3章

24 襲撃者

 梅見ヶ丘市――篠坂駅より徒歩6分。

 閑静な住宅街の中に喫茶セキセイは在る。


 煉瓦を積み上げたような家には蔓が巻き付き青々と茂っていた。

 蔓だけじゃない。店の前に植えられた木だって冬だと言うのに生い茂っている。

 ファンタジーな魔女の家のような印象だ。


「この近辺、幸福の家探しの際に通ったな」

「だよな。こんな普通に建ってたのに全く気付かなかった」


「……うむ。よく視なければわからぬな。巧妙に意識の外側にあるよう魔術式が組まれている」


 いっそ芸術的なまでの認識阻害だ、とテールは呟いた。


 こいつは想像ひとつで事象を成してしまう魔法使いだ。だというのに珍しく魔術を褒めていることに少しだけ驚く。


「まぁなんだ、とりあえず入るぞ」


 カラン、コロン

 ドアをあけると軽やかなベルが鳴り響いた。目前にはこじんまりとした薄暗い店内が広がる。

 そして――


「はあぁあ!」


 バーテン服の女がカウンターを乗り越え、俺の元へ真っすぐと向かってくる。

 ガラスの割れた音がした。

 照明にキラリと反射するものは小型のナイフ。


「客相手に随分な出迎えではないか?」


 ガキン!

 大きな音を立ててナイフは光の壁に阻まれる。これはテールの魔法だ。

 衝撃破が駆け抜けた。

 バーテン服の女は距離を取る。


「お姉さん、キミ達を招いた覚えはないんだけどなぁ」

「会員制であったとは知らなかったな」


 店内はむちゃくちゃだった。カウンターには倒れたボトルやらが散らばっている。

 くるりとナイフを回しながら女が睨みつけてきた。状況について行けずに困惑する俺。そして睨み返すテール。


 なんなんだこれ。


「ちょっと待ってください! すいません、予約制だって知らなかっただけなんです!」


「なっ、頭を押さえつけるな!」

「いいから一緒に謝れ」


 まさか予約してなかったからか? 攻撃されてる理由なんてそれしか思いつかない。

 がばりと床しか見えない勢いで頭を下げる。思いっきり顔を上げようとするテールを阻止しながら。


「へっ?」


 気の抜けた声が店内に響いた。


「えっと、ウチは予約制じゃないのだけれど……キミ達って普通にお客様だったりする?」

「客以外に何があるというのだ!」

「だ、だって」


 先ほどの突き刺すような雰囲気からは打って変わってあたふたする女性。

 茶色いセミロングの髪にオリーブの瞳。少々目のやり場に困る肉感的な美女だ。


 俺は知っている。この人こそが“黄昏の魔法使い”に出てきた喫茶セキセイのマスターなんだと。


「ちなみになんですけど何だと思ったんですか」

「普通に襲撃者かなって……」


 普通の襲撃者ってなんなんだろう。(テールはともかく)俺なんてどこからどう見ても普通の高校生なのに。

 ひとまず何も考えていないと示す為に両手を上げた。降参のポーズだ。


「ほんっとうにごめんね! いろいろ早とちりしちゃってたみたい」


 ぱんっと手を合わせてマスターは頭を下げた。

 勘違いされる要因があるとすればテールかもしれない。不可視の魔法を何か展開していたといった感じに。


「襲撃者っぽいことでもしてたのか?」

「ただのお客様の動きしかしておらぬ」

「そのせいだろ」


 こんな尊大なお客様、普通に嫌だな。

 でもテールが守ってくれなかったら俺って勘違いで殺されてたんだよな。危なかった。

 これ以上つついて拗ねられても面倒だからここまでにしておこう。なんて思っていたら凄く目を泳がせたマスターが口を開いた。


「オレンジの子じゃなくてどちらかというとキミっていうか。どこでそんな死臭を貰って来たの?」


 死臭。死の匂い。

 とは。


「俺から変な匂いする?」

「全く」


 首を振るテールにひとまずの安心感。自分で自分の腕を嗅いでもなかなかわからない。

 消臭剤とか帰りに買った方がいいかな……香水とかはよくわからないので駄目だ。


「えーとね、最近死の淵を彷徨ったとか、そういう感じの体験ってした?」


 体臭にちょっとしたショックを受けているとマスターがおずおずと聞いてきた。


「それは……まぁ」


 家の中に入ってきたとんでもない殺意の怪異とかな! あんな即死級の奴と出くわすなんてやってれるか。

 

「幽世側みたいな匂いがしたからつい、いつもの襲撃者かと思って。ウチ、出禁がたま~に入ってくるの」


 再度マスターは頭を下げた。

 幽世というからには怪異の類なんだろう。漫画ではそんなシーンなんて何処にもなかった。

 まさか作中の裏側でそんな奴が居たなんて。


「いえ、その、頭をあげてください。俺は無事だったんだし」

「ありがとう。ならちゃんとしたお客様だね。どこか空いてる――ううん、綺麗な席に座って」


 破片が無い席を探して。目に留まった一番奥の座席へと腰を下ろした。

 残念ながらカウンター席はガラスの破片が散乱していて座るどころじゃなかったのだ。


 はい、と渡されたメニュー表を見ながらとりあえず珈琲を頼む。テールは隅っこの方に書かれていたコーラを頼んでいた。

 あとはリンゴのタルト。

 壁掛の黒板に本日のおススメとして可愛らしいイラストが描かれていたからその気分になった。


「ご注文、承りました。さっそくお店を再開したいところだけれど、まずは片付けないとね」


 メニューを受け取りに来たマスターが悪戯っぽく笑った。


「timpul se întoarce」


 短い詠唱。

 ものの数秒ほどで割れたガラスが綺麗に治っていく。いや、これは治るというよりも巻き戻っているのだ。

 先ほどの乱闘騒ぎなど夢のように消えていた。


「魔法!?」

「違うな。店内に組み込まれた術式がいくつか反応していた。これは魔術であろう」

「正解。そっちの子みたいにもっと驚いてくれてもよかったのにお姉さんがっかり」


 おどろく俺をおいてテールはあまり驚いていなかった。

 運ばれてきた渡された水を飲む。

 得体の知れないものを飲むなと睨まれたけど、喉が渇いたんだから仕方がない。流石に毒とかは入ってないだろ。


「時に干渉するとは卦体な術式を組んだものだ」


「いつだって変わらない姿で出迎えられるお店ってことだよ。

 ……それで、さっきの光。魔法使いなんて数世紀ぶりに見たのだけれどキミたちはいったいどんな目的で来たんだい?」


 ああ、ここからが正念場だ。

 最初にこちらの事情を明かしてしまおう。


 俺の前世に関しては伏せ“アルネウス・テールは異世界から来た魔法使いである”と、その情報を開示した。

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