16 家系怪異

 のんびりとした穏やかな声が電話越しに響く。


『灯夜君、今大丈夫ですか?』

「はい、忙しい時にすみません」

『いいんですよ。ネタの提供にむしろこっちがお礼を言いたいぐらいです』


 突然流れ出た声にテールは驚いていた。家族との連絡はLINEですませていたから、こういった音声通話を見たのなんて初めてなんだろう。


 実は幸福の家について干上さんの力を借りようと連絡をとっていたのだ。


『それで聞きたいことって“迷い家まよいが”についてでしたよね』

「はい。近年で発生した迷い家について干上さんなら何か知ってるんじゃないかと思いまして」

『ええ、それならいくつか記事にしてきましたね。直近のものでいうと2019年の――』


 幸福の家について簡単な概要だけなら三澤から聞くことが出来た。内容としては迷い家に似ているな、というのが俺の感想。

 だからこういったオカルト案件を専門にしている干上さんに連絡をとったのだ。


「勝手に話を進めるな! そも“迷い家まよいが”とはなんなのだ。オレにもわかるように話せ」


 知っている情報交換をしようとしているとテールから待ったがかかった。いけない、つい干上さんと話がさくさくと進んでしまった。


 スピーカーモードにしたのだってテールにも話を共有する為だったのに。


「ごめんって」

『そうでしたね。迷い家は日本の伝承ですからテール君が知らないのも当然でした』


「整理がてら話すか。迷い家ってのはな、」


 ――“迷い家まよいが”。マヨヒガとも言われる東北や関東に多く伝わる伝承のひとつ。


 遠野物語に記されたものが有名だろう。簡単に言えば、無欲の者が富を手に入れて強欲な者は何も得られないといった奇譚だ。


 もう少し詳しく言うと、人が住んでいるような無人の家に訪れた人間はその家の中から器や家畜などを持ち帰られる。そして持ち帰った人間は金持ちになるというものだ。

 欲を持つ人間はそもそも迷い家を見つけられないから、ことが重要な怪異だろう。


 俺の知っている範囲でテールに説明する。


「寓話のような怪異だな」

「実際そういう面で伝わってるのはあるんじゃないかな」


 無欲でいましょう。人には親切にしましょう。心身深くありましょう。教訓話は昔話として広まり残りやすい。

 テールに迷いがを説明している最中、干上さんから訂正は入らなかったから概ね間違えてはいないようだ。


 それでもう一方の概要は。


「幸福の家は、辛い経験をした人間が行ける場所らしい。もしもその家に行けたら、自分の不幸を置いて帰れるんだってさ」


『つまり迷い家の持つ性質――持ち帰ることができる富とは反対という訳ですね。不幸を置いていった人間は幸福になれると』


「はい。だから最近の事例としてそういった迷い家の話を干上さんから聞こうと思いまして」


 餅は餅屋だ。全国のオカルト情報を収集している干上さんなら何か知らないだろうかと連絡をしていた。


 自分でも調べようとしたけど無理。膨大な情報の海を前にして諦めた。

 探しても見つけられないというよりは、多すぎて家系怪異の当たり判定がデカすぎて絞れなかったのだ。

 

