19 資格
幸福の家探しを始めて早2週間。全くと言っていいほどに見つからなかった。
とはいえ、俺たちの本来の目的は紬ちゃんをひとりで行動させないこと。
漫画では放課後に姿が見えなくなり、遺体で見つかっていたのだから。
漫画とは違って紬ちゃんと俺たちはずっと一緒に幸福の家探しをしている。テールも居る以上、どんな怪異が襲ってきたとしても安全だろう。
幸福の家探しに関しては、彼女が巻き込まれたかもしれない怪異――その原因を取り除いているにすぎない。
「今日からは三野小学校の校区だな」
「ユイちゃんの塾の友達も三野小学校なんだって。その子は同じ掃除当番の高学年の人から聞いたみたいだよ」
「じゃあ期待大だな」
この校区内で見つからなかったらいよいよ地味な聞き取り調査が始まる。
噂の出処そのものを突き止めに行かなききゃならない。干上さんも継続して調べてくれたらしいけど、やはり梅見ヶ丘のローカルネタの可能性が高いと言っていた。
ちなみに喫茶セキセイの情報はナシ。
「あ、灯夜お兄ちゃんとテールんお兄ちゃんにこれ」
「なんだ?」
「ママから。いつもお世話になってますって」
手提げ鞄の中から紬ちゃんはごそごそと袋を取り出す。中身はチョコレートだった。
紬ちゃんが話したのか三澤が話したのか、紬ちゃん母から最近なにかと差し入れを貰うようになっていた。
共働きであまり紬ちゃんを見ることができず心配していたらしい。
最初は岡町お兄ちゃんだった呼び方も気が付けば灯夜お兄ちゃんだ。テールんお兄ちゃんに関しては三澤の真似をしているんだろう。
「ありがとう。チョコは贅沢品だから助かるよ」
「トウヤはあまり菓子類を買ってくれぬからな。ありがとう、とても嬉しい」
「節約してるんだよこの居候」
そういえば何度か家探しに同行した三澤からも友チョコを貰ったな。
バレンタインには少しだけ早い気がしたけど最近は日付通りに渡すことをそこまで重視していないらしい。
『友達じゃないんだから義理チョコじゃないのか……?』
と疑問を口に出したらそこそこ怒られたのを思い出す。
同じクラスな以上友達らしい。流石のコミュ力だ。
前も含めてそういったイベントとは無関係の人生だったので新鮮だった。
「そんじゃ、行くか」
「うん!」
ぎゅっと紬ちゃんが俺の手を握る。あまりにも鉢植えが落ちてきたり泥で足を滑らせてコケるのでその防止策だ。
不運はピンポイントに紬ちゃんを狙う。俺には影響はないのだが、隣で怪我をされるのはいい気分じゃない。
そのおかげか最初に出会った時よりも怪我が減っているように思う。
「ただの洗濯物か」
「頭に被さっていたら電柱にぶつかってたかもな」
現に今もどこからか飛んできたタオルが落ちてきた。紬ちゃんへと被さる寸前にテールが風魔法で吹き飛ばしたのだ。
あまりにもそういうことが立て続けに起きる以上は流石に偶然ではないとわかる。
テールの見立てでは呪いのように纏わりつく魔力もなく、呪具といった外的な気配もない。
単純に
「テールんお兄ちゃんは幸福の家を見つけたら、家の中に何を置くの?」
約14カ所目の空き地へと向かう道すがらそんな話になった。
辛い思いは人それぞれなわけで、どんな忘れたいものがあるのか気になったんだろう。
「割箸だな。あれは駄目だ。割れ目があるというのに常に偏った割れ方しかしない」
「プチ不幸ってやつだな。いや、割箸の使い方を忘れたらどうすんだよ」
「仕方なかろう。この世界に来て、幸福の家に招かれるような思いをしたことが無いのだ」
うん、テールはホームシックとは無縁に充実しているようでよかった。
灯夜お兄ちゃんは? と聞く紬ちゃんに俺も答える。
「モノっていうか、俺自身じゃ駄目かなって」
「は!? 此方を置いて行くなど絶対にしないぞ」
