8 番通路
8という数字は日本において縁起のいい数字とされている。
“八”という数字が末広がりを表しているのだとか。他には八雲や八重桜という言葉があるように、とにかく数が多いことを表している。他には全ての方角を表していたり。
無限の記号である∞なんかも8という数字に似ていて面白いと思う。この状況においては全く面白がっている場合じゃないんだが。
「以上、ちょっとした雑学でした」
「なるほど、そのような意味が数字にこめられていたのか。なるほど無限に続く8番通路という訳だな」
元々オカルトとか、そういうのが好きだった。黄昏の魔法使いでもそういった元ネタから引っ張ってくることが多かったから自分の知っている知識や考察と合致した時は面白かったな。
これは漫画で起きた事象か? というテールの問へ首を振る。こんなの知らない。作中には存在していなかったはずだ。
そもそも梅見ヶ丘という街が舞台の物語なんだから、外へ繋がる道が描写される筈もなく。
はぐれない様に気を使いながら注意してテールと当たりの様子を伺う。こんな所で単独行動なんてしたらテールはともかく俺なんて死亡フラグを全て踏み抜くようなものだ。
「ふむ、拡張魔法、いや、ある到達点まで向かえば初期位置に戻されるタイプの転移魔法……魔法式メビウスなら再現できるか」
ぶつぶつとテールはテールで推論を組んでいたようだが否定する。
この地球においては魔法という選択肢は一旦除外してもいいだろう。
「怪異って言っただろ。だから他には昨日やってたゲームがちょっとしたネットミームにもなってるから強化されてる気もする」
「そも怪異とはなんなのだ。魔物の類とどう違う? 魔力の流れは空間魔法に近いものを感じるがな」
「魔物は独自の生態系もあるし、要は魔法を使う獣だろ。怪異は念っていうのかな、人間の思い込みとか妄想と、いろんな虚構が絡み合って現実に映し出されるモノだよ」
知名度によって怪異も力を増していく。噂話から生じる概念が怪異の力となるのだ。
怖い話をしてたら幽霊が実際に来るぞ、と似ているかもしれない。百物語だって話しているうちに不気味な事象が起きるらしいから。
「他にも魔術とか、
部屋に出た山から来た怪異はその類だろう。
あれの核は山から来たモノか、それとも俺の推論通り有毒ガスだったのか今となってはわからないけど。
「オレの世界でいう自然発生する儀式魔法のようなものだな……知識の置換が上手くいっておらぬのか、トウヤの話を聞くまで繋がらなかった」
「似て非なる事象ってことで実際には別モンなんじゃね? 正直俺としちゃどこまでが地球と異世界で何がイコールの事象なのか検証したいけど。まぁそれは後だな」
そう、今立ちはだかる問題はこの永遠に続く連絡路だ。時間の流れもきっと現実とは違うのだろう。せっかく余裕をもって家を出たというのに予約したバスに乗り遅れると最悪だ。
こっちはチケットを先払いして席を確保してるってのに。試しにスマホでマップを立ち上げるも駄目だ。完全に圏外。
「マクドのクソザコフリーWi-Fi以下だな」
「日本語を話せよ。何を言っているか全くわからぬぞ」
「日本語だよ」
スマホの時間が正常な表示をしていなかったり圏外になっているのはホラーでのお約束だ。わかってたとはいえ実際にそうなると不便すぎる。
現代人らしく無自覚にスマホに依存していたらしい。
こんな状況下でも取り乱していないのはテールが居るからだった。少なくとも漫画知識によって真っ向からテールを何とか出来る相手なんて居ないと知っている。
それだけで大きな安心感を得ていた。
「儀式魔法とほぼ同一のものだと仮定して、ならば怪異とてより強い力をぶつけると消滅するのだろう」
「あー、うん」
「ならばこの通路そのものを砕くか。安心しろ、生き埋めになったとて生還できるよう気を付ける」
言うやいなやテールの周りに光の矢が生成されていく。
これってあのレーザーか? しかもあの時よりも光の数が多い。
「ちょっと待て! ストップ、ストップだ!」
「電車に乗り遅れてしまうぞ」
「この怪異がどれだけ現実とリンクしてるかわかんねぇ。下手したら現実の人間に危害がいくし、現実の連絡路が木っ端みじんになってたら俺たちも補修費用とかで借金漬けになるぞ」
「……そうか」
人的被害か借金漬けか。恐らく後者の理由でテールは光魔法を収めていく。
嫌な話だが電車の飛び込み自殺の賠償金でさえ数千万単位。ならばこの駅構内の連絡路を壊したらどうなるか。
この世界には魔法はなくとも魔術は存在する。テールが魔法で破壊したとしても特定されかねない。
「して、どうする。昨日のゲームのように異常が見つかるまで進み続けるのか? オレは何が正常で異常なのか違いなど全くわからぬぞ」
「俺だってこんな難易度高い間違い探し無理だわ」
