5 異世界コミュニケーション
あんなことがあって。この歳をして恥ずかしながら昨日は客用布団を敷いて、同じ俺の部屋で寝た。
あんなバケモノを見てしまって独りで寝るなんて無理だった。
俺の姉が借りているこのマンションはファミリー向けだけあって部屋はある。
3LDKというやつだ。
さすがに姉ちゃんの私物がまるまる残っている部屋を使わせるわけにはいかないからテールは次からは俺の部屋かリビングで寝泊まりしてもらえばいいだろう。
着替えも暫くは俺の服を着させたらいい。
漫画のヒロインちゃんもテールを住まわせていたけど、そっちは父親の服を着させていたっけ。
「ぁあああああ! トウヤ!」
なんて昨日の回想をしていると悲鳴が響き渡った。悲鳴を上げたのはもちろんテールだ。
「うわっ服着ろ! あと床がびちゃびちゃじゃねぇか!」
絶対にその足でカーペットを踏むなと風呂場から出てきたテールを押しとどめる。
お互い疲れて就寝してから一晩経って、河原に居たのだからまずは風呂に入れとテールを風呂場へと押し込んだのだ。
異世界人に現代の風呂は早かったか。来た道をUターン。風呂場へと戻しながらタオルを用意する。ついでに雑巾を足に引っ掛けて横着しながら水ッ気を拭きとっていく。
「元の世界にもシャワーはあるんじゃなかったのかよ」
「あるが何もしていないのにいきなり熱くなったぞ!?」
「これも知識の置換が上手く働いていないのか。テールの世界のシャワーはどんなもんだったんだ」
「シャワーとは湧き水の魔具から出てきた水に熱魔法をかけるものであろう。これは何もしていないのに熱をもったぞ」
熱すぎる、とタオルに包まりながらシャワーを指差す。うちのシャワーは44度に設定してるから慣れていないとそりゃ熱いか。
ちなみに風呂の温度も44度。縁起が悪いと父さんからはよくぼやかれていた。いいだろ、身体が温もるんだから。
余談は置いておいて。テールはこの地球に転移する際、自身の言語や慣習といった知識を転移した地のもとへと置換する魔法を使っている。
だからこそ、そもそも元の世界で存在しない知識は持たない。置き換える知識が無いのだから当然だ。
黄昏の魔法使いにおいても地球人が使う技術である魔術とテールの使う魔法は別物として扱われていた。
その為に魔術の知識をテールは持たなかった。それを魔法という力業で捻じ伏せる物語ではあったんだが。
「まずこの世界には魔法の概念がねぇんだ。科学で生活が回ってる。このシャワーもそのひとつだな」
「科学……うむ、わかるぞ。おそらくオレの世界でいう魔学に相当するものだろう」
「ここじゃだいたい電気で動かしているけど、確かそっちの世界じゃ魔力なんだっけか」
テールの居た世界では全ての法則が魔力という力によって作用している。それを解き明かす学問が魔学と呼ばれているらしい。
だからシャワーは知っていても使い方の詳細は知らない、などというちぐはぐな知識の置換が行われたのだ。
これはまず日常生活の常識を教えなければならないかもしれない。穴あき状態の知識じゃ何をしでかすかわからないからだ。
それなら何も知らない異世界人として最初から教えた方がいい。シャワーの使い方を教え、風呂場の扉を閉めると何から教えようか考える。
うーん、やっぱり最優先は衣食住か。
考え込んでいると12時の時報を知らせるチャイムが鳴った。誰が作ったのか12時と17時30分には梅見ヶ丘市テーマソングのイントロが流れる。時間がわかりやすくて便利だ。
とりあえず昼飯はカップラーメンでいいだろう。買いだめしていた醤油ラーメンやら塩ラーメンがまだ棚に残っていたはずだ。
俺に前世の記憶があるとテールに開示した以上、これからの立ち回りを相談してくちゃいけない。
とはいえ黄昏の魔法使いの原作知識なんてもうあってないようなものだからあてにはならないが。
ただ、ここさえ超えると平穏に過ごせるだろうというポイントはいくつかある。その対処の相談だ。
「魔力が無くとも湯が出るなど、この国は凄いな」
もう上がったのか。それならちょうどいい。
カップラーメンにお湯を注いでおく。3分なんてあっという間だ。
