2章
14 幸福の家
「高校生霊媒師Tくんの推論ねぇ。Cマンションに出現する怪異の正体は火山ガス!? だってさ」
冬休み明け、ホームルームまでの待ち時間に突っ伏して目を閉じていると俺の耳に心当たりのありすぎる話が飛び込んできた。クラスの女子グループだ。
思わず顔を上げそうになるがぐっと抑える。なんで突っ伏しているかというと、単純に話し相手が居ないからなのだが――それは置いといて。
「Cマンションって梅見ヶ丘にあるらしいよね。案外近いのかな」
「山の近くにあるアパートとかマンションで頭文字Cを探しまくれば見つかるかもよ」
「候補多すぎだって」
こんないつも突っ伏してる陰キャ野郎が反応しても気持ち悪いだろう。自分で考えておいて少し傷を負いながらも聞き耳を立てる。
どうやら先日の取材、それが無料公開分としてネット記事に公開されていたらしい。そのページが彼女たちの目に入り教師がやってくるまでの暇潰しとして選ばれたわけだ。
「ほんとなんかなぁ」
「でも事実だったら危ないし、市から連絡とかされるんじゃない?」
「だよねぇ。高校生霊媒師って無理ありすぎだし」
「それなー!」
……かなり恥ずかしい。確かに干上さんは絶対に身元が特定されないようにするって言ってたけど。
霊媒師はないだろう。しかも霊媒師なのに記事の中じゃ探偵みたいなことをしてるし。ここまで脚色されたらバレようがないとはいえ。
「でもさぁ、アタシらはこういうのが嘘ってわかるから笑えていいんじゃん? でもわかんない人が読んだら信じちゃいそう」
ひとりが、声を落として言った。
言い分はわかる。嘘を嘘として楽しめるのならいい。でも、
「従妹がそういう感じのやつ信じちゃってヤバくてさ。そんなの信じるのやめなって言っても聞かないんだよね」
「結月の従妹って何歳だっけ」
「9」
「あー、ギリ信じるわ」
……この世界、ちょっとしたおまじないが普通に魔術の儀式だったりするから洒落にならないんだよな。
大多数の人間は(俺も含めて)魔力の使い方なんてわからないからお遊びのおまじないでおわる。大多数の人間は。
偶にいるのだ。偶然、無意識にしろその魔術儀式ができちゃったというような奴が。
漫画でもSNSで呪いが拡散されて大変な事態になる回があったな。あのアカウント、どうにかして今のうちに凍結させられないかなぁ。
とはいえ俺はこの世界だと名前すら出てこないモブでしかない。機械を通したものに関しては魔法チートなテールだってあまり役に立たないし、せいぜい自衛するぐらいだ。
「ちな何信じてんの?」
「友達から聞いた“幸福の家”を探してるんだってさ」
「何それ」
幸福の家なんて俺も聞いたことが無かった。なんか宗教団体とか老人ホームみたいな名前の家だな。
あの一団の会話からしてオカルト案件なんだろうけど漫画でもそんな名前の怪異は登場していなかった。
「アタシもよく知らないんだけど、
続きが気になる。自分の息さえ無駄に潜めて聞き耳を立てていたというのに。
「三澤、お前ら席に着け。さっさと帰る為のホームルーム始めんぞ」
担任が帰って来た。クソ、あと少しで面白そうな所が聞けたのに。後で本人に直接聞くか……?
話してたのはたぶん担任の言い方からして三澤だよな。そういえば、なんか聞き覚えのある名前だと思ったら三澤って知ってるかも。
ヒロインの友人キャラだ。従妹が亡くなったことから始まるエピソードに深く関わっていた。
それでいて亡くなった従妹の名前は――
見事に点と線が繋がってしまった感じがする。
少なくとも今の時点では作中で死亡していたキャラが生きてるってことか。これ、どうしたらいいんだ。
原作沿いなんて今更目指せない。ここまで変わってしまったんだから無理だ。けど、俺自身が何かを変えられる力があるなんて思うほど自惚れちゃいない。
“黄昏の魔法使い”において、従妹ちゃんは惨殺され体の一部は見つかっていなかった。それも手足を引きちぎられた失血死だと描かれていた。
作中では人間に殺された後、その惨たらしい遺体が怪談として語られて新たな怪異となっていたのだ。
……テールに相談するか。殺人鬼とか怪異とか、鉢合わせたら俺なんて瞬殺されるだろう。
でも、何かをやろうとして出来ないことと、何もせずに終わってしまうこと。
同じ結果でも寝覚めが全然違う。
◆
ホームルームが終わってすぐ。
ぱっちりとした瞳を茶髪に染め上げ、くるりと巻いた髪。
薄化粧をした彼女は美人というよりも可愛らしいと思う。
そんな少女、三澤結月の元へと俺は向かった。
いつもつるんでいる奴らとだらだら席で話していたようで、まだ帰るそぶりは見せていない。
「三澤……だよな。ちょっと話が聞きたいんだけど」
「ほぼ一年同クラでなんで疑問形してんの」
どうせクラス替えで離れるんだから(知らない奴が話しかけてきてキショ)などと思われても別に構わなかった。
一応俺の名前は認知されていたようだったが。
「岡町ってウチの名前も知ってる?」
「てか他人認知してたの?」
「ごめん、うろ覚え。で、聞きたいのは“幸福の家”についてなんだけど。さっきちらっと聞こえてどうしても気になってさ」
「マイペースすぎてウケんね」
聞くつもりはなかったんだけど、と念押しして訪ねる。
“幸福の家”が従妹ちゃんの惨殺事件と関わっていたのかはさておき、俺個人としても気になるワードだった。
仕方がないだろう。前世からそういうのが好きだったんだから。
後はまぁ。ほぼ見ず知らずの同級生でしかも野郎に従妹ちゃんを紹介してくれる筈もないし、要は話の糸口みたいなものだ。
「いいよ、さっき話しそびれたし。岡町も聞いてけばいいっしょ」
こういうのがオタクに優しいギャルとかって言われてんのかな。真面目にコミュ強すぎる。
そうして俺は案外普通? に“幸福の家”について知ることが出来たのだった。
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