10 未明、とある魔術師の死

『昨日未明、東京都梅見ヶ丘市のマンションの一室で男性の遺体が見つかりました。

 下の階の住民が天井からの水漏れに気が付き通報したところ遺体の発見へ至ったとのことです』


 爽やかな朝。

 実家に帰省して4日目。まだ新年の空気が漂う中、リビングで常につけられているテレビからは朝のニュースが流れていた。


『遺体は住民であるかなえ延喜えんぎさんと確認されています。また、遺体に外傷は見当たらず事件と事故、両方で捜査を――』


 叫び声が上がった。この声は姉ちゃんのものだ。ドタドタと走りテレビの前を陣取る。

 あまりの騒々しさに食パンを齧っていたテールの目がきゅっと丸くなった。


「ちょ、ちょっとこれ! うちのマンションじゃない!」

「テレビに家が出ているぞ」


 ニュースを指差し、テールも姉ちゃんの横に並んで居た。

 しっかり見てるからテレビの前にひっぱろうとするな。


「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「父君よ! トウヤ殿の家がテレビに映っております」

「ありゃま。ホントだ」


 気が付けば母さんもやって来て家族総出でテレビに齧り付いていた。ちなみにテールは帰ってきた父さんも攻略したようで仲良くなっていた。


 周りが慌てていると自然と冷静になるもので、俺は比較的落ち着いて流れるニュースを観ていた。

 とはいえマンションの一室で起きた事件なんて一瞬で、次の話題へと移り変わり。


「彩莉、大家さんから何か連絡は来ていないの?」

「まったく無し。そもそも鼎さんが何階の人かも知らないし」


 そういうものなのか。

 事故物件とかは次の住民への報告義務があるけど、現行で人が死んだときの報告までは調べてなかったな。


「このカナエという人間、私の記憶が正しければ501号室の住民でしょう」

「なんで知ってるんだよ」

「模様のような字であったからな。郵便受けを見た際、記憶に残っていたのだ」


 よく覚えていたな。俺はそろそろ入居1年目なのに自分の所以外の郵便受けなんて全く見てなかった。

 どんな記憶力だよと思うものの普通の人間とは基本スペックが違うのだろう。


「上の階から水漏れってことはウチの部屋、大丈夫なのかな」

「通報したのはたぶんだけど、401号室の人じゃないかしら。それなら大丈夫よ」


「そうかな。灯夜はもちろん、私の荷物だってほぼまるまる残ってるのに」

「心配しないで。ほら、借りてる部屋は縁起が悪い数字のところなんでしょ」


 わたわたとする姉ちゃんを母さんが宥めている。縁起が悪いって、404号室でも別にいいだろうが。


 ところでこの鼎さんについてだが、実は知っている人だったりする。ご近所さんだからという意味ではなく。

 漫画で登場していたキャラだから知っているのだ。少し黙り込んだ俺に気づいたテールが小声で「どうした?」と聞く。


「後で話す」


 こればっかりは家族の前で話すわけには行かないしなぁ。



 あれからちょっとした家族会議をして。といってもあまり深刻な話にはならなかった。隣室ならまだしも関わりのない上の階なのだ。

 今は俺の部屋で帰り支度中をしている。冬休みは有限だ。明日には梅見ヶ丘に帰らなくちゃならない。

 