「ドライヤーの使い方はわかるか? ってもう乾いてる!?」
俺の服をスウェットを着たテールの髪は既に乾ききっていた。
「魔力が無くとも動く機械なるものは素晴らしい。が、こうも一瞬では乾かせまい」
「そのドヤ顔腹立つからやめろ」
地味だけど確かに魔法だと言われたら納得してしまう。なんならさっきさんざんびちゃびちゃにした床の水っ気も綺麗さっぱりなくなっていた。
「魔法使いの証明って想起魔法とかいう意味わかんねぇ魔法を使うより、こういう奴とか物を浮かせるような魔法じゃダメだったのか?」
「そのような幼子でも使えるつまらん魔法で信じたのか?」
「余裕で信じたわ。こればっかりは文化の違いか……」
こいつの世界じゃ魔法は当たり前。んで、浮かせるだとか燃やすだとかよりもちょっと説明しにくい魔法の方が高度な魔法となっている。
想起魔法とは対象にたった一度しか使えない代わりに最も大切な記憶を呼び起こす魔法だ。対象にとって
これはテールから聞いた説明ではなく、俺の前世の知識だ。黄昏の魔法使いは好きな漫画ではあったのだが、一番好きな所はキャラやストーリーではなく世界観だった。
「想起魔法を使える魔法使いはオレの世界でも片手で数えられる程だったのだ。せっかく驚かせてやろうと思ったのに」
「地味なんだよ。ま、火柱とか出してボヤ騒ぎを起こしてないだけマシか」
作中で使っていた攻撃魔法なんてやられたら目も当てられない惨状だ。
昨日の解決策が風魔法で本当に良かった。ちなみにまた怪異が出たら嫌なので今後は戸締りを徹底するようリビングに張り紙をしている。
「む。このようなつまらぬ魔法の何がいい」
むすっとしたテールが指をくるりと振った。
すると光の粒子が集まり、蝶のような形を作った。3匹の蝶がひらひらと舞う。
「うわっスゴ! こういうのでいいんだよ! これ、照明魔法だよな!? 暗い部屋とかを照らすやつ」
「興奮しすぎだ。造形もさして込み入ったものではないし珍しくなかろう」
「だから珍しいんだって! この地球に魔術はあるかもしんねぇけど、俺の常識じゃそんなオカルトなもんは創作でしかなかったんだから」
ゲームでもモンスター図鑑を眺めたり、地理を眺めたりするのが好きな俺は“黄昏の魔法使い”の作りこまれた魔法や魔術といった世界設定に惹かれたのだ。
本編に関係ない用語も多く設定厨の作品などと揶揄されていた本作だったが楽しませてもらった。
その設定でしかなかったものが現実に、俺の前に飛び交っているのだ。ひらひらと周りを舞う蝶に俺は夢中だった。
「もういいか。トウヤ、それはなんだ。先ほどから食欲のそそられる匂いがする」
「あ、悪い。塩ラーメンと醤油ラーメン……っていってもわからないか。昼飯だ、直感で好きな方を選べ」
「ならば右の方が欲しい」
塩だな、とフォークと一緒に渡す。時間を見れば完成まであと少し。
消えていく蝶を名残惜しく思いながらラーメンの完成を待つ。
「ん、3分経ったな。蓋を開けて啜る食いもんだよ」
「なるほど……」
手っ取り早く腹を満たせるインスタント食品、サイコー。
さっと俺がラーメンをすすっているのを見たテールはフォークで同じようにすすり始めた。流石に異世界にラーメンはなかったか。食べ方がわからなかったんだろう。
王族だけあって育ちがいいのか一口ずつフォークに巻き取って食べていた。が二口、三口と食べ進めていくうちに黙り込み――そして顔を上げた。
「なんだこれ!?」
「文句言うなよ」
「違う、美味いぞ。温かなエビも入っている! それによくわからんが肉っぽい美味い具材と!」
「謎肉だな。王子サマの口に合ってよかったよ」
生粋のお嬢様はマクロナルドとかのジャンクは口に合わないらしいから少し心配したけど、ラーメンは大丈夫なようだ。
お嬢様じゃなくて異世界の王子様だからかもしれないけど文句を垂れられなくてよかった。流石に自分の好きなものを貶されるとイラっとくる。
テールを拾って2日目、穏やかなランチタイムが過ぎていった。
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