20 門を越えて

 17時を超えるともうあたりは薄暗い。

 かろうじて顔がわかるような黄昏時。俺たちは柵に囲まれた空き地の前に立っていた。


「なっ……!?」


 幸福の家に着いた時は確か16時半頃。日は傾いていたがまだ明るいものだった。

 街灯に照らされたテールの顔も驚愕に染まっている。きっと俺と同じだ。


 


 はっとして辺りを見渡す。


「紬ちゃんは!?」


 ずっと手を握っていた筈なのに。紬ちゃんだけが俺たちの傍に居ない。

 がむしゃらに柵を越え、空き地の中に入る。


「紬ちゃん! どこだ!?」

「駄目だ。ツムギの魔力を感じぬ…いや、これは覆い隠されているのか?」


 見渡す限り枯れた草が生えている程度で人影など何処にもみえない。焦燥感が募っていく。

 駄目だ、落ち着け。取り乱したらそれこそ心の隙に繋がる。


 一度深呼吸して幸福の家へ入る来る前に決めていたことを実行する。


「テール、お前は幸福の家に何を置いてきたか覚えてるか?」

「!――覚えておらぬな」


 やっぱりそうだ。これも同じ。


「お前は割箸を持ってきてたって俺は覚えてる。で、逆に俺が持ってきたモノを覚えてるか?」

「それは今朝に袋の中で叩き割ったマグカップであろう」


 なるほどな。自分が持ってきたモノだけを忘れてるんだ。

 他の人間の不幸は覚えているらしい。念のために書いていた、何を置くつもりかのメモをテールに見せる。


 【割箸、俺自身(予備でマグカップ)、包帯と絆創膏】


 内容はこうだ。

 入る前に紬ちゃんの持ち物もメモに付け足して書いていた。


「俺はそもそも自分自身を幸福の家へ招かれる資格にしようとしていた。でも、置いていくつもりの無かったマグカップがない。

 じゃあ、なんで紬ちゃんが居ないんだ? 紬ちゃんは不幸体質なんだ。だからあの子そのものが不幸なモノだと認識された……?」


 ――幸福の家は、自分が不幸を置いていくのではなく、家が不幸を奪うんじゃないか。


 最初から割箸を置くつもりで割箸しか持ち歩いていなかったテール。俺は自分を使おうとして置くつもりのなかったマグカップがなくなっている。ちなみに割った記憶すらない。

 そして紬ちゃんは、彼女自身が居なくなっている。


「自動的に不幸を収集する怪異というわけか。……それなら納得も出来る」


 納得? と俺は疑問を零す。テールはテールなりに出来る推論を立てているようだ。


 漫画で魔術といった知識はあるけど、俺が知っている者は作中で出てきたものだけ。こういった対策はテールに任せるしかない。


「オレは魔法防御が人並外れて高いのは知っていよう」

「精神攻撃含めて呪術っていうかコトリバコすら無効なのは設定で知ってる」

「なんだその箱は……いや、今は置いておくが。絶対に話が逸れるからな」


 なんとなくテールの言いたいこともわかる。これが攻撃的な仕組みだったのならテールの魔法防御が自動で弾いているはずなのだ。

 でも実際は二人揃って記憶喪失。相手幸福の家には敵意なんてものがないんだ。


「正確に言うと敵意に反応しているというよりは一定以上の威力を持つ攻撃を弾いているのだがな。

 だからこそ、空間そのものを支配するようなことわりを持つものには個別に対処せねばならぬ」


「今回は中で想定外のなにかがあって、対処出来なかったってことか」


 テールは頷いた。

 不味いな。紬ちゃんはまだ幸福の家に居ると考えて間違いないだろう。


 どうする。どうやって連れ戻す。そもそも幸福の家はテールすら対処出来なかった怪異なんだ。紬ちゃんは無事なのか。

 漫画と同じように――……


 ぐるぐると悪い考えが頭を占めた瞬間、軽く肩が叩かれた。


「そのような顔はらしくないぞ」

「でも、紬ちゃんが」


「そう時間は経っておらぬだろう。ああ、時間の流れが違うかもしれぬだとかは言うなよ。なればさっさと連れ戻すだけだ」


 その言葉に少しだけ落ち着く。そうだ、辺りが暗くなっているから感覚がズレているだけで時間は30分程度しか経っていない。

 幸福の家の中を探索していなかったとは思わないから紬ちゃんと離れてそう時間は過ぎていないのだ。


