25 死臭
一通りの事情を話し終えると、マスターはとても渋い顔をしていた。
それはもう、とてつもなく。俺の珈琲を一口飲んだテールよりも苦い顔だ。
「お前の世界には珈琲が無かったのかよ」
「あったが。此方があまりにも味わうものだから気になった。やはりコーラの方が美味いな」
じゃあ最初から飲むなよ。
ちなみにコーラは異世界にないらしい。冷蔵庫に入れていたヤツを飲んで以来、お気に入りの飲み物となったようだ。
「なんて呑気な……二人とも、もしかしてかなりの面倒を持ち込んでる自覚がない?」
「やっぱり面倒だったんですか」
「当り前でしょう! 人間ひとりの戸籍を作るのって大変なんだよ」
大きなため息を吐いてマスターは肩を落とした。
「そもそもどうやってウチを見つけたの?」
「えーっと……」
なんて言おう。うっかりしていた。
見つけることに注力しすぎて理由なんてなにも考えていなかったのだ。
しどろもどろになった俺にマスターは微笑んだ。しょうがないなぁという子供をみるような目だ。
生ぬるい視線が心に刺さる。
「この喫茶セキセイはね、特定の事情をもつ人しか見つけられないんだよ」
「事情……?」
「怪異に付き纏われて困ってる、みたいなね。けれどもキミたちは違う理由で、最初からこの店を目的として訪れた」
それで漫画では怪異討伐の依頼を受注出来ていたのか。
だってほぼお客さんが居た描写って無かったんだ。口が裂けてもそういうのは言えないんだけど。
……仕方がない。正直にいってしまおう。
前世の記憶があるところで、この人には悪用のしようが無いはずだ。だって、前世の漫画知識なんてもう全く意味をなしていないんだから。
俺は話した。
前世の記憶――この世界が漫画として存在していたことを。
そしておおまかな流れを。
「自分でもうまく言えないんですけど、こんな感じの流れでこの店を知ってました」
「なるほどね。だいたいわかったよ。うん、ありえない話とありえる話が混在してるんだよね」
話し終えた時、マスターは否定なんてせずに少しだけ考え込んでいた。
そして困ったように微笑んだ。
「前世の記憶があるってことはあんまり口に出しちゃダメだよ。ここだけの話にしよう」
「やっぱりこんな話、おかしいですよね……」
「あっ違うの! おかしいとかじゃなくて、ちょっと際どい話になるっていうか」
際どい? 妄想を話す狂人とかじゃなくて?
全く理由がわからない。
前世の記憶だとか、たまに心霊系のテレビで特集をやってると思うんだけど、口外するなというほどの理由があるのか。
「他の世界の記憶を持っていることはありえない話じゃないの。現にテール少年は異世界からこの地球にやって来たでしょ。
身体――物質ごとっていうならとても難しいのだけれど、記憶みたいなデータだけならそこそこあるんだよ」
リンゴのタルトをつまみながら俺は異世界転移について考えていた。
マスターの言い分では、異世界転移ならよくある? 事象だけど転生は根本から違うようだ。
「魂に刻まれた経験っていうのは余分なんだよ。だから世界のシステムとして削ぎ落されるし、魂そのものは世界を越えられない」
「ってことは、俺は転生したんじゃなくて何処かの誰かの記憶を受け取ったってことですか?」
「ならよかったのだけれど……灯夜少年は転生、じゃないかな。だって死臭が濃すぎるもの」
まただ。ゾンビみたいでちょっと嫌な表現。
俺の微妙な表情にマスターは補足を入れた。
「腐った匂いとかじゃないのだけれど、死に限りなく近いって感じかな。
キミ自身は生命力に満ち溢れているけれど、境界の向こう側の住民みたいな雰囲気」
理解できそうで出来ない表現だ。
霊感の強い人が相手だと俺は少しばかり混乱させてしまうといったかんじだろうか。
確かに覚えている。自分が死んだときの感覚を。それが死臭の元なんだろう。
「この女の言うことをあまり気にするなよ」
「ありがとう。大丈夫だよ」
