23 爆破
一歩を踏み出すと冷たい風が俺の頬を撫でた。
「寒!」
あの異界は風が無かったのだと今更になって気が付いた。風があるだけでこんなにも体感温度が違う。
すっかりと日が暮れて街灯と近隣の窓明かりが足元を照らす。
「テールお兄ちゃんは」
「――あ」
空き地を振り向いた瞬間、何もないはずの場所から大きな火柱が上がる。
先ほどの冷たさは消え去り、赤外線の熱風が吹き抜た。眩さに思わず目を瞑る。赤い光が見えたのに不思議と何の爆発音もしなかった。
「戻った」
もう一度視界が開けた時には何でもないような顔をしてテールが隣に居た。
「おかえり」
「恙無く爆破して来たぞ」
「恙無くないだろそれ……って、ここから離れるぞ!」
ざわざわと人が玄関から出てきているのが見えた。
このご時世、空き地に勝手に侵入したというだけで学校から生活指導が入るのだ。捕まってなんかいられない。
急いでこの場を離れた。
こんなに暗いんだから顔まではバレていないだろう。
「私の怪我、無くならなかったんだね」
家に送っているとぼそりと紬ちゃんがぼそりと呟いた。と同時に俺も今朝、自分のマグカップを割ったことを覚えていると気付く。
最初の目的が目的だっただけになんと声をかけていいのかわからなかった。
ひとつだけ言えることは、五体満足で彼女が今も息をしている。それだけだった。
◆
その後はまぁ、紬ちゃんのご両親に18時もだいぶ過ぎて帰してしまったことを謝り倒して。それで俺たちの家に帰った。
謝り倒したと言っても怒られはしなかったんだけど。
『迷子になってたのを、お兄ちゃんたちが見つけてくれたんだよ!』
という必死な訴えのおかげだ。
迷子……それにしたって迷子か。間違ってないっちゃ間違ってない。
おかげでお叱りを免れたばかりか感謝までされてしまってムズ痒い気持ちになった。
今はねぎらいを込めた夕ご飯中だ。ねぎらいを込めてスーパーで買った総菜がたくさん並んでいる。
時間的にちょうど売り切り半額セールとぶち当たったのだ。
「それで――此方の好奇心と良心は満たせたか?」
ほうれん草のおひたしを小皿に取りながらテールが聞いた。
「一応な。中々の面倒だったと思うけど助かったよ」
「オレとしても街の散策は悪くないものだった。それに映画でしか観たことのない純日本家屋も近くで観光出来たのだ」
あれって見れたっていうのかな。テールにとっちゃちょっと珍しい建物の観光気分だったのか。
あんな幽霊屋敷みたいな場所を観光地扱い出来る奴なんてこいつぐらいしか居ない気がする。
近所のスーパーはコロッケや唐揚げがやたらと美味しい。こればかりは、と定価で買った唐揚げ醤油味をとっていると、俺のスマホから着信音。
発信者の名前を確認する。
「あ、干上さんからだ。さっき簡単にレポート形式にして送るって連絡したからそれかな」
「いつの間に」
今回もテールの魔法については伏せつつ、ただ幸福の家を見つけたという事実のみを報告するつもりだ。
幸福の家の爆破に関してはまぁ、ちょっと火の不始末があって木造建築に燃え広がってしまった。といった感じにしておこう。
向こうはプロのライターなんだからいい感じに使ってくれるだろう。なんせ嘘か誠かなんて重視していないんだ。
あまり待たせる訳にもいかないと通話に出る。
「もしもし、岡町です」
『よかった。夕方連絡した時につながらなかったので、こんな時間にすいませんねぇ』
夕方といったらちょうど幸福の家の探索中だ。あんな異界に電波が通っている訳が無いから当然だろう。
だとすれば、俺の連絡を見てかけて来たんじゃないのか。
『実は喫茶セキセイらしき場所を見つけたんですよ』
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。俺の声に驚いたテールの肩が跳ねた。
干上さんに断りをいれてからスピーカーモードにする。
「あの、見つけたって……どうやって?」
『灯夜君から聞いた通り、Googleマップを探しても町内会の会報を探しても見つかりませんでした。だからアプローチを変えてみたんです』
まさか他に見つける方法があったとは。
噂話がオカルトサーチに寄せられていたのかもしれない。そんな理由を干上さんは裏切った。
『食品関係営業施設リストですよ。飲食を提供する以上、保健所に届け出が必要ですからね』
「あー!」
メッセージが画面に表示された。喫茶セキセイの住所だ。うちから3駅と離れていない場所にあった。
『保健所のリストに掲載されていた該当住所と、珈琲豆の卸売り業者の取引先リストに載っている住所も一致していたのでこの場所で間違いないでしょう』
なんで見落としていたんだろう。もっとこう、単純な探し方でよかったのだ。
人外が営むカフェだからと、公的機関との関係性を考えていなかった。ちなみに珈琲豆の卸売り業者リストに関しては干上さんのコネを使って入手したものらしい。
マップにも載ってない、宣伝もしていない喫茶店。
やはり自分だけで考えてもどうにもならない時は違う視点が必要だった。
『隠れ家的喫茶店巡りでもしているんですか。いやはや、だいぶ見つけるのに手こずりましたよ』
「はは、そんなところです。レポートが完成しだい送りますね」
『楽しみにしてますよ。この前の記事、読者からのウケがとてもよくて。編集部のオカルトマニアからは睨まれたんですけどね』
のほほんとした声で言い放った。やっぱり睨まれてたんだ。
危ないからなかったことにしたり読者ウケにまんざらでもなさそうだったり。よくわからない人だ。
『と、こんなところですかね。どんな噂話でも僕は大歓迎なのでまた』
通話を切り、テールに向き合う。
「一歩前進だな! 明日行ってみよう」
「なぜ此方がこうも楽しそうなのだ」
「楽しそうか? 俺。でもなぁ、一応前世で好きだった漫画の場所に行けるかもしれないんだぞ。リアル聖地巡礼って感じだよ」
後なんだ、楽しんでないと人生やってられない。
思い出さなくてもいい前世を思い出してしまったんだ。その分楽しめるところは楽しんでおきたかった。
人間なんて呆気なく簡単に死ぬんだし。
うきうきする俺とは別にテールはやけに大人しかった。
「……自立生活が出来るようになったとしても、オレはこの家からは出ていかぬからな!」
「戸籍が取れたら追い出されるかもって心配か? するわけねぇだろ。俺は鬼か」
それでむすっとした顔になっていたのか。今更放り出すほど俺はドライじゃないつもりだ。
テールの眉間の皺を引き延ばしながら俺は笑った。
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