「家そのものが無いんだ。一度出されたってのにどうやって……たぶんなんだけど、門がなきゃ家には入れないぞ」


 また辛い経験、もとい不幸を持ってきたらいいのか。

 そうしたらまた招かれるのだろうか。


「なぜわかる? いつもの推論というやつか」


「ああ。鳥居と同じように門は空間の境界を分けるものって意味があるんだ。だから幸福の家の側に行くには入口である門を越えなきゃ駄目だと思う」


「なるほど……門の先は異界というわけだな。俺たちのモノと記憶が奪われたのも異界の規則ルールか」


 怪異にはある程度の規則性がある。俺の家に現れた、深夜に窓を開けて居たら現れる怪異といったように。

 幸福の家には更に複数の規則ルールがあるんだろう。


「トウヤ、幸福の家へと侵入が出来るのだな」

「逆説的に考えてな。だからどうやってまた門を出すか考えてるんだ」


 必死に考えを張り巡らせるっていうのにテールはわざとらしくため息をついた。


「此方、オレを舐めすぎではないか。オレは魔法大国が全精力を注ぎ作り上げた魔法使いだぞ?」


 それは知ってるし舐めているつもりもないんだけど。テールの強さは十分知ってる。

 だからこそこんな絡め手みたいな怪異への対策は俺が考えなくちゃならない。そう思っていたのに。


「漫画においてオレの活躍は知っていよう。今ここに居る現実のオレを過小評価するなよ」


「紬ちゃんを連れ戻す方法があるっていうのか?」

「あの家を構成する魔力は覚えているからな。この空き地に門を再顕現させる」


 門さえ潜り抜けてしまえば幸福の家へ辿り着ける。だからテールは門を引きずり出そうとしているのだ。


「んなこと、出来るのか?」

「出来る。建材が使われていたのならば難しかったが、純度100パーセントの魔力で編まれたものであるからこそな」


 空き地の端、入口の柵までテールは歩き出した。ちょうどこの辺りは門があったところだ。


「あの家は魔力で構成されていた。そして門を潜った瞬間、魔力の流れが変わったところまでは覚えている」


「ああ、俺の記憶も門を越えたところまでだな」


「つまりあの門は現実と異界を繋ぐ転送装置であろう。再顕現させるにしろイメージが固まっていた方がやりやすいからな」


 招かれることで異界へと足を踏み入れられるというのならば、テールの言う通り転送装置という考えに違いはない。

 俺の肯定に大きく頷いた。


「少し下がれ」


 邪魔にならないよう、俺は数歩下がってその背を眺める。


 手のひらをテールは前にかざす。ふわりと橙色髪が舞い上がる。風とは少し違う、不自然な揺れ。物理法則とは違う力の干渉。

 俺には何をしているかちっともわからないけど、きっと魔術師が視たら即倒するほどの何かを行使しているんだろう。


「――見つけた」


 程なくしてテールが呟く。ものの30秒も経っていない。


「隠し果せると思うなよ」


 途端に強い風が吹いた。飛ばされない様に踏ん張る。

 砂埃に思わず目を瞑り、次に瞼を開けると先ほど見たものと同じ門が建っていた。


「こんなところか。思ったよりも時間がかかってしまった。杖がないというのも不便だな」

「折れたんだっけ?」

「うむ。地球への転移の際に次元の狭間へと消えた」


 ただし門はしっかりと閉ざされていた。


「無駄なことを。それで阻もうなどとは片腹痛い」


 くるりとテールが人差し指を回すとぎしぎしと壊れそうな音を立てる。

 門をこじ開けているのだ。もう2、3回ほどか指を回した後にぎゅっと拳を握ると若干ひしゃげ、木屑をボロボロと落としながら門扉が開いた。


「……先ほどの家とは随分と様相が変わって見えるな」


 門を越えた先には武家屋敷。ただ最後に残った記憶との相違があるとすれば。

 庭園は枯れ、屋敷は廃屋となっていた。


「無理矢理押し入るんだ。俺たちは招かれざる客ってわけだよ」


 歩を進め、ぴったりと閉ざされた玄関に俺は手をかけた。

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