7 街の外の物語

 漫画“黄昏の魔法使い”は梅見ヶ丘という街を舞台にした物語だ。


 作中ではどこの都道府県かはボカされていたし、もちろん架空の都市だった。そして今世、俺が住んでいる場所は東京都梅見ヶ丘市と名前が付いている実際に存在する街だ。


 もしかしたら前世でも東京に梅見ヶ丘市はあったのかもしれないけど、そんな細かい市町村なんて覚えていなかった。

 知らないと言った方が正しい。誰しもが東京の細かな地名を知っている筈がないだろう。俺もそのひとりだという話だ。


 前置きが長くなった。何が言いたいのかというと――テールを拾って4日目。帰省の為に梅見ヶ丘を発つ。


 現在地は都内へ向かう連絡通路だ。8番通路と書かれた看板にちょっとだけ何とも言えない気持ちになる。


「昨日トウヤが触っていたゲームとやらにそっくりな場所だな」

「日本の駅構内なんてどこも似たようなもんだよ」


 昨日暇潰しに遊んでいたホラーゲームを思い出してしまった。せっかく黙っていたのに口に出すな。


 そういえば隣で一緒にゲームを見ていたのに一切ビビっていなかったな。


 むしろ珍しいものに興味津々だった。ファンタジー世界出身だけあってホラーの概念もまた違うのかもしれない。


「この先の電車に乗ってから長距離バスに乗るとトウヤの生家か。こうも時間がかかるとは……転移魔法が無いとは不便な」

「電車がねぇ世界に不便とか言われたかないわ。知ってんだぞ、転移魔法が使えるのだって一部の人間だけだって」


 梅見ヶ丘は森林を切り開いて作られた都市だから、当然開発の進んでいない周囲は原生林に囲まれている。その山が邪魔をして夜行バスを使おうにも時間がかかるクソ立地なのだ。


