26 クラスメイト
梅見ヶ丘学園高等部1年B組
中学校からの持ち上がりが生徒の大半を占めている。クラス仲は至って良好。
それが三澤結月の所属するクラスだ。
結月には気になっているクラスメイトがひとり、居る。最近になって気になり始めたと言うべきか。
クラスメイトの名は、岡町灯夜。
顔の造形は目を惹くようなものではないが悪くない。
体格だってひょろくはないし服と髪を触ればそれなりに化けるだろうな、と結月は考えていた。
とはいえどちらかというと目立たない少年だろう。
基本的に独りで本を読んでいるか、寝ている。
今日も何気なしに観察していると窓際の席、その陽だまりでうたた寝をしていた。
休み時間になったと同時に突っ伏して本格的に寝入っていたほどだ。
とはいえクラスで省かれているだとかそういったものはない。
不思議と独りで居ても浮かない人間なのだ。
誰か困っている人間が居たらさり気なく手伝うし、探し物があった日には最後まで学校に残って探し続けている。
誰かがアルバイトで委員会の仕事に参加出来ない時には代打として行事に出席する。
またある時、中々クラス遠足の行き先が決まらない際には
『おススメのハイキングスポットを近い順に纏めてクラスLINEに張っといた。海が良かったらそっちも探しとく』
といった感じに自分の意見を差し込んでいく。
本人はそれだけ言うとまた微睡に戻っていた。
誰かと特別深い付き合いもないが、普通に話せるしここぞという時には頼りになる。
B組に在籍しているほとんどの人間が彼の気まぐれな親切によって男女関係なくどこかで助けられている。
とはいえ結月はまだ岡町に助けられた、と感謝した覚えはあまりないのだが。
ただ従妹が随分と懐いていたから悪いヤツではないと知っている。
独特な雰囲気を持つ灯夜。同級生達は皆、最初こそどうやって付き合えばいいかわからなかったが、次第にそういう人間だとわかっていった。
要は人目をあまり気にしないマイペース。ブレない軸でのんびりと過ごしているだけなのだろうが、クラスの中では変わってるけどイイヤツといった認識だ。
そんなこんなで岡町灯夜といったら窓側の席で微睡んでいる存在として当たり前に受け入れられていたのだ。
◆
「そういや結月、最近岡町と出掛けてたそうじゃん。もしかしてもしかする?」
いつものようにクラスで話し込んでいると、仲の良しグループのひとりがニヤリと笑った。
「別にあかねんが考えてるようなアレじゃないし! ただアタシの従妹と遊んでる付き合い的な?」
そうだ。自身の可愛らしい従妹との付き合いだけで他に理由などない。
ただちょっと気になり始めただけだ。
「あ、そうだ。岡町、同姓してるみたい」
「同姓!?」
「なんかもうすっごい外国人のイケメンと」
「なにそれ!?」
照れを隠すように新しい話題を提供する。
「二人のツーショあるよ」
灯夜と同居、もといルームシェアをしている少年――スマホに保存されたテールと一緒の写真を見せると一同はきゃあきゃあと騒いだ。
以外にも写真を撮ろうとした際にテールの方が乗り気だった。灯夜は心底面倒そうにしていたのを覚えている。
「うわっほんとだ。モデルみたい」
「でも岡町より地味に小さい感じ?」
「その子、テール君って言うんだけど成長期らしくてこのペースだと岡町越えだってさ」
肩を組んで映る写真。組まれているのは灯夜だ。色めき立つ友人たちにテールの情報を付け加える。
橙髪の少年に注目する友人をよそに結月は灯夜の顔を見ていた。
普段は穏やかな顔をあまり変えない灯夜がテールと一緒の時は様々な表情を見せていた。
それがちょっとだけ羨ましい。なんせ自分は名前すら覚えられていなかったのだ。
ほぼ1年を同じクラスで過ごし、つい先日名前を呼ばれたばかりの結月はそっとため息をつく。
