうからこその弱体化かもしれない。
「まさかオレの魔法がこのような理由で低まるとは」
「でもさ、酸素燃焼って現象もあるんだし化学反応とかをめちゃくちゃ勉強したら魔法に活かすことも出来るよな」
テールの魔法は地球での出力が落ちてしまう。
でも、ある程度地球の物理法則に則ると世界の抵抗力も働かないんじゃないか?
「なるほど……となると活かせそうな分野は物理学か」
「物騒な魔法の開発はやめろよ」
知ったことによって魔法が弱体化しても、きっと知識は力になってくれるはずだ。
魔術が科学へ変わったように。
案外、魔法と科学は離れていないのかもしれない。
そう考えると、俺も勉強が少しだけ楽しみになった。
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