27 感謝

 走る、走る、走る。

 三澤の様子を伺いつつとにかく走る。


 角を3回ほど曲がり、橋を越え。とにかく距離を取った。

 途中、誰とも擦れ違わなかった。


「岡町! ねぇ、アレなんなの!」

「わからん」


 向かった先はいつかのゾウさん公園。

 ひとまず見晴らしのいい場所を探して、ゾウの滑り台へ昇る。


 手すりに背を預けて息を吐いた。


「どうしたらいいの……あんなの、意味わかんない」

「とりあえずテールが来るまで逃げるぞ。そしたらなんとかなる」


 震える三澤を安心させるように出来るだけ冷静でいないと。


 ぅう……咄嗟に跳び蹴りを入れてみたんだが、ぐっちょりと湿ったあの感触が気持ち悪い。

 気持ちの問題で何度か手すりに靴底を擦り付けた。


 喫茶セキセイにて、俺はひとつの引っ掛かりを覚えたのだ。それから気が付いた。

 漫画の知識で知っている紬ちゃんの死因と、存在そのものを記憶ごと収集する幸福の家は性質が違うものだと。


 いつしか幸福の家探しが目的となっており、紬ちゃんの死を回避するという目的と入れ替わってしまっていた。


 マスターの制止をふりきって急いで霧川小学校へと向かったのだ。

 幸いにも紬ちゃんは無事で、胸を撫で下ろすと今度はスマホのコール音。クラスメイトからだった。


 おそらく学祭の時に交換したであろう連絡先を辿って、三澤が(たぶん)いつもつるんでいる友人から連絡がきたのだ。

 俺を追っかけて三澤がこっちに向かっているから動くなと。

 そんなわけで紬ちゃんを家に送るのはテールに任せ、三澤を待っていたのだが――


 何とも言えない胸騒ぎがした。今度こそ見逃しちゃいけないような感覚。

 入れ違いになりそうなら、いざとなれば電話をくれればいい。


 落ち着かない心を押さえつけようと小学校の正門が見える程度に歩き回っていたところ、見つけてしまったのだ。


 昔から勘が良い方だった。

 ただなんと無しに目を向けて手に取ったもので他人から感謝されること多々。


 偶々目についた傘を持っていくと、天気予報に無い雨が降ったり/傘を隣の奴に渡して俺は自前の折り畳み傘で帰った。

 偶々目についた落ちていたハンカチを手に取ると、クラスメイトの落としたものだったり/親友からの誕生日プレゼントだった。


 偶々テールを見つけた時と同じように、なんとなく目を向けた先。


 自転車を啄んでるバケモノが居た。

 そいつの前には立ち竦んだ三澤も居るなんて状況で。


 よくもまぁあんな相手を蹴れたと思う。火事場の馬鹿力ってやつだ。


「ていうか普通に物理が効いたな……」

「何冷静に言ってんの!」

「悪い。あれが何なのか考えててな」


 あの怪異って“黄昏の魔法使い”に登場してたっけ。

 あんな見た目の奴は居なかったような。うーん……あ。


 それっぽいのが居た。見た目こそ違うけど。

 ちょっとげんなりした。


 だって、俺の考えが正しかったらあれは怪異じゃない。使い魔だ。

 かなえ延喜えんぎの。


「だいたいあいつのせいじゃねぇか」

「何が?」

「テールが来て、あのバケモノを壊してくれたらいろいろ解決しそう? って感じ」


 鼎が風呂で動物を沈めてたって話もあのびっしょりと濡れた感触だと納得だ。

 風呂で複数の動物を沈めて、使い魔を作る為に混ぜ合わせていたんだ。


 作中においてあの使い魔は違う姿をしていた。

 人間のパーツをそれぞれ無理矢理繋いで組み合わせたバケモノだったのだ。

 使い魔に適合する人間を惨殺し、身体を千切って奪い取る存在。


 連続殺人事件として作中では世間を賑わせていた。


 その最初の犠牲者として紬ちゃんは選ばれ、殺人事件の恐怖から怪異化していたものが原作ストーリーだ。


「テールんが解決出来るってのも意味わかんない」

「頼りになる奴だから、もうすぐしたら来るよ」


「それに周りに人も居ないし!」

「……空間に呑まれちゃったかなぁ」


 今回、三澤が選ばれてしまったのも縁なんだろう。

 本来なら紬ちゃんが襲われていたところに偶々三澤が通った。従妹という血縁で選ばれてしまったのだ。


「なんでそんな呑気でいられんの」

「別に呑気なつもりはないんだけどな」


 あれは、鼎好みのパーツを集めて理想の神を作る為の術式だった。

 鼎は既に死んでいるから使い魔だけが暴走したんだと思う。


「……でも、ありがと。岡町が居てくれてよかった」


「礼はいらないって。一緒に逃げてるだけで何もしてないよ。なんで皆、礼を言ってくるんだろうな」

「そりゃ助けられたら言うっしょ」


 まだバケモノの姿は見えない。もう少しだけ休めそうだ。

 俺の服を皺になる程ぎゅっと掴む三澤。暫く好きにさせることにした。


「偶々目についた簡単なことしてるだけなのにさ。他の誰かの為に動いてる人間を差し置いて、俺が感謝されるのって分不相応だろ」


 正直キツい。


 今の状況にしてもそうだ。俺が紬ちゃんの元に行ったところで何もできなかっただろう。

 飛び出した俺の後をテールが追っかけてくれたからよかったようなものだ。

 怪異に襲われるかもしれないって中で紬ちゃんを家に送っているのもテールだし。


 一方の俺は偶々目についた場所で、不意打ちキックが成功して。

 そんでテールの助けを待っているだけだ。


「感謝ってちゃんと頑張ってる人間に言うもんなのに」


 感謝の気持ちが深ければ深いほど俺に重くのしかかっていた。


 最初にテールから感謝された時だって実は気がおかしくなりそうだったんだ。

 誰でも出来ることで命の恩人とまで言われて、潰されそうだった。


 だからお互いに助けられるような共生関係へ持ち込んだのだ。

 あいつが感謝する以上に俺も感謝するようなバランスを。


「あ、悪い。今の話は暇潰し程度に聞き流してくれ」


 隙あらば自分語りって笑われたら暫く立ち直れない。

 頼む、早急に忘れて欲しい。少し恥ずかしくて三澤を見れない。


「うわっ」


 すると俺の服が強く引っ張られた。


「岡町はさ、考えすぎなんだよ。自分がスッキリしたくてお礼を言いたいから言ってるだけで、他に理由なんて無いから」


「だって誰にも出来ることなんだぞ? 別にやろうと思ってやってないし」


「でも、やったのは岡町じゃん。誰でも出来ることをやってくれたに感謝するのは普通っしょ」


 そういうもの……なのか。

 似たようなことをテールも言っていた。それが普通の感覚、なのか。


「でもさ、コンビニとかで買い物した時に店員さんに“ありがとう”って言うじゃん。

 ……もしかして、岡町って言わない系?」


「言う! 言うけど! なんていうか人は人っていうかさ」

「言うならいいじゃん。それと同じ」


 やっぱりまだむず痒い。慣れるのにもう少しの時間が必要だった。

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