17 ゾウさん公園
待ち合わせ場所はゾウさん公園。
実際は長橋公園なんて名前が付いているみたいだけど、地元民はゾウさん公園と呼んでいる。
だから正式名称の長橋公園って名前の方が地元民には通じないらしい。
「ね、言った通りっしょ」
「あの生き物はゾウというのか」
「マジ? テールんゾウ知らない系?」
「知らぬな。して、そのテールんというのはなんだ。オレの名はテールだぞ」
「渾名」
待ち合わせ場所に通称を言われて戸惑ったけど、三澤の案内で迷わずには辿り着くことが出来た。
放課後、三澤と一緒に紡ちゃんとの待ち合わせ場所へ向かっていたのだ。三澤は自転車通学らしく、真新しい自転車を押しながら隣を歩く。
途中でテールと合流した際、あからさまに外国人顔を見て少し驚いたようだったけどすぐに物怖じしないで話しかけていた。
「トウヤ、気安く渾名を付けるのはこの国の常識か」
「人による。ただ回りと馴染んでるようには見えるかな」
「そうか。ならばよい」
いいのか。そういえば漫画でも同じ渾名を付けられていたな。
本人もめちゃくちゃ嫌というわけでも無さそうだ。周りと馴染んでいるかを気にしているのかもしれないけど。
「トウヤはオカマチのままなのか?」
「じゃあ岡町は今日から……ん~名前からモジるのムズ。マッチとか?」
「岡町のままで頼む」
絶対にマッチとかいう顔じゃないだろ。切実にやめてほしい。
最近の学校では渾名禁止令だってあるぐらいだしな。苗字で呼ばれた方がしっくりくることだってある。
「おねーちゃん!」
待ち合わせ場所の目印、ゾウの滑り台まで近づくと甲高い声が響いた。
滑り台の上、手摺から大きく手を振る女の子。待て、そんなに身を乗り出したら――
「あっ」
びゅう
強い風が吹いた。女の子――紬ちゃんの身体が揺れる。
空中に身体が投げ出された。本人も驚いているのだろう。その顔は驚愕に染まっていた。
滑り台の高さは2mもない。けれども、そんな高さから叩きつけられたらただではすまないだろう。
竦みそうになる足を叱責して俺は走り出す。
「きゃっ!」
「うぐっ」
漫画じゃあるまいし落ちてくる人間をキャッチできる筈もない。そう思っていた。
でも、案外なんとかなるものだ。紬ちゃんはぽかんとした顔のまま俺の腕の中に納まっていた。
「っあっぶな! 岡町ナイスキャッチ!」
「いや、今のは――」
ちらりとテールを見ると珍しく焦った顔をした後に頷いていた。
少しだけ紬ちゃんの身体が空中で静止していたから、きっと何か魔法を使って助けてくれたんだろう。
「紬ちゃん大丈夫!?」
「お、お姉ちゃん今、」
「怪我ない!?」
そっと下した紬ちゃんに三澤が真っ青な顔をして無事を確かめている。
今のうちにテールに礼を言っておこう。どうせ魔法を使ったとは言えないんだ。俺ぐらいは感謝をしないと。
「ありがとうな。って、どうしたんだ? そんな血の気の引いた顔をして」
「浮遊魔法をあの子供にかけた。やはり駄目だ、人を対象とした魔法は一瞬が限界だ」
ああ、だからか。ふわりと軽くなった瞬間にずしりとした重さがきたのは。
回復魔法だけじゃなく、他人に付与する魔法全般がテールは苦手なのだ。漫画ではトラウマがあるからだと描かれていたが――俺がどうこう言うのは野暮だろう。
ただ人には得手不得手があるというだけの話だ。
「助かったよ」
けれどもおかげで無事だったのだ。紬ちゃんは無傷、で?