「違う違う、家に入る資格だけ考えてたんだよ。置いて行くモノを用意しようにも、辛い経験と結びつくモノが手元にないし」
辛い記憶なんて決まってる。前世で俺が死ぬ間際の記憶だ。トラ転なんて物語の中じゃ使い古されているけど、実際に体験した身からすると壮絶そのものだと思う。
とはいえ前世で体験したモノを持ってくるなんて出来ないので、ここは辛い記憶を持つ俺自身でなんとかならないかと思った次第だ。
幸福の家に関しては辛い体験と、それに繋がるモノの所有が招かれる資格であるように思う。
無理だったらまぁ、保険で持ってきた今日の朝にわざと割ったマグカップでなんとかならないかな。結構なお気に入りだったから辛い経験だ。
一応何を置いてきたのか忘れてしまった時の為に持ってきたもののメモはとっている。
「そろそろだな。あそこの角を曲がった先だ」
「……これは」
「どうした? 何かわかったのか」
「うむ。どうやらアタリかも知れぬな」
空き地はまだ見えていないというのにテールが先を見据える。紬ちゃんが強く俺の手を握った。
逸る心を抑えて進む。住宅街の中、印刷した航空写真ではぽっかりと空いたその土地。角を曲がった先には――
「目印は塀から覗く赤い椿、だったよな」
「幸福の家!」
塀に囲まれていて中の様子はわからない。そして大きな門には表札もない。
本来ならば空き地であるはずの場所に建っているということだけがわかる。
不思議とぽつぽつと歩いていた他の通行人の姿は見えなくなっていた。
「魔力の流れがここだけは明らかに違う。というよりも、強大な魔力が鎮座しているのだ」
門を下から上まで見つめ、テールが呟いた。
「ヤバそうな感じか?」
「どの基準でヤバいかはわからぬが――非効率的という意味ではヤバいな。此方にはどのように見えている?」
「普通に大きな門だな。純和風金持ちハウスって感じだよ」
「私も時代劇みたいなお家に見えるよ」
どうやら普通の見え方に関しては俺たちに相違は無さそうだ。
テールにもったいつけてないで言えと促す。
「魔力の流れだけを視ると、この建物は物質としてどこにも存在してはいない」
「幻覚ってことか?」
「実体のある幻覚が表現としては近いだろう」
そっと塀に触れてみるが変わったところは無いように思う。普通の漆喰といった手触りだ。
「この塀や門、そして樹木の全てが高純度の魔力によって構成されているのだ。
だから触れはするが、魔力は物質ではない。物質として確定せぬ建物など破綻している。最初から建材も用いて補助的に魔力によって補強する方が効率はよかろう」
魔力だけで構成された家か。テールは非効率的だって言うけど、どうなんだろう。魔力で出来た家が物質じゃないのなら物的証拠も残らないというわけで。
“家に入ったはずなのに気が付いたら空き地に居ました”ってのが幸福の家の話らしいけど、この最後がこの話の神秘性を出しているような気がする。
本当にあったかもしれないし、なかったかもしれない。そういったあやふやな話が噂を更に広げていく。
「あ!」
門に触れていた紬ちゃんが声をあげた。
「大丈夫か!?」
「う、うん。でも……」
つんのめった紬ちゃんを引き寄せ、すんでのところで転倒を阻止する。
そして紬ちゃんを後ろに庇いながら俺は顔を上げた。
――ぎぃ、ぃいい
幸福の家。
その門がひとりでに開いていったのだ。
「入ってもいいの、かな……?」
椿や躑躅といった樹木が埋まる庭園の先には噂通りの武家屋敷。
引き戸の玄関も開けられていた。
「ちゃんと招かれたみたいだな」
「一応言っておくがオレから離れるなよ」
「わかってるよ。頼んだぞ、テール」
離れない様にしっかりと紬ちゃんと手を繋ぎ直し、俺たちは門を越えた。
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