『そうですねぇ、伝承とは時代に合わせて多少の変化があるもの。迷い家についても同じく、現代風の一軒家であったなんて体験談もあります』


 それもそうだ。かの有名なブラウン管テレビから這い出てくるバケモノだって最近の作品ではスマホから出てくるらしいし。

 もっとも、その話はホラーの定番で創作なんだけど。


「前置きはいい。幸福の家について教えよ」


 スパっとテールが話を断ち切った。情緒がないな。


『そうですね、結論からいいますと全くそういった情報はありません。梅見ヶ丘のローカルネタの可能性もありますねぇ』


「あー、確かに。よくある数え歌だって地方ごとに地味な違いがありますよね。学校の七不思議とかは最近ってネットの発達でそういう地方差がなくなったって聞きましたけど」


『さすが灯夜くん。目の付け所が違いますね。特に小中学生にスマホが普及した2000年後半からは差異も少なくなって――』


 パンッ

 ひとつ大きな手拍子が響いた。

 俺じゃない。テールだ。


 「話が脱線しすぎだぞ! 当初の目的を思い出せよ」


 いけない、テールの静止が無ければこのまま続けてしまうところだった。人のことは言えないな。

 でも仕方ないだろう。こんな話で盛り上がれる人なんて今まで居なかったんだから多めに見て欲しい。

 とはいえ干上さんからの情報はないということで。


『力になれなくてすみません』

「いえ……仕事中に無理を言ったのは自分なので」


 むしろ快く質問に答えてくれた良心的な大人なのだ。それにしてもローカルネタときたか。

 それならネットに出回っていないのも納得か。やっぱり詳しくは紬ちゃんに話を聞くしかなさそうだ。


 すると『そうだ、』と干上さんが声をあげた。


『僕の代わりに取材してきてくださいよ。聞いたり見たことをそのまま教えてくれたら報酬を払いますから』

「俺たち、ライターっていうかそういうのは素人ですよ」

『大丈夫ですよ。いやぁ憧れてたんですよね。子飼いのネタ提供者みたいなの』


 ネタを元に記事を書くのは干上さんだから、俺たちに負担はないのか……?

 見聞きした内容を教えるだけだと思えばそう気負うものでもない。


「昨日の昼にやっていた刑事ドラマで観たぞ。犯人にバレて半グレの密告者は殺されていたな」


 縁起でもないことを。それにしてもやっぱり偏った語彙ばかりが増えている気がするな。

 日中の暇つぶしがテレビに偏っているのも問題かもしれない。やっぱり学校に通わせた方がいいのかもしれないな。


 となるとやっぱり異世界人の戸籍問題にぶつかるわけで。


「あの、報酬代わりに聞きたいことがあって。梅見ヶ丘のどこかにあるらしい“セキセイ”っていう飲食店を知りいませんか?」

『セキセイ……ですか。君が聞くということは調べ尽くしたんでしょうね。では、その飲食店については僕も調べましょう』


「ありがとうございます! 自分も幸福の家についてわかったらすぐに連絡するので」


 最近の迷い家に関する記事を教えてもらい電話を切った。


 してもらってばっかりっていうのはあまり気が進まない。だからこれは交換条件だ。

 ちょっと、いやかなり干上さんに頼り切ってはいるけど交渉成立だと思いたい。

 一息つく俺をテールはじっと見つめていた。なんだ? と目線だけで言葉を促す。


「何故セキセイについてホシガミに聞いた?」

「オカルト案件な店なら、もしかしたら干上さんが知ってるかもって思っただけだよ」


 調べるって言ったぐらいなんだ。何の収穫もなかったけど。

 ダメ元ってやつだからいいだろう。


「そうではない。此方はオレにそうも目をかける必要などないだろうと言っているのだ。

 戸籍が無くとも生きていけると知っている。ここ数日、パソコンでその方法を調べていたからな」


 インターネットやタイピングの方法を教えたのは数日前だけど、もう使いこなしているようだった。

 テールに貸してるデスクトップPCの検索履歴に残っていたから何を調べているのかは知ってたけど。


「ここに住むのが嫌になったのか?」

「違う!」

「じゃ、いいだろ別に。こういうのは最初が肝心なんだ」

「最初とは?」


 理解がよくできていないらしい。簡単すぎてわからないのかもしれないな。

 納得できないなら協力しないとのたまうテールだ。俺の考えを話してしまった方がいいだろう。


「捨て犬だって拾っちまったら最期まで面倒見なきゃ駄目だろ。それと同じで、俺は最初に手を出した責任をとってるだけだよ」


 後々面倒になるのが嫌だったから河原で倒れてたテールを誰も助けなかったんだろうな。面倒に関わりたくない気持ちはわかる。

 だから素通りしたり、無視をした人間に憤る気持ちを俺は持ち合わせちゃいない。

 けども河原で倒れていたコスプレ野郎と関わると決めた瞬間には後々の面倒を引き受ける覚悟ぐらいはしていたんだ。


「犬と同じ扱い……」

「ものの例えだよ」

「はぁ。此方に他意が無いのはわかっている。ただ一つ言うのならば、手を出したのではなく手を差し伸べたと言うのだ」


 なんでこんなに飽きれ顔をされているんだ。それにこいつは一々好意的に受け取るタイプのようだ。

 そこまで感謝されるようなことなんてなにもしていないのに。


 人の感性は十人十色だと実感した。

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