29 共犯者

 故・鼎の使い魔をテールが消し飛ばして2日後の深夜。

 俺たちは501号室の扉の前に立っていた。


「広告の間取りから見てわかる通り、俺たちと同じ部屋の作りだ。……出来るか?」

「当然であろう。出来ぬというのなら最悪窓から侵入すればよい」


「泥棒と間違われるだろうが」


 何を隠そう、鼎が住んでいた部屋へ侵入を試みているのである。


 きっかけは今日の夕方。

 この部屋がなんと賃貸情報サイトに載っていたのだ。


 しかも心理的瑕疵物件――即ち事故物件として。

 ちなみに家賃は脅威の1万8千円。

 

 一応何があるかわからないし、調査をしに来たという訳だ。


 調査なんていっても“ナニ”かを感知するのも除去するのもテールなんだけど。


「ではさっさと終わらせよう」


 テールがドアに手を当てると、ふっと消えた。

 そしてガチャガチャとした金属音。


「よし、完璧だな」

「当然のこと」


 転移魔法のより、室内へ侵入したテールが内側から鍵を開けたのだ。


 居ないとわかってはいるんだけど俺は傍から見たら挙動不審間違いなしに辺りをきょろきょろと伺ってから入室。

 この階は501号室以外が元々空室となっていた。


 暗い廊下を光の蝶が先導する。


「いつ見ても綺麗だな」

「このような造形美もなにもないものを……ツムギといいこの国の人間はチョロすぎるのではないか」


 憎まれ口を叩きながらも蝶を出すテールはまんざらでもないのだろう。

 絶対に拗ねて面倒臭くなるので言わないが、“黄昏の魔法使い”作中で使用していた照明魔法はただの光の玉だったんだよな。


 廊下に部屋がふたつ、そしてまっすぐ進むとリビング。

 家具ひとつない部屋は閑散としていた。


「同じ間取りでも家具が無いと印象も変わるな。俺の部屋より広く見える」


「元々あまり家具のない手狭な家であったであろうに」

「うるさいな。実家が城野郎」


 異世界にあるお前んと比べたらこの日本に住んでいる99パーセントの人間は手狭な家だろ。


「何か気になった所はあるか?」

「その照明があるのならオレの魔法は必要なかったのではないか」

「自分の手元見る為の懐中電灯だよ」


 面倒臭いな。

 でもこういう所の積み重ねで漫画ではラスボス化しちゃったんだよな、こいつ。


 元々は誰かの、いや。国の役に立つ為に生まれた存在がテールだ。

 だからこそという性質を持っていた。

 それでいて力だけを見て利用されるのは癪に障るという気持ちの複合。


 作中でも初期こそ魔法使い・テールが無双する話ではあるんだけど、やっぱりこいつは主人公では無くて。

 物語が進むにつれ作中主人公がパワーアップ。その流れでテールの力を頼る出番も減り――


「なんだ? オレの顔ばかり見て」

「俺がお前に頼りまくれるぐらい弱くてよかったなって」


 ヒロインが怪異に襲われたりだとか、いろいろと無力を感じて最終的に闇堕ちしてしまった。

 誰かの為の力が、主人公と闘い自分の力を示す為のものへと変わってしまったという流れだ。


「む。此方の頼みであれば何でもしよう」

「もし俺がとんでもないこと言ったらそん時は止めてくれ」

「そのような事態、あるはずもなかろう」


 例えば? という質問に少し考えて答える。


「効率重視で怪異は殺せるけど人も凄く死ぬとか? そんなもん怪異討伐じゃなくてただの大量虐殺だからな」


「ではその時は効率的にどう殺せるかをオレも考えるとしよう」

「怪異を、だよな?」


 突然の悪役ムーブやめろ。

 機嫌良さそうに笑うな。


「で、変わった所はあるか?」

「此方の部屋を基準とするならば全て変わっているな。壁に魔術式が刻まれているはずだが……妙だな」

「魔術式がある時点で妙だろうが」


 リビング一面の壁を触りながらテールは首を傾げた。


「魔力の通った痕跡から魔術式があると思ったのだが、全く式が視えぬ」

「セキセイでも見えねぇ魔術式を見てたんじゃないのか?」

「あれは常に魔力が流れていたからよく視えていたぞ」


 魔術式とは、意味のある模様や言葉を書いて回路を作らなければ発動しないもの。


 乾いた痕から水が流れていたと考えるように、残った魔力の痕から魔術式があった。

 そう結論付けたようだが視えない魔術式が不可解らしい。


「あ。もしかして」

「どうした?」

「家にあった使えそうなもん、一応持ってきたんだよ」


 リュックから取り出したもの。

 普通の懐中電灯より少し小さいライトを壁に当てた。……やっぱりだ。


 模様がびっしりと壁に描かれていた。


「これはっ……何をした!? 何故見える!」

「静かにしろ。ブラックライトを持ってきて正解だったな」


 説明を促す視線。

 納得出来ないと顔に書いてある。