死んだ時の記憶だってもう終わったことだ。
それにこの記憶を思い出さなかったら、知らないうちに怪異の餌食になる街の住民Bといった役回りだったかもしれない。
「要するに、転生っているのは世界のシステムに喧嘩を売るようなバグなの。だから、どこぞの神に目を付けられたら消されちゃうかも」
「消される……?」
「神サマっていうのは世界を管理している存在でしょ。だから転生なんてバグを見つけたら修正しに来るんだよ」
マジか。
“黄昏の魔法使い”に登場していた神様はだいたい祟り神ってバケモノになっていて意思の疎通が出来て居なかった。
ちゃんとした神様と鉢合わせたら俺は危ないってことか。
怪異だけじゃなくて神様にも警戒しないといけないなんて。
「マスターはどうして秘密の話にしてくれるんですか?」
「お姉さんは別に世界の運営とかどうでもいいからね。このお店だって面白いヒトと出会う為の趣味でやっているもの」
ここはご厚意に甘えるしかなさそうだ。
まさか俺の転生がこんな話になるなんて思わなかった。信じてもらえない程度かと考えていたのだ。
「長々と話しちゃったけど、後はテール少年の戸籍だよね。……いいよ、用意してあげる」
「本当ですか!」
カウンターで仕事をしているマスターの元に駆け寄る。
お礼を言おうと頭をさげようとして、トンっと額に衝撃。
「ただし、条件があるの」
人差し指で軽くつつかれていた。
「……トウヤ、条件などと面倒を請け負うぐらいならばオレは戸籍などいらぬ」
「そう言うなって。それで、条件って言うのは」
タダでとはいかないようだ。
作中でも怪異討伐といった依頼には報酬を貰っていたようだったから当たり前だ。
戸籍ともなれば莫大な金がかかるかもしれない。俺は覚悟を決めて聞き入れる。
「漫画では主人公君に怪異の討伐依頼をしていたのでしょう。では、漫画の再現といこう。ちょうど溜まっていた依頼があってね。それを片付けてほしくて」
肉体労働という訳か。
作中の怪異討伐を思い出す。
「“幸福の家”って怪異を討伐して欲しいの」
その単語にテールと顔を見合わせ、同時に声を出していた。
「幸福の家なんですけど、」
「えっ何? 知ってるの」
「オレが木端微塵に爆破したぞ」
マスターは俺たちが合わせた声よりも大きな声で驚いていた。
まさかここに繋がるなんて。思ってもみなかった。
「ちなみに依頼内容は?」
「本人がよく覚えてないからあやふやだったのだけれど、どうにも遺骨を置いてきてしまったみたいで。夜な夜な故人が夢に出るからなんとかしてくれって依頼だよ」
「あ――……もしかしなくても、もう解決してるよな」
人影、もといアンデットな魔物に対してテールがパワータイプ除霊をしていた。
故人の念が干渉しているとするなら、もう夢には出ないだろう。
「じゃあ戸籍が出来たらまた連絡するよ。連絡先は灯夜少年でいいんだよね?」
「はい。そのうちテールもスマホ買わなきゃな」
「此方と同じものがいい」
とんとん拍子に話が進んでしまった。
「でも助かったよ。幸福の家は基本的には不幸を収集するだけの無害な怪異なのだけれど、発生場所の特定が面倒で見つからなかったんだよ」
「無害なんですか、あれ」
「今回は血縁を辿って遺骨に残った魂が訴えかけただけでね。夢に見るぐらいであと数年もしたら消えていただろうし」
じゃあ紬ちゃんは偶々、生まれもった不幸体質によって不幸な目に会ってしまっただけか。
……あれ? なにかひとつ、重要な見落としをしていないか。
「どうした? 急に黙り込んで」
幸福の家は、不幸を貯めこむ
漫画での紬ちゃんの死因はなんだった?
「紬ちゃんのところに行くぞ」
まだ、何も解決していなかった。
居ても立っても居られず、俺は引き留めるマスターの声を背にして店を飛び出した。
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