13 怪異殺し

 日本は突然死が起きた場合、詳細に調べられずそれっぽい死因が当て嵌められるらしい。


 事件性が無いと判断されればずっと本当の死因は不明なのだ。

 他にも入院中、病気の治療を受けている最中に突然死ねば病死と診断される。


 じゃあ、鼎の死はどのように処理されたんだろう。


「他に何か気になってます?」

「警察は死因について何も掴んでないんですか?」

「ええ、死因については何も教えてくれませんでした」


 ずっと引っかかっていた事があった。

 外傷の無い死に方は服毒をしたり、又は病死だったり。

 

 あとは溺死か。少量の水を飲んだ溺死だって鼻や口元の泡から肺水腫からなる溺死だろうと判断されて処理がなされる。


 そもそも鼎が浴室で死んでいたのなら必然的に溺死だと発表されていたはずだ。


 漫画の知識にはなるが、物語中盤、怪異に殺されるまで鼎は元気にしていた。

 服毒する理由も無ければ病死でもないだろう。


 ならば――


「中毒死って考えられねぇか」


 窓に映る顔

 窓を開けると入ってくる怪異

 山からやってくるモノ

 窓を開けていた鼎

 

 推論を組み立てる。ただ、散らばった線を繋ぐように。自分だけが納得する為に。


 この怪異の核はなんだ? 鼎による呪物か。たぶん違う。

 この怪異の核はただの現象だ。


 少なくとも俺は


「何十年か前、山で訓練中の自衛隊員が死んだ。二酸化炭素中毒だ。パッと見はそう見えなくてもそこは活火山で、ガスが吹き出したんだよ」

 

「確かにそのような死亡事故はありますね。他の自然発生するガスによる中毒死では硫化水素や亜硫酸ガスとか。

 そっちは匂いが強くてすぐにわかりますけど 」

 

「はい。でも、二酸化炭素は無色無臭の気体だ。気付いた時には遅い。

 そんで見舞われる症状は呼吸困難、眩暈、吐き気、それから――幻覚」


 他に二酸化炭素の死亡事故といえば、遺体を保冷する目的で棺の中に入れられたドライアイスが原因で起きた中毒死だろう。

 最期の別れ、遺族が棺の蓋を開けた際に高濃度の二酸化炭素を吸い込み中毒死した事故があった。


 そういった事故が何件も起こっているあたり二酸化炭素は身近なものだけど場合によっちゃ気が付いたら死んでいた、なんてことになりかねない気体なのだ。

 

 ほう、と干上さんが息を飲むのがわかる。

 テールは静観の構えをとっていた。たぶん二酸化炭素が何かわからなかったんだろうな。


「昏倒とか幻覚はよっぽど濃度が高くねぇと起きないと思うけど、そんでも症状として有る」

「つまり君達が見た怪異は幻覚だったと言いたいんですか?」


 確かに俺たちは怪異を見た。テールと一緒に同じ幻覚を見たなんてありえない話だろう。


 けれども、この推論なら一応の説明はつくのだ。

 

「梅見ヶ丘はいくつか天然の温泉があるから、火山ガスが吹きでても不思議じゃない。それでいてコクーンハイツのすぐ後ろは山だ」

 

「窓を閉める規則とは何の関係があるというんです?」

 

「夜になったら有害な気体二酸化炭素が降りてくるんだ。だから窓を閉めろって規則ルールが出来た。

 部屋の中に気体が一気に雪崩込むのを防ぐ為に」


 昨日知ったんだが、コクーンハイツは梅見ヶ丘市が管理する物件だった。だから魔術的な仕組みが存在するのは間違いないと思う。

 そして鼎がその仕組みを利用した儀式を行おうとしていたのも。


 だが、魔術的な考えを取り除いた解釈だって出来るはずだ。


 “コクーンハイツはガスが発生するのを意図的に隠された梅見ヶ丘市が管理する物件で、鼎はただの黒魔術信者である”といったように。


「……あ、いや。ただの妄想なんですけど」


 と、ここまで語ったところで急に恥ずかしくなってきた。無理矢理に繋ぎ合わせた推論なのは自分がわかっている。


 あまりにも干上さんが真剣に聞いてくれるものだから調子にのってしまったのだ。

 前世でもこういう感じで考察ありきの作品を楽しんでいたが、今になって発揮してしまった。


「ふふ、はははは」


 突然干上さんが笑い出した。大笑いの域だった。やめろ。本当に恥ずかしいんだから。

 ちょっとこういう会話に飢えていただけだ。思いつきを誰かに話してみたかっただけなんだ。


「ああ、すいません。灯夜君のがとても面白くて」

「笑うな。トウヤは真面目に話しているのだぞ」


 頼む、庇ってくれるのは嬉しいけどテールもやめてくれ。最初は推論のつもりだったけど、こんなの何から何まで妄想だ。

 何も言えず縮こまるしかない。すると干上さんが穏やかに口を開いた。


「ねぇ、今の君の話を記事にしてもいいですか。勿論個人情報の全ては伏せます。何処に住んでいるのかも」

「今妄想って干上さんも言ったのに……」

「言ったでしょう。オカルト雑誌なんですから、このぐらいがちょうどいいんです」


 それはどうなんだろう。オカルト雑誌って不思議な現象を好む人間が読むものであって、こういう怪異を否定するものを載せてしまってもいいのか?

