31 つまらない物語

「起きろ!」


 鋭い声が聞こえた。


「寝るな!」


 もういい。どうせ死ぬんだから。

 放っておいてくれ。


「それはただの記憶だ!」


 記憶……そうだ、これは俺の最期の記憶。

 このまま誰にも気付かれず死ぬだけの。


「このオレが居るというのに、死ぬわけがなかろうが!」


 憤りを隠そうともしない怒声。

 その瞬間、光の粒子が目前に広がった。


 うわ、眩しっ。

 思わず先ほどとは違って反射的に瞼をぎゅっと閉じる。


「寝るなと言っておろう!」

「うるせぇ! 純粋に眩しいんだよ!」


 耳元で喚かれる煩さ。

 つい怒鳴り返してしまう。我慢の限界だったんだ。


「トウヤ!」

「テール……?」


 目の前には喜色を前面に浮かべたテール。

 そして暗い河原を照らすように飛び交う光の蝶々。


「あれ? なんで身体が動いて……」


 両手も自由に動く。

 痛みどころか傷ひとつ無い。


「覚えておらぬのか? 501号室の散策の際、悪意の残滓に襲われて倒れたのだぞ」


「なんだそれ」

「無念や憎悪が混ざり合った呪いのようなものだな」


 確か浴室のドアを開けた瞬間にぐらついたんだった。

 全く何が起きたのかわからなかったけど、悪意の残滓とやらが出て来たってことか。


「お前は無事だったのか?」

「あの程度の呪い、効く訳がなかろう。

……まぁ、此方は現実の世界にして2日程生死の境を彷徨った訳だが」


 2日!?


悪意の残滓呪いによって間際の記憶を追体験したのであろうな」


 駄目だ、時間感覚が狂ってる。


 たぶんだけど。

 俺がこの空間に居た体感は2、3時間程度だと思う。

 なんでわかるかといえば。


 バイトの退勤が0時だったから、車すら通らなくなる時間が深夜のそのあたりだからだ。

 あとは――失血死ってだいたい2時間ちょいで死ぬのが中央値らしいんだよな。


「最悪の悪夢をぶっ通しで2日見てたのか……」


 何気ない俺の呟きにテールの顔が歪む。


「トウヤ、すまぬ。このようなものを思い出させるつもりはなかったのだ」

「ん?」


 泣きそうだと、そう思った。

 なんでテールがそんな顔をしているんだ。


「此方にとって大切な、忘れたくない記憶を思い出させようと想起魔法を使ったというのに。

 こんなにも、寂しいものを思い出させるつもりはなかった」


 なんだそんなことを気にしてたのか。

 変なところで繊細なんだよな。


「知ってるよ。お前が使える、唯一の優しい魔法なんだろ」


「優しさなどあるものか」

「お前が思ってる以上に優しいよ」


 他人に付与する魔法は基本的に使えない。

 そんなヤツが他人相手に使えるたったひとつの魔法が“大切な記憶を思い出させる”なんて。


 おかげで前世の記憶――知識も付いてきたんだ。


「突き落とされるような気持ちを絶望って言うなら俺の最期はまさにそれだったんだけどさ。

 でも、今はテールが来てくれたからいいんだよ」


 夜の河原に舞う光の蝶だなんてそう見れるものじゃない。嫌な記憶も上書きされると言うもの。


 それにこの蝶はいつ見ても綺麗だ。

 俺の一番好きな魔法かもしれない。


「そういえば、ここって俺の夢って言うか記憶なんだろ」

「うむ。精神世界というものだ」


 おお。漫画とかでよくあるやつだ。

 まさか自分が体験するなんて思わなかったけども。


「テールは他人を回復する魔法は使えないんだよな。どうやって入ってきたんだ?」


 純粋な疑問だった。


 俺は浴槽に溜まっていた負の感情――沈められ、使い魔の原料となったモノの呪いを受けて昏倒していたらしいが。

 他人に干渉出来ないテールはいったいどうやって俺を助けに来られたのだろう。


 マスターあたりの協力か?