ゲームの内容は異常が見つからなければ進み続けるというものだった。でも、これは違うと首を振る。
街の前提を思い出して欲しい。
「ともかく推論を聞いてくれ。この街は人を外に出し辛くする魔術を組んでる訳だ」
「それと無限に続く連絡路は関係がないように思うが」
「その通り。別の魔術と概念、そんでネットミームが絡まってこの怪異が生まれたんじゃねぇかな」
こんな感じの通路を進むといった内容の、SNSや動画でも人気のホラーゲームだったから。ミームが広がると共にゲームのパロディが盛んに行われていた。それだけで
そもそもゲーム自体が誰も居ない連絡路に入ってしまうだなんて都市伝説のオマージュだったっけ。
黄昏の魔法使いでもこういった空間型の怪異にはパワープレイを除けば何かしらの解決策があった。今の無限に続く8番通路も同じだ。
「だから、来た道を戻るぞ。そんで上手くいかなかったらなんとかしてくれ。方法は任せる」
「任された!」
「……お前、ちょっと物分かりが良すぎね?」
行くぞ、と俺の前を行くテール。もう少し疑うとかないもんか。
なんて言ったら「最悪全部壊せばどうとでもなろう」だなんて。頼むから俺の仮説が正しいものであってほしい。
頼む。
「此方に付き合おうとも。しかれどもその結論に至った理由を
「それはな――」
8、すなわち八は末広がりを表している。だから広がる前の根元に戻ってしまえばいいなんて単純な理由だ。
そんでもってこの街の魔術は人の流出を防ぐもの。だから戻る人間には作用しない。そもそもネットミームの元になったゲームだって
一度戻ってからまた連絡路を通ればいい。流石にピンポイントにテール、あるいは俺を狙った怪異じゃないだろう。
なるほど、とテールは呟く。
多少どもりながらも続いた俺の説明が終わる頃には雑多な喧騒が戻ってきていた。
「人間が歩いているな」
「言い方。でもテールがそう言うんなら普通の人間ってことか」
怪異とは人の願いといった妄執や固定観念が形を持った存在だ。だから理不尽でも理不尽なりに解く方法がある。
今回はそれがたまたま俺でも思いつくし実行できる簡単なものだったのだ。
「妙な魔力も些か収まっている。あの空間の怪異自体が魔力を持っていたのかもしれぬな」
「確かに、それはあるかも。あの無限に続く道が怪異として成立してたんだろ」
曲がり角から歩いてくるのはこの年末にも働いているスーツ姿の男性。そして楽しそうな子連れの一団。どこからどう見てもいつもの連絡路だ。
怪異に浸食された空間から現実に戻ってきた。
時刻は8時10分。これなら電車にも間に合うだろう。人の流れに沿って俺たちも今度こそ8番通路を進む。
「それにしてもなんでこんな漫画にない怪異が――あ」
「どうした?」
「軽く触れられた程度だったんだけど、他のキャラが駅構内の怪異を相手にしたって話がポロっと出てたような」
魔術師の同級生キャラが黄昏の魔法使いにはいる。そいつが去年の年末は駅構内の怪異討伐に駆り出されていたと作中でボヤくシーンがあった。
もしかして本来そいつが討伐、もとい処理にあたるはずだった事象を俺たちが引き当てた?
「テールが歩いて埋まってた地雷を起爆させたんじゃないか? 本編キャラ補正的な」
「トウヤこそが歩く度に地雷を引き当てている可能性もあるな。自身の部屋にしろ」
ははは、とお互いに乾いた笑いを零して――顔を見合わせる。
「俺ひとりだとワンチャン死ぬ」
「駄目だ、此方が死ぬと悲しい。守りぬくから離れるなよ」
「それヒロインに言ったセリフと全く同じだな」
今回の怪異はこれといって危害の無いもので助かった。でも、俺の知る漫画知識じゃこの前の黒い靄を含めて初見殺しみたいなのもそこそこ存在する。
チートキャラのテールはともかく、漫画に出てきたキャラはある程度の自衛能力があるのだ。で、俺はというとそんなファンタジー能力なんて全くない。
「そうだな……せめて漫画が完結するまでは守って欲しいかな」
「完結と言わずとも守ると言うのに。そういえば、漫画の中で描かれる時間はどれほどの期間に相当している?」
「1年ぐらいかな」
物語は高校2年スタートで、3年の途中ぐらいで終わっていたはず。
物語を盛り上げる為にその期間には大事件がそこそこ起こるわけで。なんなら犠牲者も居て。
「漫画知識を出来るだけテールに叩きこむからさ、うまいこと俺を生かすのに役立ててくれよ」
「大船に乗ったつもりで構えているがよいぞ。図々しいとは重々承知の上で言うが、此方の持つ知識はオレとて欲しい」
「交渉成立だな。ほんっと偏った知識しかないけど」
漫画知識があったところでどこまで役立つかわからない。だって既に漫画から乖離しているんだから。
でも無いよりはマシ、俺は自分にそう言い聞かせた。
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