 帰ったら帰ったで他にもやることがあるし。


 もともと来月には姉ちゃんの部屋の荷物を引っ越し先に送る予定だったのだが、前倒しして荷造りをすることになった。テールの部屋が必要だろうと言う配慮だ。


 ただし上の階とはいえ死人が出たマンションへ心理的にまだ帰りたくないとのことで、荷造りは俺たちがやらなきゃならなくなった。


「それで、先ほどはどうしたのだ」


 回転椅子に座り、くるくると暇を潰すように回りながらテールは問いかけた。


かなえ延喜えんぎのニュース見ただろ。死ぬはずじゃない所で漫画キャラが死んだんだよ」

「カナエは重要なキャラなのか?」


 重要か。結果的にめちゃくちゃ重要キャラではあるな。


「ストーリーの中ボス的な悪役。こいつのせいでめちゃくちゃ死人が出る」

「ならば結果として良かったではないか」


 良かったは良かったんだけど余計に原作崩壊が進んだ気がする。

 自分の知っているものから離れていってるんだ。原作通り進めばいいとも思っていないが、一抹の不安はある。


「……そういえば、オレとて漫画では悪役であったな。いったいどのような役回りだったのだ?」


 別に言ってもいいか。知ったところでショックを受けるような奴じゃないだろう。

 出来るだけ客観的になるよう言葉を選ぶ。


「鼎延喜に唆されて一晩で2万人ぐらい殺すんだよ。作中における主人公との最終決戦キャラ。まぁラスボスだな」

「は?」


 理解が及んでいないようだった。どんな数字だよって話なのもわかる。


 鼎だって作中で人殺しをする描写はあるが、それでも数人。

 腑に落ちなかったんだろう。椅子にしっかりと腰掛けるとテールは真面目な顔をして言った。


「数字を盛るのはやめよ。出来ぬとは言わぬが流石に一晩で成すのは難しいだろう」

「怖。できんのかよ」


 でもこれ、第一報みたいな感じなんだよ。2万って数字が出てたのは。

 ちゃんと測定したらもっと被害が大きいんだろうなぁって数字だ。


「具体的にオレは何をした。忌憚なく聞かせて欲しい。……何よりも、その手口に興味がある」


 犯人に手口を教えてもいいんだろうか。うーん、でもこのテールなら教えてもいいか。

 漫画に出てきたテールとは違うんだし。

 ベッドに俺は身体を沈めながら話す。あ、これまだ夏用布団だ。


「魔術師である鼎に力を得る方法を教えられるんだよ。それで封印されてたバケモノの封印を解いてその力を取り込んだって感じだな」


「では2万人の殺害はどうした。核兵器のような魔法でも使ったか? ちなみに今のオレはそのような魔法の行使はできぬが」


 地球において行使する魔法は規模が大きくなればなる程に世界からの抵抗が働く。

 だから魔法式を構築するにも時間がかかる。一晩では難しいだろう。


「封印されてたバケモノが解放されたときに火山噴火が起きたんだよ。土石流で麓は全滅。あと小規模高威力の地震でそっから派生した火災」


「地獄の盛り合わせか?」

「それをパワーインフレ起こした主人公と全力で戦いたいって理由でやったんだ。バケモノの封印について鼎から聞いて」


 信じられないという顔をしながらテールは聞いていた。


 それに関しては作中での人間関係が拗れたりいろいろあった。だから今の状況から信じろといって信じる方が難しいだろう。今はその人間関係すら無いんだから。


「その封印されていたバケモノは今も居るのか。他の者に開放されると手が付けられなくなると思うが」

「居るけど、そいつの封印が解けるのってお前ぐらいしか居ないんだ。だから大丈夫だろ」


 気安く話していて忘れがちだが、テールはバケモノの力を取り込まずとも作中最強クラスの魔法使いだった。


 主人公が後に修業フェーズに入ってパワーインフレを起こすまで単純な火力なら追随を許さない程だ。そのテールがバケモノの封印を解く気がないんだからひとまずは安泰だろう。


 なんなら今現在の主人公に関してはテールと出会っていない以上、魔法や魔術の存在すら知らない。


「あれ? これってもしかして鼎が死ななくてもテールの闇落ちには全く影響が無かったんじゃ……ただ上の階が事故物件になっただけ……?」


「事故物件といえばその魔術師は自然死か、それとも他殺か。どちらであろうな」

「言うなよ。きな臭くなるだろ」


 警察とかが居なくなったらこっそりと501号室の様子を見に行った方がいいだろうか。

 一応魔術師が住んでいたのだ。なにかわかるかもしれない。


 やることと、やらなくちゃならないことが増えてしまった。帰ったらまた今後の方針について考えようと俺は春物の服をリュックへと詰めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る