12 怪異と死因
新年早々焼肉屋は大繁盛。昼時ともなれば賑わいはなおさらに。
至る所でジュージューと肉の焼ける音と楽しげな団欒の声が響く。
そんな中で俺たちは静かに肉をつついていた。テールは少し不貞腐れながら。そして干上さんは大盛りの白米と肉を一緒に食べて。
「まずは怪異について聞かせてもらえますか?」
どう話せばいいんだ。変に隠すとおかしい気もする。
ここは正直に話せる限り話してしまってもいいかもしれない。俺が体験したことなんて一般人からしたら全部ファンタジーみたいな出来事なんだし。
相手はオカルトについて記事を書くライターだ。面白おかしく書くためのネタのひとつになるだけだ。
オカルト雑誌の書き立てる内容を心底信じて購読している層なんて極少数だろう。
「別に信じなくてもいいですよ。これは体験した話ですが――」
ルームメイトのテールと部屋で語り合っていた際に起きた体験談。
窓に張り付く黒い靄の怪異の話をした。
ところどころフェイクを交えて語っていく。真剣な顔をして干上さんが相打ちをしながら時折質問が入る。
「何時ごろに現れましたか?」「マンションの規則について書面に残されていますか?」「大きさは?」
「どのような動きをしていました?」
その質問ひとつひとつに答えていく。もちろんフェイクの部分はテールに関するものだ。
流石に魔法使いです、とは言いづらかったのだ。
目の前で魔法を見せられたら信じるしかない程に事実だし。俺の体験談みたいに、男子高校生の武勇伝みたく信じるも信じないもあなた次第、などにはならない。
とはいえ本業のライターだけあって干上さんは俺の話を茶化すような真似はしなかった。ただ真剣に俺の体験した
ボイスレコーダーやパッドといった端末を使わず、ボールペンで大きめのメモ帳に話の内容を纏めていた。
「こういうライターさんの取材って録音ありきだと思ってました。ルポ形式のホラー小説とかでよくボイスレコーダーの内容が出てくるから」
「ああ、居ますよ、そういう方も。でも僕はあんまり」
取材道具は人によってよりけりらしい。
自分のやりやすいようにやってるんだから当然か。
「ボイスレコーダーで録ってしまう内容って、確定しちゃうんですよ」
確定? と俺は聞き返す。俺の疑問に対して干上さんは続けた。
「でもね、僕がこうやってメモに取ると取材協力者は居たかもしれないし居なかったかもしれない。なんなら聞き間違えていたのかもしれない。そんなあやふやさが生まれる訳です」
「ライターとして聞き間違えをした内容を記事にするなど、不味いのではないか?」
「そこはまぁ娯楽的なオカルト雑誌ですから。ふわっとしたところが味というものですよ」
確かにホラーを好きな人間は様々なタイプが居るが、そういった所を好む人間だって多い。
理由がわからないから怖い。
要は未知への恐怖。
わかるようでわからないポリシーだが、それが干上さんの仕事方法というわけだ。
「ちなみに干上さんは俺の話した内容を信じてるんですか?」
「そうですねぇ。
上手く言えないけど答えをはぐらかされた気がする。
怪異の存在を信じるとは言っていないのだ。でも、俺の話を頭ごなしに否定されるのも癪だったからそれはよかったのかもしれない。
「次は鼎さんについてお聞きしても? こちらの取材に関しては君達が許可してくれるのなら録音させていただきたいです」
「え? ボイスレコーダーは使わないんじゃ……」
「怪異は居るのか居ないのかわからない。でも、鼎さんが亡くなったことに関しては変えようのない事実ですからね」
なるほど? 別に嫌という理由も無かったので録音の許可をする。
専用のレコーダーを使うのかと思いきや、出てきたのは普通のスマホだった。アプリで録音してしまうらしい。
隠し撮りでもなければ声の録音などスマホで十分なのだとか。
「でも、ほんと最初に言った通り鼎さんについては何も知らないんですよ」
「郵便受けに名前が書いていたぐらいしか関りがなかった。そうであろう、トウヤ」
その通りだ。ご近所付き合いが皆無のマンション、むしろ顔すら知らなかった。
「ニュースでは水漏れから管理会社への通報が入って発見されたみたいですけど、さっき帰った時に確認したら俺の部屋には全く影響もありませんでしたし」
「確か下の階に住んでいるんですよね。今まで不審な音とかも無かったと」
無かったな。騒音トラブルとも無縁だったのだ。
そこで、干上さんは声を小さくしてぽつりと語った。
「なんでも亡くなった鼎さん、ちょっと怪しい所があったみたいで。直近の購入履歴に動物の骨とか古物っていうような古い器を多く購入していたみたいなんです。
部屋にも羊の頭蓋やらいろいろと並べられていたとか。
趣味っていうにはちょっと、ねぇ。そんな人が外傷もなく死んだとなれば、オカルトっぽくありません?」
思いっきり黒魔術の現場みたいな風景を想像してしまった。そういえば、漫画でも魔術師である鼎は生贄を触媒として攻撃するような魔術を扱っていたっけ。
猫といった小動物を殺すような残忍なことをしていた。上の階でそういった行為があったと思えば本当に嫌になるな。
「どうしてそういう話を知ってるんですか?」
「これでもライターなので警察関係者とのコネはあるんですよ」
そういうものなのだろうか。
コネでそんな内部事情が知れるとは。
「あの、水漏れで通報されたって聞いたんですけど、どういう状況だったんですか?」
正直、あの怪異にやられたんじゃないか……という気がしなくもない。テールが光魔法で貫いても復活するようなバケモノ、いくら魔術師とはいえ鼎に対処出来る気がしない。
そもそもあれは“部屋の中に招いた”ものを“部屋から押し出す”というテールが居なきゃどうにもならない方法で退けたんだし。
そうだ。あくまでも退けただけなのだ。
「こういうの未成年に話したら駄目だと思うんですけど。それに食事中にする話でもないっていうか」
「聞かせてください。テールもいいよな」
構わぬ、と頷いたテールと一緒になって俺も再度聞かせて欲しいと頼む。
食事中っていっても、既にデザートの杏仁豆腐が運ばれてくるのを待つだけだ。
食べるものは食べ終わったので気にならない。
「何らかの儀式をしてたっぽいんですよね。部屋の全ての窓が開いた状態で、……ここは動物と言いましょう。動物を浴槽に沈めていたんです。
その途中で亡くなったみたいで水が溢れ出したようで」
うわぁ。下の階の人、本当に可愛そう。
それでいて俺の上の階に鼎が住んでなくて本当に良かったー! 他人事に出来るって素晴らしい。
動物を沈めていた水が天井から垂れてくるなんて冗談じゃない。
「怪異に襲われたので無ければ、足を滑らせて浴槽に顔でも突っ込んだのではないか?」
「それじゃ、警察は溺死って発表するだろ。外傷が無いってのはおかしいけ――ど、」
「なんだ歯切れの悪い」
そういえば俺が怪異に掴まれた時の痣はテールが部屋から押し出した後に綺麗さっぱりと無くなっていた。
だから俺がたとえあの時に死んでいたとして、外傷は残らなかっただろう。
ここで俺は気が付いた。
「なぁ、外傷が無い死に方って限られてるよな」
まだ警察は死亡解剖やらをして判明した死因を発表していない。それなら他の考え方だってできるはずだと。
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