 そんな予想は見事に外れた。


「オレ自身の魂を此方と

「は!?」

「此方の魂の少し抉れていた部分を少しばかりオレの魂で補っているだけだ」


 魂を繋ぐ? 補足されても意味がわからない。

 移植みたいなものだろうか。


「危険性はないのか? 拒絶反応みたいな」

「安心しろ。オレ自身の魂を改造して此方に合わせたからな」

「じゃあ、俺かお前が死んだ場合はどうなる?」


 おい、目を逸らすなよ。

 これはあれだな。嘘は言いたくないけど真実も言いたくないってところだ。


 少しだけ間を置いてテールは口を開いた。


「万が一にもオレが死んだとして此方には影響はない。此方もオレが守るのだから問題はない」


「それって俺が死んだらテールが危ないってことなのか……?」

「まぁ此方が毎年健康診断に行っておけば平気であろう」


 つまりは一方的に俺が助けられているのか。

 それでいて俺が病死してもアウト。


「此方はまた重いなどとと言うであろうがな」

「分かってるじゃねぇか」


 他人の魂を補填するなんておかしい。

 自分に出来る善意の域を超えてる。テールもそこは自覚があるらしい。

 だが――改めて言い切った。


「これがオレに出来る誠意だ。

 そして何より――オレがトウヤともっと居たい。ここで別れるなど、納得など出来ぬ!」

 

 ……本当にこいつは。

 それなら、こう言うしかない。


「助けてくれてありがとう」

「どういたしまして、だな。そもそもオレは此方に助けられてここにいる」


 これでいい。

 お互い様だと、少しだけ思えるようになってきた。


「帰るぞ、トウヤ」

「おう」

「此方から渡された小遣いで様々な種類のカップラーメンを買ってきたのだ」


 何でも好きなものを選べとテールは胸を張った。

 病人に食べさせるものじゃないだろ。


 さては純粋に自分の好きなもんを渡してきてるな。

 気持ちは嬉しいけど、嬉しいだけなんだよなぁ。


「それでどうやって帰るんだ?」

「夢から覚めればよいだけのこと」

「だからどうや――うわっ」


 最後まで言い切れない。

 蝶の大群が群がってきた。

 幻想的な光はけたたましい光球となって俺の目を焼く。


 そして――次に目を開けると。




「ここまで此方を運んでくるのは堪えたぞ」


 コクーンハイツ404号室。

 変わりない俺の部屋――のベッドの上。

 時間を確認すると午前11時。

 