「あはは、結月ったらそんな顔するなら岡町に通話しかけちゃえばいいじゃん!」
「いいじゃんそれ。どうせ今日はバイト無いんでしょ」
「えっ、ちょっと待っ――」
結月の画像フォルダを漁っていた手を止め、スマホが遠くに掲げられた。
手を伸ばすも遅い。画面には先日登録したばかりの岡町灯夜の表示。
友人の手によって無情にも通話ボタンが押された。
短いコール音。
心の準備が出来ないままに繋がる。
「岡町~ちょっと話があって」
『三澤か!? 紬ちゃんと連絡を―― 』
「え? いや、結月じゃないんだけど、」
今まで聞いた程がないぐらい焦った声がした。スマホから漏れ出た紬、といつ言葉に結月は思わずスマホを奪い返す。
灯夜の剣幕に驚いた友人の手は簡単に離れた。
「ごめん、いま替わった! 紬ちゃんがどしたの」
『 連絡取れねぇか? それか今何処にいるか分かるか!?』
「たぶん小学校。そろそろ終わると思――」
ぶつり。
『ありがとう』と言い終わると同時に通話が切れた。
突然の展開にいつもは姦しい仲良しグループも鎮まる。
「ナニコレ」
「よくわかんないけど、急いでるみたいだったしアタシ今から従妹んとこ行ってくるわ」
「おーいいじゃん! そのまんまデートしちゃえ」
「しないしっ! じゃ、今日は先帰るね」
揶揄いの声を掻き消すように、スクールバックのチャックを占めた。
「また明日ー」
「感想きかせてね~」
ぺたんこの薄いバッグを肩に下げ、教室を後にする。
紬の通う霧川小学校までは自転車を漕げばそう遠くない。駐輪場で自分の自転車を探す傍ら、頭の中には灯夜がチラついていた。
まさか、自分がこんな事態に巻き込まれるとは思ってもみなかったのだ。
生臭い、獣の匂いがした。
それは黒い塊だった。それは無数が集まったひとつだった。
それは異形のものだった。
自転車を漕ぎ、従妹の通う小学校へ向かっている途中に路地裏から出てきた何かとぶつかった。
衝撃の後に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられて。
ぶつかったものを確認しようと顔を上げたところで結月は硬直した。
異形の姿をしっかりと目に映してしまったのだ。
地を這いずりながら進む胴体と頭だけの存在。
胴体にあたる場所には黒い毛が蠢いていた。その上には大小様々な
一際大きな嘴が自転車籠を啄む。烏が頭を回すアルミの籠が容易く、ぐちゃりと曲がった。
コンクリートの地面と籠がぶつかる金属音。
ハンドルや車輪をブチブチと千切り、自転車の原型が無くなったところで異形は首を傾げる。
何処にでもいるトリのような仕草だった。
「ひっ、なに……、なんなの……」
悪夢のような光景。擦りむいた膝の痛みが嫌でも現実なのだと訴えかけてきた。
ここから逃げなければ。頭が警鐘を鳴らしている。
力の入らない脚に無理矢理力をいれた。
震えながら立ち上がって――異形の全ての目が向けられた。
目が合った。
びちゃり びちゃり
水気を多く含んだ音が鳴り響く。
異形が進んだ痕にはナメクジが這ったかのような道筋が出来ていた。コンクリートに濃い染みが伸びていく。
「やだ……こ、ないでよ」
身体が動かない。着実ににじり寄る異形。
嘴が結月の腕へと向かう。
「っおら! このトリ頭が!」
少しだけ震えた怒声と異形が横に蹴り倒されたのは同時だった。
「とりあえず逃げんぞ!」
「岡町!?」
恰好のつかない青い顔をした灯夜が結月の手を引く。
二人して一目散に駆け出す。自分は彼に助けられたのだ。
結月は強く灯夜の手を握った。
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