よく見ると顔には絆創膏やら小さな体にはいろいろと怪我の跡があった。
「いろいろ怪我してるみたいだけど大丈夫なのか。痛めるようなことしてたらごめん」
「ううん。これは元からだから大丈夫。お兄ちゃんありがとう」
三澤の横を通り抜け、紬ちゃんはぺこりと丁寧なお辞儀をした。
傷だらけの風貌に似合わず、溌剌とした可愛らしい笑顔だ。
「この子、アタシの従妹の紬。紬ちゃん、この兄ちゃんが一緒に幸福の家を探してくれるって言ってたアタシの同級生」
「三澤紬です。結月お姉ちゃんの従妹で霧川小学校の3年生です」
三澤の血縁だけあってはきはきと元気に自己紹介をした。
「どうも、岡町灯夜です。こっちは付き添いのテール。で、一緒に探すってどういうことだ?」
俺も紬ちゃんに倣って自己紹介をして、後半は小声で三澤に問いかける。
「一緒に探したいから話を聞きたいんじゃないの? 紬ちゃんも探してるしちょうどいいと思ったんだけど違った?」
「いや、合ってはいる、けど」
「よかった! 岡町ならいつもみたいにいい感じにしてくれるっしょ」
流石に見ず知らずの女の子に近づくと怪しまれるから、彼女が巻き込まれるであろう怪異――幸福の家について先にどうにかしようと思っていたんだけど。まさか初手で同行が出来るとは。
それにいつもみたいにってなんだ? 陰キャなりにそれとなくクラスで雑用係みたいなのをやってたから、地味な信用があるんだろうか。
「あ、バイトだからもう行かないと。紬ちゃんも早めに家に帰ってね!」
「うん! 5時には帰るよ」
「完璧!」
じゃ、お願い! と三澤はそのまま自転車に乗って行ってしまった。ほぼ初対面みたいな同級生を信用しすぎだろ。
この何かと物騒なご時世、ちょっと心配になる。
とはいえまずは聞き取り調査だ。しゃがみこんで目線を合わせた。
「えーと、紬ちゃん。俺たちも幸福の家について知りたいんだ。でもあんまり詳しくなくて、教えてくれないかな」
「いいよ。お兄ちゃんたちも悲しいことがあったの?」
「ただの興味、かな。でも見つけたいとは思う」
そっか、と気にした風でもなく紬ちゃんは頷いた。
「ブランコに行こ。ちょっと座りたいかも」
長い話ならわざわざ滑り台の近くでするものでもないな。紬ちゃんに促されて近くのブランコへ腰かける。
ぎぃぎぃ、と軽く漕ぎ始めた紬ちゃんを真似してテールも同じように揺れていた。心なしか楽しそうだ。
俺だって久しぶりに乗ると少しだけ新鮮なような、懐かしいような気持ちが蘇ってきた。
「幸福の家って、辛い思いをした人が行けば幸せになれるって聞いたんだけど合ってる?」
「そうだよ。幸福の家に嫌な思いをした物を置いていけば辛いことを忘れられるんだって」
三澤が学校で話していた内容と同じだ。他に何か条件とかがあるのかと思ったけど、まさかそれだけの内容だったとは。
「どこで知ったんだ? 実際に家に行った人とかは」
「えーっとね、隣のクラスのユイちゃんから聞いたよ。ユイちゃんは別の小学校に通ってる塾の友達から聞いたんだって。でも、本当に行けちゃった人は誰かわかんない」
塾か。最近の小学生は忙しいな。
要するによくある噂の伝播といった感じで発生源は絞れそうにない。
「紬ちゃんが幸福の家を見つけたいって思った訳を聞いてもいいか。何を置いていくつもりなんだ?……言いたくなかったら大丈夫だけど」
「怪我だよ。私の怪我、忘れたいの」
長袖をまくって紬ちゃんは腕を見せる。顔よりもたくさんの絆創膏が貼られていた。
片腕だけじゃなく、体中がこんな感じだと言う。
「さっきみたいに落ちたりして昔からよく怪我をするから、幸福の家に行ったら怪我が無くなるんじゃないかなって。だから今日は包帯とか絆創膏を持ってきてるよ」
「……そうか」
まだ9歳の女の子なのだ。こんなに傷だらけなんてどれほど辛い思いをしたんだろう。
見てるだけでもこんなに痛ましいのに。
「結月お姉ちゃんが言ってたよ。岡町お兄ちゃんが一緒に見つけてくれるって。お願いします。一緒に探してください」
必死な顔を見て、断るだなんて出来なかった。
実際は幸福の家を壊せるものなら壊してしまおうと考えているというのに。
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