「上の階の戸締りはちゃんとして来たか?」

「無論」


 ちょっとだけ寝坊をした朝みたいだ。

 ベッドを囲うようにして様々なラーメンが積まれている。


「このラーメンの山……供えもんみたいだな」


「む、これは歴としたオレの世界で使われていた魔術だぞ。海や山の素材を扱った食事で囲み、対象者の生命力を増幅させる用途の」

「マジか」


 想像力ひとつ、魔法で何でも出来るようなテールが面倒だと言い切った魔術に手を出すなんて。

 藁にでも縋る思いだったのかもしれない。


 ところで異世界の魔術って日本でも使えるのかな。

 魔力を感じるだとか、そういった勘は一切働かないから効果のほどはわからない。


「……とりあえず豚骨にするかな」

「うむ。ポットよりも早く湯を沸かせるから待てよ」




 その後はラーメンを食べて、のんびりして。

 途中で学校に欠席連絡をしてないと気が付いてかなり焦った。


 幸いにも三澤経由で欠席連絡がされていた。

 梅見ヶ丘学園は独り暮らしとか寮暮らしの生徒も少なくないので、自分で欠席連絡が出来ない事態というのもよくあるそうだ。


 学校に来ない俺を三澤が心配して連絡をくれたらしい。

 鳴り響く俺のスマホにテールが出て、生死の境を彷徨っているから学校に行けないと説明してくれたそうだ。


 改めて三澤に礼を言うと冗談と受け取っていたらしく、ちょっとキツめの風邪だと思われていた。


 ベットから出て軽く動いてみたけど異常は無し。

 これなら明日からまた学校に通えるだろう。 2日寝ていたわりには元気だ。


「今って“黄昏の魔法使い”の時間で言うと本編で描かれてすらいない時期なんだよなぁ。いろいろありすぎだろ」


 カレンダーを見ると春休みまであと1カ月だった。

 物語は2年生から始まっていたから本編は春休み明けの話になる。


「なぁテール。ふと思ったんだけどさ」

「なんだ?」


 本当に思っただけ。

 でも、一応口に出してみる。


「俺の読んでた漫画じゃ、お前がラスボス化して梅見ヶ丘市民が大量に死んだって話はしたよな」

「バケモノの封印を解いた際の余波で災害が大量に発生したと言っていたものか」


 それそれ、と肯定する。


「梅見ヶ丘市に封印されてるバケモノって、お前がバケモノの力を吸収する時に封印を一気に解いたから厄災が振り撒かれたんだよ」


 物語的にいうとテールは悪役でラスボスなんだけど逃げ惑う人間に直接手を下した描写は無かった。

 ただ自己本位に暴れ回って周りへの被害を一切考慮してないぐらいで。そこがクソ野郎ポイント激高だったとはいえ。


「じゃあさ、バケモノの力を時間かけてちょっとずつ吸収したら災害も起きずにバケモノも消せるんじゃね?」

「なるほど……漫画でのオレが出来て、このオレに出来ぬわけがなかろう」

 

 いつ誰が踏んで発動するかわからない地雷なんて危なすぎるんだ。

 除去できるならやった方がいい。


「ちなみにこれは話とは関係ない豆知識なんだけど」

「どうした藪から棒に」


 もうひとつだけ頭にうかんだものを吐き出しておこう。


「新興住宅地とかで地名に“ヶ丘がおか”が付いてるところはヤバいらしいんだよな」

「……梅見ヶ丘も新興住宅地であったな」


「“梅を見る”って書いて梅見ヶ丘なんだけどさ、言葉遊びをすると“身体が埋められて丘になった”って取り方もできないか?」


 漢字で書くと埋身ヶ丘

 一気にきな臭い名前になったな。


 元々怪異とか魔術師、人外が多い土地らしいんだけどそもそも厄災のバケモノ由来の土地だと思えば納得できる。


「では、封印されている場所探しからまた始めるか。此方のことだ。アテはあるのだろう?」


「当然! ま、そんでもまた地道な調査だな。 忙しくなるぞ。テールも4月からは同級生になるんだし」


 実はマスターの所に顔を出した際、テールの梅見ヶ丘学園への入学が決まったのだ。

 しかも学年は2年から編入という裏口入学。


 だから学費とかと引き換えに在学中の怪異討伐バイトといった肉体労働ぐらいだろう。

 漫画の内容と同じなのは。


「俺が前世でテールが出てきた漫画を読んでたみたいにさ、もしも異世界の誰かが俺たちを観測していたとして。

 誰がどう見てもつまらない物語になればいいと思うんだ」


 人が死んで盛り上がるような物語はごめんだ。


「誰かを楽しませるような波乱万丈物語より恙無い日常話のほうがずっといい」

「その一環として例のバケモノを消したいという訳だな」


 目指すは面白みのないつまらない人生だ。


 そう思うと前世の人生もそう悪くはないように思えた。あそこで死んだのは間が悪かっただけだ。


 テールを拾って漫画の内容とは随分と変わってしまったけど、これでよかったんだ。

 あとは普通にテールと話をしてだらだらと過ごす時間は楽しい。


 このままの日常が流れていけばそれで――


「では、春休みは魔法の特訓をしようではないか」

「話聞いてたか? それに前も言ったけど魔法は才能が無いと、」


「オレの魂の根幹ともいえる部分を共有しているのだぞ。使えぬ訳がなかろう」


 ……マジで?


「照明魔法程度であれば扱えるようになるのではないか? あとはライター程度の炎とかな」


 わかってるんだ。

 照明魔法だった懐中電灯を使えば事足りるし、小さな炎なんて普通にライターとかマッチとか代用品は沢山あるって。

 それでも俺は前世から魔法とは無縁の現代人。


 やっぱりファンタジーに憧れが無いとは言えない。

 前言撤回。俺の人生、とにかく面白い物語になってしまいそうだった。

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