9 ティーパーティーと家族会議

 こいつは誰だ?


 夕刻、実家に帰って早々に知らない奴が居る。いや、言葉の綾で普通に知っている奴なんだが、それぐらい普段とは違うという意味だ。


 整った顔面素材を殺す仏頂面は緩やかな微笑みに変わり、そしてボサついたオレンジ髪は緩く後ろでひとくくりに纏められていた。


「トウヤ殿の母君でありましょうか。私はアルネウス・テールと申します。ご子息には日頃よりお世話になっております故に本日は帰省に同行させていただきました」


「まぁ、アルネウス君? テール君? どちらでお呼びしたらいいかしら」

「アルネウスが日本同様に性となっておりますので、テールとお呼びください」


 俺の母親を前に礼をするその姿はまるでどこぞの王子様のようで――


「猫被りしすぎだろ!」

「社交モードはかねがねこうだ。猫かぶりではなく別側面と言え」


 作中でもこんな感じだから知ってたけど! いざ実物を前にすると豹変具合が恐ろしい。


「仲が良いのね。さ、上がってくださいな。お友達を連れてくるとは聞いていたけど、こんなカッコイイ子だと思わなかったわ」

「母さんの声があからさまに猫撫で声に――!」


 異国の男友達を連れてくるとだけ言っていたが、その時は『彼女のひとりもまだ出来てないのか』だなんて言っていた癖に。

 テールを見るや否やこの態度。


 リビングに案内し、お茶出しの準備を始めている母さんの手元のそれを見てしまった。秘蔵の俺や姉ちゃんにすら触らせない高級紅茶だ。

 しかも食器もうちにあるイイヤツだし。


 お茶菓子は普通のスーパーで売っているクッキーだ。男友達と聞いてそこまで気を使っていなかったんだろう。

 なんか釈然としないな。年に2回帰省をしていたというのに、こんな待遇をされたことがない。


「私は紅茶に造詣が深くはありませぬが、とても良い香りですね」

「つまらないものでごめんなさいね。灯夜! どんな子が来るかちゃんと教えて欲しかったわ」

「理不尽すぎだろ」


 小学生の頃とかに友達を呼んだ時はこれでも食ってな! と言わんばかりの唐揚げの山をおやつに出された記憶があるが、さて今夜はどうなるんだろう。


 今のテールは王子様といった感じだし唐揚げで喜びそうな顔をしていないしな。


「そうだ、姉ちゃんいつ帰ってくる?」

「今日らしいわね。昨日帰ってくる予定だったんだけど、お仕事が入っちゃったみたいで」

「あーじゃあ話すのはそん時でいいか」


 梅見ヶ丘のマンションを借りてるのは姉ちゃんなのだ。俺だってバイトして家にいくらか入れてるとはいえ、たかだか高校生のバイト代なんてしれてる。


 テールを住まわせるにしても家の家主である姉ちゃんに話を通さないといけない。そうじゃないと不誠実ってもんだ。


「え、なになに? なんの話?」


 明るい声が背後から響いた。びくりと俺の身体は跳ねる。


「うわっ姉ちゃんいつの間に!」


 オフィスカジュアルなんて名前が付いたファッションだったか、シンプルな服装。見た目だけは真面目なOL姿。うん、間違いなく俺の姉ちゃんだ。


 その姉が俺とテール、並んで座っていた真後ろに立っていた。びっっくりした! 心臓に悪すぎる。玄関方向を背にしていた俺たちとは違って母さんは忍び寄る姉ちゃんの姿が見えてたみたいだけど。

 案外テールも驚いていなかった。


「気付いてたのか? 気配的な」

「武人でもあるまいし気配などわかるわけがなかろう。ただ此方と似た魔力を感じただけだ」


 確か魔力は生きている限り誰でも持っているもので、それぞれに特徴があるといった設定だった。

 親類や家族で波長やなんかも似てくるのだとか。それで驚いていなかったんだ。


 武人じゃない、と本人の申告通り作中でもテールは武術やそういったものの心得は全く無いとされていた。ただめちゃくちゃ魔法が人並外れて得意なだけだったはず。


「魔力……? って何この綺麗な子! え? 灯夜の友達!?」

「姉ちゃんの部屋には入らせないからさ、こいつ帰る家が無いから梅見ヶ丘の家に暫く泊まらせていい?」


 魔力なんて電波な言葉を姉ちゃんの頭から追い出すべく畳み掛ける。

 

