6 異世界人の戸籍

 さて、腹を満たした所で今後の話しあいだ。

 麦茶を出しながら切り出す。


「テールは地球っていうか日本に定住するつもりか」

「此方に知識があるのならば知っておろう。元より片道切符、再度世界を超えるなど出来ぬ」


 知識を含め、己の全てを日本の土地へ適応出来るように置換魔法を行ったテールにとって今から外国へ行けるはずもなく。

 日本は先進国だ。だから、住み着いてどうにかなるものでもない。然るべき手続きが必要なのだ。


「となると目下必要なのは戸籍だな」


 無戸籍――現代日本において人生ハードモード待ったなしだ。銀行口座や保険証、とにかく普通に生きる上で必要なものが作れない。


 高校は通えるんだったか、そこのところはよくわからないけど就職は確実に困るはずだ。このご時世、戸籍とマイナンバーやらいろいろと紐づけられている書類が多すぎる。


 正直俺も一度拾った以上出来るだけ面倒は見るけど、テールを養い続けられないし。家賃は姉ちゃんが払ってるのと、親からの仕送りもあるけど一番の問題は食費だ。


 男子高校生の食欲を舐めないで欲しい。俺のバイト代でニートをさせるのも癪に障るし自立させなければ。


「戸籍とは簡単に取得できるものなのか?」

「せめて日本人顔ならなんとかなったかもしれないけど、お前は明らかに外国人顔だからな……」

「異世界人差別だぞ」


 あるかそんな差別。ただでさえ移民やら不法入国やらデリケートな問題なのだ。


 スマホで戸籍の取得方法を調べたら役所に相談とのこと。そこで無戸籍の理由も言わなくちゃならないらしい。

 うまく説明できなさそうだし、お役所に直接戸籍を相談しにいくのはナシだ。


「漫画のオレはどのようにしていた?」


 だからテールが疑問にしたように、ここは本編に倣うべきなんだけど――


「漫画でテールの戸籍を用意した相手はわかるんだが、どうやってその人まで辿り着いたかがわかんねぇんだよな」


 作中では戸籍はあるけど詳しい描写はされずにさらっと流されていたし。巻末の数ページで日本国籍を取得だなんて書かれていた程度だった。


 コネをフル活用して取得したようだから、同じように漫画で戸籍を用意した相手と上手く交渉すればとれるはずだ。


「漫画じゃお前のバ先の店長で、マスターって呼ばれてる女の人。この街、梅見ヶ丘の権力者と仲が良いらしくて用意出来たんだとよ」


 よくある物語じゃ前世の記憶とかは黙っているものだけどここでだんまりを決め込んだって何も好転しない。話せる知識は話していく。


 漫画知識を話したところで未来が変わってしまうかも、以前の問題なのだ。既に漫画から離れているんだから遠慮はしない。


「バ先……?」

「あー、バイト先。要は時給労働で、その働き先って意味だ」


 漫画はヒロインとテールの最初の出会いを抜けば高校2年から始まっている物語だった。主人公が異世界の魔法使いと出会って魔法を覚え、怪異を倒す少年漫画。


 そんな作品における時間軸でいうと、俺とテールが昨日出会ったはプロローグ部分のようなもの。

 作中で描写されていなかった空白期間が今の状況だ。


「マスターとやらがいる職場の場所がわからないということか」

「ああ。“セキセイ”ってカフェをやってるみたいなんだけど名前をググっても出てこないんだよ」


 スマホで出した地図をテールへ見せた。地図よりもスマホの方が気になるらしい。異世界にスマホなんてあるわけないもんな。


 今度は「ググる……?」と首を傾げているが無視だ。普通から使いすぎて上手く説明できる気がしなかった。


「この機械を使ったら大体の店は調べられるんだけど、口コミとかも一切出てこないんだよなぁ」

 

