22 蝶と家鳴

 更に辺りは暗くなっていた。早く見つけださないと家族だって心配するだろう。

 蔵の扉は他と同じく閉ざされていた。また玄関と同じように蹴破りそうなテールを抑え、蔵の前で声を上げる。

 

「紬ちゃん、居るか? 迎えに来た!」

「帰るぞ」


 軽く扉を叩きつつ、暫くすると小さな声が聞こえた。


「灯夜お兄ちゃんとテールお兄ちゃん……?」


 間違いない。紬ちゃんの声だ。扉に耳を当てる。

 ここだよ、と声が響いた。

 話を聞くと、気が付いたら俺たちの姿が無いばかりかこの蔵に閉じ込められていたらしい。


「扉、開けられそうか?」

「ううん、固くてだめ」


 内側からもどんどんと叩く音がした。鍵みたいなものも見当たらないし、単純に閉ざされているのかもしれない。

 ここはテールに頼るしかなさそうだ。


「紬ちゃん、扉から出来るだけ離れてくれ。……テール、開けられるか?」

「勿論だ」

「優しく開けろよ」


 間違っても蹴り破るなと言えば渋々と言った様子で従う。どんだけ蹴破りたいんだっていうか普段どんな映画やドラマを観てるんだ。

 やっぱり教育チャンネルを動画の再生リストに混ぜ込んでおこう。


「扉だけを壊すとは中々難しいな。貫通せぬようにせねば」

「マジで紬ちゃんに怪我させないようにな」


 木扉にテールは手を当てる。

 わりと怖いことを言っていたものの、扉はウォーターカッターで切断されたように綺麗な断面のままバラバラになった。


「称えてもよいのだぞ?」

「ほんっと凄いな! 流石だよ。普通はこんな真似出来ないだろ、マジでいつも助かってる」


 冗談めかしてわらうテールに俺は本気の賞賛と拍手を送る。自分から言い出したくせにテールはぷい、と顔をそむけた。

 なんで照れてるんだよ。普通に凄いって言っただけだろ。


「もうよい。それにしても暗いな」


 誤魔化すように光の蝶が5匹、光の鱗粉を撒きながら俺たちの傍を舞う。

 照明魔法で作られた蝶だ。

 以前につまらない魔法だと言っていたけどとても綺麗なものだと思う。なによりも、薄暗い蔵の中で何よりも安心できる光だった。


 蔵の一番奥。へたり込んだ紬ちゃんの顔を蝶が照らした。

 乾いたような涙の痕と、真っ赤に腫れた目が見えた。


「紬ちゃん、大丈夫か」

「灯夜おにいちゃ、ぅうううう」

「もう大丈夫だよ。帰ろう」

 

 乾いていたはずの瞳から堰を切ったように大粒の涙が流れだした。

 傍に寄り、目線を合わせてしゃがみ込むと勢いよく抱き着いてきた。少しよろけながらも紬ちゃんを受け止める。

 もう少し泣かせてあげたいけど、このままじゃいられない。ぎゅっとしがみつく紬ちゃんを抱き上げて立ち上がった。


「この蔵が大本か。流れている魔力が一番濃いな」

「いろいろ溜め込んでるみたいだしな」


 蝶が舞う先を目線で追うと、所狭しと様々なものが並べられていた。

 刀や茶碗など年季を感じさせるものも多い。その中に俺の割れたティーカップと割箸が乱雑に置かれているのが見えた。


 やはり収集したものの保管庫がこの蔵だったんだ。

 一応持って帰ろう。


「それ、俺の鞄に入れといてくれ」

「どうせ捨てるというのに」

 

 自分のものがこんな得体のしれない空間に置きっぱなしなのは良い気分がしない。


「気持ちの問題だよ。もしかしたら記憶も戻ってくるかもしれねぇし」


 入口まで歩く道すがら、たまたま目に入ったとあるもの。喉がひゅっと締まった。

 棚に置かれた四角形の白い袋のようなもの。あれって骨壺じゃないか……?

 

 奥までは暗くてよく見えないが似たような形の箱が並んでいた。

 一体いくつあるんだろう。


「あの霊体は帰れたのかな」

「少なくともこの異界からは消した。然るべき場所へと向かうだろう」

 

 あの人影は『帰せ、帰りたい』と言っていたんだ。

 辛い経験として、遺骨が幸福の家へと持ち込まれた。そして忘れ去られた人間が幾人もいた。


 置いて行かれ忘れ去られたものが混ざり合って人影になったんだろう。

 だって、こんな場所で独りは寂しい。


「あ、ここから現実に帰れる……よな?」


「門を越えると自ずと元の場所に戻れよう。戻れなくとも、門の魔力構成と現実世界の座標を覚えているから何度でも再顕現させられる」

「はは、何言ってるか全然わかんねぇけどやっぱ凄いな」


 中庭をぐるりと回り、家に入らないで出口へと向かう。その途中、家がミシミシと音を立て始めた。

 収拾した紬ちゃんの持出に抗議をしているようだ。だが、知るかそんなもん。


「灯夜お兄ちゃん、家が揺れてるよ」


 しがみついていた紬ちゃんが顔をあげたものの、揺れる家を見てまた俺の胸に顔を埋める。

 これ以上怖がらせないようにとんとん、と俺は背を叩いた。


家鳴やなりって言うんだ。

 昔は妖怪の仕業だって言われてたけど、実際は気温とか湿度で木が収縮するだよ」


 こんな異界でただの現象だと言われても荒唐無稽な話だろうけども。けれど無理矢理でも説明がつくならそれでいい。

 ただ家が揺れているだけの現象で話が終わるんだから。


 光の蝶がひらひらと導くままに俺たちは門へと向かう。


「蝶々、きれい……灯夜お兄ちゃんは魔法使いなの?」


 ひらりと近くを蝶の一匹が舞う。つられるように紬ちゃんは顔を上げて聞いた。


「俺じゃなくてテールだよ。前は占い師って言ったけど、本当は魔法使いなんだ」


「秘密にしろと此方が言った癖に」

「だからテールが魔法使いってのは俺たちだけの秘密にしてくれ」


 うん! という元気のいい返事に俺の頬も緩む。やっぱり泣いている顔よりもこっちの方がいい。

 眩く羽ばたく蝶を捕まえようとする紬ちゃん。

 捕まりそうで捕まらないギリギリを飛んでいるあたり、蝶を動かしてテールも遊んでいるようだった。


「此方らは先に出ろ」


 あと一歩で門を越えるというところで、急にテールが立ち止まった。


「なんで」

「この屋敷を蔵を含めて爆破しておこうと思ってな」


「は!?……いや、でもまぁそういう体質の人がまた捕まらないとも限らないし爆破しといた方がいい、か?」


 爆破するにあたり、空間が維持出来なくなると何が起こるかわからない。だから先に門を越えて帰れと言っているのだ。

 自分以外の人間に転移魔法が使えないだけでテールだけなら門すらなくても現実世界に戻れるらしい。


 本人がそう言うんなら大丈夫だろう。

 俺は紬ちゃんをしっかりと抱え直し門を越える一歩を踏み出した。

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