「帰る家がない!? 泊まるのは全然いいよ!」

「おいなんだこの即決された会話は」


 よかった、魔力なんてワードについては気にしていないようだ。

 実は姉ちゃんにテールを泊まらせてもいいか許可を取るに、却下はされないだろうと確信があった。だって、とんでもなく面食いだし。それも鑑賞する方向に。


 いきなり進んだ話にテールは困惑しているようだった。姉ちゃんとの会話はいつも本題から入ってこんな感じだ。


「えーと、灯夜のお友達くん?」


 とはいえ、きっとどんな顔をしていたとして――或いは女でも、大らかな姉ちゃんなら泊まらせるように言ったんだろうけど。


「I’m happy to meet you, hello. I'm Touya's sister」

「……? トウヤ、姉君はなんと」


「あー、こいつ外国人なんだけど複雑な事情っていうか、そんなんで日本語しかわからないから。テール、姉ちゃんは……なんて言ったんだ?」


 嬉しい、シスター、みーとゅ。なんとなく印象に残った単語から考える。


 たぶん会えて嬉しい的な感じだと思うんだけど――駄目だ、わからん。

 海外とかとも取引する商社務めの姉ちゃんだから発音もネイティブ寄り。こちとらお受験日本英語しかわからないんだぞ。


「中学生英語なんだけど。えっと、テールくんって言うのね。私は灯夜の姉で彩莉いろりといいます」


「イロリ殿。私はアルネウス・テールと申します。貴女と弟御のご厚意により、命を繋げましたことを感謝申し上げます」

「ひゃ――灯夜、これ、これええ!」


 仲良くしましょうと握手の手を出したのだろうが、テールはその手を取ると膝を付き口付けた。2次元でしか見たことが無い挙動。


 あの姉ちゃんが軽くパニックを起こしているなんて珍しい。なんなら俺だってビビってる。いつものあの育ちがいいヤンキーみたいなふてぶてしさは何処に行った。

 まぁまぁと笑っているあたり流石は母さんといったところか。


「イロリ殿? 固まってしまった。トウヤ、オレはなにか粗相を……兄を真似たつもりだったのだが」

「そういうの一般家庭の一般人には刺激が強いんだよ」


 この王子様が。あと、テールの兄って言ったら作中で唯一心を許していた家族だったはず。女向け作品に居そうなイケメンデザインだった。


 そりゃあのイケメンを真似たらこういう王子様ムーブにもなるか。

 はっとした姉ちゃんが「テール君!」と叫んだ。百面相する我が姉にテールもびくりと返事をする。


「灯夜ったら偏屈で友達が少ないの。だから姉としてお願いします。仲良くしてあげて」


 なんてことを言ってくれるんだ。まぁ事実なんだが。人付き合いが苦手とは言わない。ただ、


「話が合わない奴と話してても時間の無駄だろ、お互いに」


 このご時世、独りで存分に人生を楽しめる。だから無理に話を合わせてまで独りじゃない時間を作ったとして面白いと思えない。

 休んだ時、お互いに助け合える程度の付かず離れずの人付き合いでいいだろう。


 そんな俺のスタンスはさておき。テールは「……はい」と一言姉ちゃんに視線を合わせる。

 

「このテール、何があろうともトウヤを守る友となりましょう。むしろ私の方からそれを願っているのです」

「お……おう。重いな」


 ありがとうと姉ちゃんは笑っているが……意味がわからないぞ、それ。胃に来る重さ。


 そこまで感謝されることをしてないだけにちょっと居心地が悪い。でも、考えてみるとこいつも他に友達なんて居ないんだった。


 加えて地球において他に頼れる相手が居ないともなれば尚更か。


「オレは此方と話すのは楽しい。だが、此方はオレとの話を好まぬのか」

「そうかよ。ま、俺だってお前と話のは嫌いじゃないけど――そういうの、あんま人前で言うな」

「何故だ? 存分に話せよ」


 なんて言おうか。姉ちゃんが心做しか目をキラキラとさせているからって言っても通じないだろうな。


 薄々勘づいてたけど腐ってるっぽいんだよな。基本的に絶対部屋に入れさせてくれないし。休みの度に本名を知らない友達と出掛けてたっぽいし。

 知らない方がいいこともある。


 父さんが帰ってくるまでこの騒々しさは続いていた。

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