 ちょっとした里帰りだけでも東京とは思えない面倒さなのだ。

 街の外に出るには電車を使うのが一番早く、電車で都内まで出てから長距離バスや新幹線へ乗り換えないといけない。


「漫画でもこのような帰省をするのか?」

「いや、主人公とヒロインは梅見ヶ丘育ち。漫画じゃそもそも街の外に出る描写が無いな」


 俺は中学受験なんてものをしたから梅見ヶ丘に引っ越してきただけ。

 共同生活が辛くて寮生活はハードルが高かったんだけど、運のいいことに姉ちゃんの就職先が梅見ヶ丘に決まった。


 だから居候させてもらえばいいと実家から出て、あのマンションに住んでいるというわけだ。


 うちは中高一貫校だから独り暮らしをしている奴や寮生も多い。確か主人公とヒロインは元から梅見ヶ丘に住んでいる高校入試組だったはずだけど。


「なるほどな。して、この電車とやらの敷地に入ったぐらいか……妙な魔力を感じるが理由はあるのか?」


 長い連絡路、そわそわとしたテールが辺りを見回す。やっぱり魔力の流れとかってわかるものなのか。


 霊感が強い人っていうのはそういった流れを感じやすいって設定だった。

 俺は零感だからもちろん何もわからないけど。


 テールの疑問にはたぶんだけど、と前置きをして答える。


「梅見ヶ丘って人間を外に出さないような大規模魔術がかけられてるから、それじゃねぇかな」

「うん? 出さないとは言うが、オレたちは梅見ヶ丘を発とうとしているだろう」

「あくまでも何となく遠出したいっていうような気持ちを削ぐもんらしいぞ。最初っから出ていく目的があれば強く作用しないってよ」


 そうじゃなかったら仕事とかで来ている人間にも影響があるし。ただあんまり人間を外に出したくないんだというのもわかる。


 この街は新興都市という触れ込みだが、その実国のお偉いさんと裏社会の人間がべったりと絡み合って出来た街らしい。

 裏社会の人間というのは反社ではなく、陰陽師や妖に関係が深い者といった意味だ。


 人間と人外、共存の為の魔術実験も兼ねて街が作られているのだとか。


 こういった情報が本編と関係なくファンブックとかで出てくるから世界観厨の俺は“黄昏の魔法使い”を読んでいたんだよな。


「この街には電車とかバスの路線が多いだろ?」

「よくわからぬが……そも電車すら初めて見たのだぞ」

「多いんだよ。その路線と人の流れで魔術式を作ってるって考察があったなぁ」


 ざっくばらんとした説明だったけどテールはそれとなく理解したらしい。


「人は生きているだけでそれなりの力をもっているからな。大人数の移動する道があれば術式にもなろうよ。人間はどの部位であろうと呪具の素材になるのだ」

「おお。俺としちゃ、魔法とか魔術の話をもっと聞きたいんだけどな。家賃代わりに教えてくれよ」

「構わぬが……オレは魔法を全て感覚でやっているから教示するのは苦手だ。基礎の基礎ぐらいなら教えられるかもしれぬが、つまらぬぞ」


 つまらないなんて言うけど、たぶんテールのつまらないと俺の楽しいは別モンだと思う。ただでさえ浮遊魔法とかをつまらないなんて言っていたんだから。


 今世にしろ前世も超常現象とは無縁だったんだから気になって当然だ。


「だが、此方がその気であるのならばとことん特訓をしようではないか。黎明級の試験ならば一発合格程度を目指すぞ」

「確か魔法使いの一番最初の等級だっけ。気持ちはありがたいんだけどそれな無理だな」

「無理なものか。みっちりと基礎から叩き込むというのに」


 “黄昏の魔法使い”のタイトルだってテールの魔法使い等級から来ていた。異世界に置いて魔法使いにおける最高峰。


 ちなみに黎明級が地方公務員なら一発合格出来る程度の資格なのだとか。


 俺に魔法を教えると意気込んでいるテール、でも多分無理なんだよなぁ。だってこの地球において魔法は希少な能力なんだから。

 例外があるとしたら漫画本編の主人公ぐらい。


「才能がある奴しか魔法は使えないんだよ。それで地球じゃ素養のない奴が多すぎて魔法は廃れて、魔術が発展したみたいだから」


 そんでもって、俺に才能はない。この地球で言う魔法は炎を出したり、物を浮かせたりする超能力に該当する。


 当然俺自身、そんな超能力が使えるわけもなく。


「種火ひとつ生み出すのですら面倒な手順を踏む魔術だぞ……!? 発展する理由がわからぬ」

「ほら、科学がそもそも錬金術の発展形だし。魔法なら一瞬で火が出せるかもしれないけどさ、そもそも才能がない奴はその魔法が使えないんだよ」


 だから手順さえ踏めば誰だって使える魔術が発展したのだ。それでいて魔術は長い歴史の中で科学に取って代わられ、今では極一部が継承するのみ。


 黄昏の魔法使いにおける魔術や魔法はそういった感じだ。未だにテールは正気か? といった疑念の顔を向けている。

 異世界じゃ魔法が当たり前、それでいて貴族王族は魔法の素養が高い者同士で婚姻を繰り返しているから余計に魔法が身近にある。


 魔法が無い世界を想像出来ないんだろう。


「そっちの世界じゃ魔法が使えない奴は死んでも文句言えない感じだったんだろ?」

「……そうだな。日常生活が困難であるうえ、そもそも人間扱いされるかすら怪しい」

「だからさ、そういった奴でも生きられる世界だと思えば地球ここは案外いい世界だろ」


 才能が無いと生きていけない世界より平和ボケしたボンクラでも生きていける世界の方がずっといい。ファンタジー世界に憧れはあるけど、そんなサバイバル世界に転生はしたくない。


 だからこの現代日本に転生出来て良かったと思う。一応即死トラップみたいなのはあるけどそこは漫画知識でなんとかくぐり抜けたい。


「ところで、時間は大丈夫か。日本の電車はしっかりと時刻を守って出発するのだろう」

「ん? そうだな。1分単位で遅れたら謝罪のアナウンスが入るレベル――って、なんだこれ」


 スマホを付けて混乱する。だって、そんなはずない。


 俺たちがさっき乗り換えの電車を降りたのが7時58分。それからあんなに話し込んでいたのに、時間はまだ8時だった。絶対におかしい。


「そもそも、この通路ってそんなに長いもんじゃないんだ」

「ふむ……トウヤ、あの8番通路とそれぞれの行先が書かれた看板を既に3度は見ているぞ」

「マジで? 話してたから気にしてなかったな」


 年末年始ぐらいしか帰省していなかったけど、以前通った時はもっと短かった。

 間違いないかもしれない。俺たちを飲み込んだものは現実を侵食する異常。


「まずい。怪異に巻き込まれた」


 ただ帰省するだけなのになんだってこんなもんが出て来たのか。

 冷や汗をかく俺とは別に、テールはいまいち事態をわかっていないようだった。

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