15 作戦会議

「――だから、本当なら死ぬ筈の人間が今なら助かるかもしれないんだよ」


 三澤結月の従妹、三澤紬についてテールに話をした。

 何もしなければ、恐らくあと一月もしないうちに惨殺されるのだと。


「面倒そうなものに首を突っ込んで……して、そのツムギとやらを生かしたところで此方に何の利がある? オレが納得出来るよう話せよ」

「利か……」


 少し考えてみたけど、特に利は無いな。礼が貰える訳でもないし。だって従妹ちゃんに「このままじゃ死にます」なんて言ったら俺が保護者に吊し上げられるだろう。


 別に俺が関わった所で感謝されないし、テールが手伝う理由も無い。これに関しては俺の余計な介入に他ならない。

 あ、でもひとつそれっぽい利ならあるかも。


「殺人鬼にしろ怪異にしろ、同じ町内に居るって嫌じゃないか? 俺たちも登下校で襲われてバッサリなんてあるかもしれないぞ」

「本気で言っているのか? 不安を感じているのならば毎日此方の護衛でも勤めよう」


 駄目かぁ。わかってたけど。


 登下校の護衛にテールがついくれるなら怖いものなんてないけど、流石にほぼ同世代に送り迎えされるのは恥ずかしいからパスだな。


「しいて言えば、自分がスッキリするだけかな。あと、幸福の家については普通に気になってる。から、一度引っかかったらついつい深入りしちゃうんだよなぁ」

「そうか。では、オレは何をしたらいい?」


「え……協力してくれるってことか?」


 もう隠しても仕方がないかと本心をぶちまけた。この先死ぬかもしれない人間を見殺しにしたくないという思いはあるが、それ以上に俺自身の好奇心が疼いていたのだ。


 漫画の世界に転生して自分が思っていた以上にミーハーだったらしい。そんな理由を聞いてテールが納得したのは意外だったが。


「とってつけたような理由で納得できるはずもなかろう。だが、此方がと思ったのであれば別だ。オレとて納得が出来る」


 逆に何を言っているんだ? という顔を向けられた。


「そも、最初から一言“手伝え”と言えば良かったのだ」

「流石に俺個人の事情に付き合わせるのも悪いだろ」

 

 だから本音と建前を分けて話してたってのに。それとなーく伝えてみる日本人仕草というやつだ。

 それがテールは気に食わなかったらしく不機嫌オーラを醸し出している。


「此方に関しては、この世界の諺で言うと“好奇心は猫をも殺す”が妥当か」


 目を離したら死にそうだと思われているのか。流石にそこまで自分の好奇心に素直なタイプじゃないと思う。


「此方を野放しにはできぬ……うん? 待て、何故に猫なのだ。この言葉は」

「その諺って元はイギリス産でな。向こうじゃ猫は9つの命を持ってしぶとい生き物だけど好奇心が原因で死ぬからって由来らしいぞ」


「なるほどな。オレの世界の狐と同じか。であれば異世界アイテールスでは猫ではなく狐と言っていたのかもしれぬな」


「知識の置換が言語にも置き換わってるからちょいちょい意味がちぐはぐの言葉もあるってわけか。

 でも狐の命が9つあるって知識は猫に置き換わらずに狐のまま……置換魔法って不思議すぎる魔法だよな」


 よくある異世界転移ものじゃ言語関係は綺麗に置き換わってるんだけどな。

 普通に話す分には異世界語と日本語で高精度に翻訳、もとい置換がされてるけど細かく見ていくとまだまだ粗が見つかりそうだ。


粉末状にオフチョベットしたテフを水と混ぜマブガットしてリットを作る”なんてはちゃめちゃな語訳にならなくて助かった。


 そうなったら意思疎通が出来てたかすら怪しい。

 おまけに知識そのものが異世界と日本で置換されているので元の言語を覚えていない。本当に置換魔法が高精度で良かったな。


「って、話が逸れすぎだ!」

「オレの話を展開したのは此方だぞ」


 否定は出来ないけど釈然としないな。まぁいい。

 一応これからのスケジュール共有だ。


「明日、紬ちゃんに話を聞くことになってる。テールもくるか?」

「急だな……待て、オレが同行する予定は最初から組まれていなかったのか?」

「当り前だろ。断られたら断られたで俺がスッキリするまで調べるだけだったし」


 漫画ならがーん! という効果音がつきそうな顔をされた。何を驚いているんだ。


 いざという時の力技解決を頼みたいんであって雑用みたいな地味な聞き取りに付き合せるつもりは無かった。俺なりの思いやりだったのに。


「トウヤ~! 此方、危機管理能力が失われているぞ。もし何かあったらどうする」

「ただ話を聞くだけだって」


 心配しなくても大丈夫だって言ってるのに。歩いてるだけで怪異と遭遇してたんじゃ俺はこの街に引っ越してきた初日で死んでるだろう。


「さっきは登下校でバッサリ襲われるなんて言っても気にしてなかったくせに」

「自分から怪異の元へ向かおうとするのは別の話だ」


 この心配性め。明日は幸福の家を探しに行くわけじゃない。ただ本人紬ちゃんから事情を聴くだけなのだ。

 そう言っているのにテールの目はどんどん吊り上がっていく。


「頼れよ! オレを! 自己完結は美徳ではないぞ」

「そうは言ってもなぁ」


 そりゃもう頼れるときはめちゃくちゃ頼るつもりでいる。弱っちい俺なんて怪異とかち合ったら終わりだ。


 今でも十分に頼っているのに。昨日の皿洗いだって水魔法&浄化魔法の重ね技でサクッとやってもらったし。

 異世界最高峰の魔法使いを食洗器替わりに使うなんて本当に贅沢な頼り方だと思う。


「暴力での解決ならば誰にも追随を許さぬ自負がある!」

「怖。できるだけ穏便にな」


 暴力は王子サマの口から出る言葉じゃないだろ。今日一日俺が学校に行ってる間テレビを見せていたけど、なんか教育に悪いドラマでも見たのかな。


 もっと児童向けのチャンネルを探して見せた方がいいかもしれない。流石に知識が偏るのは困る。

 

「うん? なんだこの音は」


 テールに胸元を掴まれているとシンプルな音楽が流れた。俺のスマホ、初期設定の着信音だ。

 かけてきた相手は――干上さん。ちょうどいいとスピーカーモードにして電話に出た。

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