21 探索

 あれ? 全く開かない。

 ガタガタと揺れはするんだけど駄目だ。ボロい見た目の割に固いな。


「何をしている」

「思った以上に抵抗が激しくてな」

「やり方がなっていないのだ。オレは知っているぞ。下がれ、こうするのだ」


 ドアを開くやり方なんて言われても。そもそもこんな引き戸なんてウチのばあちゃんちですら見たことがないのに。

 ここは一旦テールに任せよう。なんかいい感じの魔法でも使――


「あけんかい!」


 思いっきり扉を蹴り破った。

 バキバキと派手に音をたてて扉は瓦礫と化す。


「物理じゃねぇか!」

「違う、魔法だ。強化した蹴りに合わせて風魔法で細やかな振動を起こしたからな」


「確かに? テールは体術と無縁だもんな」

「マスターキーなる斧があればよかったのだがな」


 普段家に籠ってばかりじゃ暇だろうとテールの為に動画配信系のサブスクに加入していたんだけど、絶対その影響だよな。

 この前もアニメの必殺技を魔法で再現しようとしてたし。


 俺の知っている漫画での姿とどんどん遠のいている。でも当の本人は楽しそうだし、扉も開いたんだからいいか。

 瓦礫の山を飛び越えて屋敷の中へと入る。


「ツムギ! 何処にいる!」


 内廊下にずらりと並ぶ襖を開け、一番近い部屋に入った。

 傷んでいるのかミシミシとしなる畳の上を進む。大丈夫だよな? 抜けないよな?

 

「紬ちゃん、迎えに来たぞ!」


 声を張り上げて探すが、駄目だ。返事がない。

 大名屋敷とまではいかないが、部屋数は多そうな広さだ。とはいえここは異界。


 空き地の広さそっくりそのままという訳ではなさそうだ。おそらく現実世界の土地よりも広い。


「紬ちゃんの魔力をたどれないのか?」

「屋敷を構築している魔力が濃すぎてな。ここに居るということしかわからぬのだ」

「いや、ここに居るってわかってるだけありがたい」


 埃ちカビっぽい不快感の強い匂いの中、部屋を移動する。押し入れや家具もなく、畳の部屋だけが続いていく。

 屋敷に内廊下はなく、部屋を区切るものは障子や襖だ。部屋は全て閉められており、歓迎されていないのだと見せつけられているようだった。


 奥座敷を歩いているとちらりと障子を横切るものが映った。


「今、人影が」

「ツムギか!」

「待て。違う、俺たちより大きくて」


 2m程度はあるような人影が揺れているのを見た。一瞬のことで隣の襖に手をかけていたテールは気が付かなかったんだろう。

 異形の形を聞くとテールは俺の近くに寄る。そして障子を睨みつけた。


「……居るな。だが、生者にしては魔力が薄すぎる」

「幽霊ってことか」

「思念体の可能性もあるな。一応よく視るか」


 黄昏の魔法使い作中にも幽霊は登場して居た。ただし、波長の合う人間しか見ることが出来ない存在として。波長の合いやすい人間こそが霊感のある人間だ。


 テールはというと普段は魔力を感じ取る以外は幽霊の姿など見えない。

 だが、ラジオと同じように自身の周波数を合わせて視ることが出来るのだ。


「待――」


 て、と俺が叫んだのとテールが首を捻ったのは同時だった。


「ん? これは」


 瞳を閉ざしていたテールの視線がある一点に向かう。

 自ずと俺の視線も同じ方向へと集約されていた。


 ――カ……タイ……イタイ、カエリタイ、カエ……セ


 障子の向こう側に居たはずの人影がはっきりとこちら側に立っていた。黒い姿は障子に映っていた時と同じくまさしく影が実体化したかのようだ。

 異様に長い人の形をしたもの。

 首に当たる部分がびろんと伸び、頭が揺れている。


 焦げ臭い匂いがした。


 ゆら、ゆらりと覚束ない足取りでゆっくりと向かってくる。


「おい、逃げるぞ!」


 じっと人影を見ていたテールの腕を掴む。が、動こうとしない。

 こんなやつ絶対ヤバいだろ。逃げようとしないテールに焦る。


 ……イタイ……イタイ、イタイ、イタイ


 目が合った、ような気がした。

 重心の定かでないふらふらとした足取りで一歩、また一歩としっかりとこっちに来る。


「テール!」


 思わず強めにテールの肩を掴む。ようやく俺の方を見た。


「すまぬ、トウヤ。あれが何なのか解析をしていた」

「そういうのはいいから!」

「うむ。もう終わったのだからよいな」


 再度テールは目を瞑り、そして瞼を上げた瞬間。

 人影に光の矢が一本の光の矢が突き刺さった。


 ――カエ……セ、カエセ、カ……エセ


 それでも俺たちの元へ進もうとする人影。

 更に光の矢が突き刺さり、遂には影が崩れた。


 そしてそのまま宙に解けるように消えた。


 光の矢はテールが最も得意とする魔法だ。こいつに言わせると影を映す程度の雑魚なので大した脅威ではないらしい。


「霊体と思念体、いくつかのものが混ざり合った魔物アンデットといったところか」

「どっちにしろ怖いだろ!」


 せめて何かするつもりなら一言くれ。俺からしたら動かずにバケモノを見られると魅入られているみたいでめちゃくちゃ怖かったんだ。

 まさかこんなにあっさりと消えるなんて思ってなかったんだけど。


「仕方なかろう。アレの正体が気になってしまったのだ。そういえば、なぜオレが視ようとした際に止めた?」


「幽霊ってのは超絶構ってちゃんなんだよ。一度認識されたら存在が強固になるし、自分に気が付いてくれた人間へのストーカーになったりする……らしい」


 こんな特殊空間だから尚更に実体化までしてしまったのかもしれない。

 テールがはっきりと視たからこそ、障子に影を映すだけだった存在が実体として確立されてしまったのだ。

 あからさまに面倒そうな顔をしないでくれ。スルーが最適解なパターンだってあるんだよ。


 異世界じゃとりあえず隠れた霊体をあぶり出して魔法で焼き尽くす除霊方法だったらしく全く納得できないようだった。


「はぁ、ツムギはどこにいるのだ」


 障子をテールが乱暴に開けると目の前には枯れた中庭の庭園が広がっている。警戒しながら紬ちゃんが隠れていることを想定して屋敷を探すのは骨が折れる。

 それに家に不幸に関連するモノを置くという話だったのにそういったものすら見当たらない――し、


「蔵だ」

「どうした?」

「この屋敷には押し入れとか、長持みたいなのがあんまりなかっただろ」


 長持が何かわかっていないテールに箪笥みたいなものだと説明する。


「昔の家は家財を貯めこむ場所って言ったら蔵なんだよ」


 この屋敷にはあまり収納の出来るような場所が無かった。特に押し入れは昔からある空間に思えるが、一般化したのは江戸時代もそこそこ進んだ頃。

 だからこの武家屋敷はそれよりも古いものなんだろう。


 となれば、この家は不幸に連なるモノを蔵に収納しているはずだ。


「あそこか」

「だな」


 中庭の先。離れの屋敷、その近くに立派な蔵が建っている。

 離れや納屋の探索は後でいいだろう。


 枯れた枝を踏みしめながら俺たちは蔵へと向かった。

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