 作中ではヒロインたちもカフェへ遊びに行っていたけど、この街は無駄に地下鉄やバスなんてインフラがしっかりしてるから短時間で行こうと思えばどこへでも行ける。


 それでかえって場所が絞れない。


「オレがカフェで働いていたのは休みの日か?」

「バイトしてたのは休みと学校帰りも両方。学校は梅見ヶ丘の中心にあるから地下鉄とか電車を使えば30分もあれば街中どこでも行ける」


「オレは学校に通っていたのか……ふむ、そもそも転移魔法ならば扱えるし距離はさした問題ではないはずだ」


 そうだ、流石に学校も通った方がいいか。中卒はただでさえ就職先が限られてくる。


 しかもテールの場合は地球の中学校すら通ってないんだから学歴がまっさらにも程がある。この学歴社会、なんとかして漫画通り高校に捻じ込めないだろうか。


 思うところがあったらしいテールも暫くして口を開いた。


「オレは労働をしたことがない。だからそのような飲食店で給仕をしていると聞いても実感が湧かぬな」

「それなんだんだけど」


 王族のお坊ちゃんが働いてたらそれはそれで問題があるし当然だろう。でも仕事はカフェのウェイターだけじゃなかった。


 なんせそのカフェは――


「マスターが吸血鬼らしくてな。カフェのウェイターをしてない時は怪異討伐とかをやってたな」

「魔物討伐とおなじようなものか」


 “黄昏の魔法使いは”ジャンルでいうと少年漫画だが、更に詳細な分類でいうと日常バトル漫画になるだろう。偶に大きな事件が起こって、また日常に戻るといった感じの。


 日常4割バトル4割、そしてヒロインとの恋愛が2割ぐらいの塩梅だった。

 世界観目的で読んでたし、むしろ漫画より派生作品とかを好んでいた俺にとっては恋愛要素なんて全く必要じゃなかったけど、それにしてもこの男が。ヒロインとの恋愛話を知っているだけにちょっとだけむず痒い気持ちになる。


 その漫画を破壊してしまったわけだが、今からヒロインと出会ったとしたら修正力が働いて漫画の流れへ向かうのだろうか。


「なんだ?」

「なんでもねぇ」


 きょとりとするテールに首を振る。

 今は冬休み、漫画の開始は高校2年の4月からだから数カ月も先。考えるだけ無駄だ。


「先ほどマスターが吸血鬼だと言ったな。日本にはヒューマーではない種族が多く居るのか」


「基本的に獣人とかは全部人外。そっちの世界で言うヒューマーしか人間じゃねぇし、人外は人間社会から隠れて生きてる」

「なるほど……となると、そのセキセイというカフェも人間が入れぬようになっているのでは?」


 あ、そうか。その視点が抜けていた。


 漫画で飲食店をやっていたのだから、インターネットで検索をすれば出てくると思い込んでいた。飲食店ならGoogleマップやグルメサイトに登録されていて当たり前、そういった固定観念があった。


 こういったサービスは世間一般的な人間に向けたもの。それはあくまでも人間社会に属する店を探す方法だ。


「オレの世界では特定の人種を対象とした人払いの魔法があったのだが、この世界でもそういった魔術があるのではないか」


 まさに。

 その視点が抜けていた。カフェが俺たちみたいな一般人の目から隠されている可能性だ。


「はぁぁあ。余計に探すのが難しくなったぞ……」

「待て、その前に。オレは血筋でいうと夜魔族の血が濃い。この世界では人外に当たるのでは……」


 戸籍が取れるのか? と疑問に思ったらしい。戸籍ってただの人間向けの制度だしな。


 疑問に思うのはもっともだ。

 確か夜魔族といえば、ただ息をするだけで無尽蔵の魔力を生成できる種族だったはず。しかも深夜に近づくほどに魔法の火力も上がるなんていうチート種族。

 でもまぁ、

 

「テールの見た目は人間だし大丈夫だろ。そっちじゃ人間の範囲が広いんだったか」

「そうだな」

「普通の人間は魔法とか魔力があるとも思ってないからバレようがない……と思う」


 言わなきゃバレない、というよりも現代社会じゃ魔法なんて言ったら狂人扱いだ。うん、問題ないな。


 ファンタジー世界じゃ獣人も竜人も吸血鬼も全部人間。そういった細かな価値観の違いも出てくるだろう。


「あーー、やることが多すぎて頭痛がしてきた」


 価値観や知識、常識の擦り合わせに戸籍問題。あとは姉と両親にルームシェアの報告。それで学校どう通わせるか問題。

 異世界人を住まわせるのも大変だ。


 漫画、こういった問題をクリアして高校2年生から物語が始まっていたと思うと凄いな。

 

「オレに出来ることはあるか? すまぬ、他人への回復魔法は苦手でな……最悪かけた場所が壊死して死に至る」

「怖! 知ってたけど最早攻撃魔法だろ」

「そもそも想起魔法が唯一対象にかけられる魔法だったのだ」


 カレンダーを見ると今日は12月26日だった。よりにもよってクリスマスにこいつを拾ってたのか。

 プレゼントは王子様ってか? 予定なんて空っぽで何もないけどなんだか釈然としない。


「テール」

「なんだ?」

「とりあえず俺の家族にお前を紹介するから、2日でお前に日本の一般常識を叩き込むぞ」


 とりあえずは一番簡単に片づけられそうな問題、実家への報告を先にしよう。


 ちょうど年末に帰省する予定だったのだ。たぶん多忙な姉ちゃんも顔ぐらいは見せると思うし、一緒に報告してしまえばいい。


 一旦全部投げて、俺は帰省先の最安値ルートを調べ始めた。


 一方テールはというと、この部屋に結界を張ると張り切っている。

 マンションに施された魔術式の解析に励んでいるようだった。

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