「不可視インクって目に見えないインクがあってな。そのインクは普通に見たら透明だけど、紫外線を当てたら光るんだよ」


「そのブラックライトが紫外線なのか」

「テールも刑事ドラマならよく観てるだろ。んで現場でこんな色のライトで血液とかのチェックをやってなかったか?」

「あれか!」


 合点がいったようだ。はっとした顔で声を上げた。


 ブラックライトを当てると人間の体液やら毛髪やらが光る。

 その性質を利用して犯罪捜査も行われているほどだ。


 ちなみにこの部屋の床を照らしてみたところあまり光らなかった。

 動物の頭蓋骨に剥製やらがあったらしいし、徹底的に掃除されたのかもしれない。


「日本でそのような特殊なライトが手に入るとは……」

「これ買ってきたの百均だぞ。あと、不可視ペンもライト付で子どもの玩具コーナーに売ってたりする」


 壁に魔術式を書くのに不可視インクを使ったなんて……鼎も賃貸という特性に屈したのかな。

 敷金から引かれちゃうし。


「マンション全体を張り巡らせてるって魔術式は鼎が描いたのか?」


「いや、カナエのものは一部だ。魔力の種類が違う。

 それともうひとつ。オレが結界構築の際に鼎の術式を消したからこそ何らかの欠陥が生じたのであろうな」

 

 魔術式はそれぞれ意味を持つから、テールが消しせいで間接的に鼎は死んだんだ。

 鼎は山から下りてくる二酸化炭素怪異から身を守りつつ、力を取り込む術式を描いていたのかもしれない。


「殺人の片棒担いじゃった感じか……なんか嫌だな」

「気にする必要など何処にもなかろうに」


 普通は気にするだろ。


 でも鼎が死んだだけでわりと丸く収まっているのが何とも言えない。

 理想の神を作ろうとして失敗した後に、梅見ヶ丘に封印されているバケモノを解放しようとテールを唆した訳で。


「あれ? マンションを張り巡らせてる魔術式も不可視インクで書かれていたのか?」


「あれは魔力をインク替わりにして描いたものだ。そのようにして張り巡らせた魔術式は術者本人が死ぬと消えるからな」


 だから魔力の感知に長けたテールは魔術式の存在に気が付いたのか。

 それで物理的なものじゃなくて魔力によって描かれているから、テールが俺の部屋に居ながら消せたと。


 壁に描かれた模様はミミズが這ったような連綿体で何と書かれているのか読めない。

 ブラックライトを四方の壁に当てるとどこもびっしりと描き込まれていた。


「何をしようとしてたんだろうな」

「大方の予想は付く」

「マジで?」


 魔術はそれぞれ風俗や伝承といったものをベースに意味のある行動儀式や模様を描き起こして発動させる。


 もちろん異世界よりやって来たテールに日本特有の知識など無い。

 じゃあなんでわかったんだ? というと。


「トウヤの部屋で感知した魔力は建物の上へと流れていた。この部屋に流れていたのであろうな」

「ってことは、集めて溜め込む魔術式ってことか」


「どの術式がそれぞれどのような効果で発動しているのか、今となっては見当もつかぬがな」


 マスターあたりならわかるのではないか? と呟いた。

 確かに彼女なら詳細な効果がわかるかもしれない。


 日本に長く居る吸血鬼人外でもあるので。


 そういえばテールは『魔力が豊富で美味しそう』との評価だったけど、俺は。

 すごく微妙な顔で微笑まれたのを覚えている。

 幽世の匂いが濃すぎて食指が動かないのだとか。


「一通り視てみてどうだ? 大丈夫そうか?」

「放置しても問題はないが悪用されるおそれはある。ふむ……では、こうしよう」


 テールが手を掲げるとシャボン玉のような泡が壁を包み込んだ。

 泡はものの数秒ほどで消える。


 ブラックライトを当てると壁には何の反射光も見つからなかった。


「洗浄魔法をかけたからな。元の魔力痕すら感じ取れまい」

「凄いな。……で、それって後でマスターに確認がとれなくなったってことじゃないのか」


 おい、目を逸らすなよ。

 とはいえおかげさまで心配しなくても大丈夫そうだ。


 こうなったら仕方が無いと他の部屋の魔術式も消していく。


「さて、残る場所は」

「浴室だな」


 事件現場だけあって心理的瑕疵がとんでもない。

 ましてや俺の部屋と同じ間取りなんだから。


 そしてもうひとつ。

 風呂場は性質を持つ。


 だから鼎はここで儀式、あるいは使い魔の加工を行っていたんだろう。

 掃除もしやすいしな!


「開けるぞ」


 折れ扉に手をかけるテールの背中を見ていた。


 ――え?


 扉が開いた瞬間、俺の視界もぐにゃりと歪んだ。

 だ、めだ。倒れ……る。


 薄暗い中で目を見開いたテールの姿だけが印象に残った。

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