 そんな疑問を口にすると干上さんは答えた。


「だって危ないじゃないですか。そんな即死級の怪異が出るなんて。だから怪異は最初から居なかった。

 全部勘違いと幻覚、それと事故。それがいい。うん、そうしよう」


 え? 真意が見えない。干上さんはずっとついていたスマホの録音アプリを落としポケットにしまう。

 メモを取っていた手も止めて呟いた。


「――ここに怪異殺しは成った」


 がやがやとした焼肉屋の喧騒。一瞬だけ張り詰めたような空気に変わった。


 気のせいかと思いテールを見ると、首を振っていた。何かを感じたが断定できない。そんな顔だ。


「あの、干上さんってこういう現象を追っかけてるライターなんですよね。それなのにそんな記事書いてもいいんですか」

 

「編集部の人からは睨まれるだろうなぁ。

 でも編集長は面白い記事ならなんでもって感じだから大丈夫かも。無理矢理でも掲載しますけどね」


 駄目だろ、それ。

 それに干上さんの言う危ないから居なかったことにしようだなんて、否定するようなものだ。


「ホシガミよ、同僚や読者に疎まれるような記事を書くなど貴様になんのメリットがある?」


 確かにオカルトサーチの購読層なんて超常現象大好きな人間ばっかりなのにな。


「そうですねぇ、自分は強者だって安全圏からふんぞり帰ってるような奴らが死ぬのって面白くないですか?」


 俺とテールは言葉を失っていた。なんというか……ふわっとした雰囲気の人からこの発言。顔と発言が合ってないんだよな。


 言っていることはわかる。やろうとしていることも。余裕ぶってる奴が余裕じゃいられなくなる瞬間が面白いって言い分だって。


 怪異は元となる核に人の想いなんかが結び付いて現実に映し出される。


 ならばこそ、怪異ではなくただの現象による事故だったと多くの人間が認知すると怪異は消える。


 まさしく怪異殺しだ。


「これで夏場に窓を開けていても安心ですね」

「結局有毒ガスが出てるかもしれないってのには変わらないんじゃ……」

 

「そんなまさかぁ。そう危ないガスがポンポン出てくるわけないじゃないですか。今回は不幸な事故だったんですよ」


 夏場の電気代を節約出来るのは嬉しいんだけど本当に大丈夫なのか、これ。


 とはいえあの規則のせいで無駄に電気代を使ってたのも事実なんだよな。コクーンハイツはちょっと窪地となってるところに建ってるから夏場の蒸し暑さが地獄なんだよ。


 ともかくいい様に考えた方が得……なのか。黄昏の魔法使いは解釈バトルが強すぎる世界観だったんだし。



 謝礼代わりの焼肉屋を出た時には既に夕方。随分と長く話し込んでいたらしい。


「悪いな。テールがやってくれたことを黙っててさ。それと、見たものも幻覚にしちまって」

「構わぬ。おそらくオレが怪異を正面から消滅させたところで、核がある以上また同じような怪異は現れていただろう」


 確信を込めて言った。思い当たるところがあったらしい。


 「核を壊さなければ再生し続ける魔物がオレの世界にも居た」


 ならば、とテールは続ける。


「トウヤの立てた推論通りが一番よい。何よりも納得が出来た」

「そうかよ」


 こいつは“黄昏の魔法使い”作中で多くの人間を殺した悪役だった。そんな悪役が一番被害の少ない方法を選ぼうとするなんて。

 一番最初を掛け違えたボタンのような出会い。

 漫画のような派手な物語は無くてもいい。むしろ今、俺が生きているこの世界は出来るだけ穏やかに流れていて欲しいと思う。


「今日の夕飯であるが、餅にその焼肉のタレをかけてはどうだ」


 テールが指差した先には土産代わりに持たされた焼肉のタレ。さっきの店舗で干上さんが買って渡してきたのだ。

 『経費で落ちるので気にせず』と言って。焼肉のタレと実家からの餅で暫くは節約生活も捗るだろう。なんせ食い扶持が増えたんだから。

 今日は荷物整理をやめてゆっくりしようと、家へと歩を進めた。



 人間の想いひとつで事実は捻じ曲がる。

 どうせ捻じ曲がるのなら、一番丸くねじ曲がればいい。別に真っすぐに拘らなくてもいい。

 どんな無茶苦茶な推論でもいいと、そう思えた。

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