3 岡町灯夜の推論

 さて姉ちゃんの部屋に閉じ込められてどのぐらい経ったか。


 そんなに時間は経っていないはずだがわからない。スマホを見たら時間なんてすぐにわかるからうちに時計は置いていないのだ。

 そして今はそのスマホもない。リビングに置いてけぼりだ。


「窓かドア、これであいつが入ってくる場所は絞れる……よな? まさか瞬間移動するとかは無いよな」

「あくまでも魔力の最も濃い部分――核から視た動きだが、あれはわざわざ網に空いた穴を潜り抜けていたぞ。身体を捻じ込んでな」


 いきなり部屋に現れるなんてことはなさそうだと考えていいか。

 ひとまずは安全だと思いたい。


 あんなバケモノがいると知識では知っていたけど、まさかこんなにすぐ洗礼を受けるとは思わないだろ。

 

「お前は認識した奴の魔力を辿ってある程度の場所を探れるんだよな? 今どんな感じだ」


 この世界に存在する全ての存在は魔力を持つ。テールは相手の持つ魔力を判別し、センサーのように相手の場所を探知する能力があったはずだ。


 この状況を脱する手がかりは無いかと聞いてみたが首を振られた。

 

「すまぬ……何もわからぬのだ。この建物全体を包み込むように魔物――怪異というのだったか。その魔力で覆われているのはわかる。

 だからこそ先ほどのように近づかなければ居場所が特定出来ない」


 覆っているのは魔力だけか。それともマンショ ンを包み込むほどに大きな身体を持っているのか。どっちだ。


 少なくとも今は近くに居ないってことか。

 あんな怪異、作中には居なかった。だからこれは物語ので起きていた話なんだろう。


 ズキリと痛みを感じて袖をめくる。さっき、バケモノから逃げる際に掴まれたのだ。無我夢中で腕を振って振り払ったその痕。


 大きな手のひらで掴まれたように俺の腕には痣が出来ていた。あ、人間の手みたいだって思ってたけど痣の形的に指が多くね?

 これについて考えるのは辞めよう。


「ちなみに俺の腕が壊死しそうな気配ってあったりするか?」


 呪いとか振りまされるタイプだったらどうしよう。一応聞いとかないとな。

 今の所は見た目相応に痛い程度だ。

 

「魔力は此方のもの以外何も感じぬからただの痣であろう……すまぬ、オレは他人には治癒をかけられぬのだ。それを治せはしない」

「知ってるよ。苦手なんだろ」


 謝ってばっかだな、と笑うと少しだけテールは拗ねたような顔をした。


「テールが居なけりゃどうなってたかわかんねぇから助かってるよ。正直ひとりだとどうしようも無かった」

「そうか……!」


 ほっと、嬉しそうな声が上がる。

 実際あんなバケモノに追っかけられたら対処のしようが無かっただろう。心細く独りで怯え死んで居たと思うとぞっとする。


 一人よりも二人とはよく言ったものだ。


「まだ奴が外に居るのならばオレが出よう。光魔法を放った際には確かに一旦は消失したのだ。何故また現れたのかはわからぬが高火力、広範囲で焼けば完全に殺せよう」

「だから周りへの被害がでかすぎるんだってそれは」


 そういえば作中での戦闘スタイルがまんまそれだったな。街中だろうがお構い無しでファンタジーな魔法を打ちまくっていた。


 きっと今の怪異も同じように対処出来るんだろうけど――俺は待ったをかける。


「怪異ってのは規則性があるんだ。魔物でいう習性って奴かな。それを利用したらなんとかなる……はず?」

「あれにもあると?」


 ああ、と頷く。前世の記憶である漫画知識を前提に考える。


 もしもテールの使った想起魔法で思い出したものが前世の記憶なら、きっと今みたいな状況に役立てる為だ。


「あのバケモノについて、いくつかの根拠と推論を聞いてくれ」


 頭の中に散らばった情報を吐き出そう。

 テールに話すようで、実際は俺が情報整理の為に並べ立てるようなものだ。


「前提として人ならざるものってのは招かれなきゃ入って来れない。あいつが完全に部屋ん中に入ってこれたのは自分が招かれたって拡大解釈しやがったからだ」


「窓を開けていたことか?」

「それもあるけど、完全に部屋ん中に入ってきた理由は別。部屋の中に居た人間――お前が光魔法で網戸に穴開けたのを招かれたって解釈したんだよ」


 うっと縮こまってまた謝りそうなテールを止める。あくまでも入ってくるきっかけだ。

 迎撃しようとした行動は間違っていなかったと思う。めちゃくちゃ気持ち悪かったし。


「窓を開けっ放しにしたこと。怪異が現れたトリガーはそれだ。このマンション、深夜には必ず窓を閉めろって入居規則があるんだよなぁ」

「あのような怪異が居ると最初に知らされては居なかったのか!? いや、そも現れなければ何も問題は無いか」


 今まで一度も規則違反をしなかったのかとテールは驚いていた。


「どうして今まで守ってこられた。規則違反をすると重罰でも食らうのか?」

「罰則とかは特にない。でも、守ってこれたのは、絶対に窓を閉めるって感じに暗示魔術でもかけられてたんじゃないかな」


 疑わずに同じ習慣を続けていたってのもおかしいし。それがテールというある意味異常存在と出会って解けてしまった。


 暗示魔術には強力なものから緩やかに持続性があるものと言った感じに種類も多い。だが、ふとした瞬間に解けてしまうことだってあるのだ。


 だから、俺の住む部屋へ怪異が現れた。


「で、あれが何の怪異かというと山から来たナニカなんだと思う」

「確かに窓から見える風景は他とは違い暗かったな。あれは山だったのか」


 テールにとっちゃ、この現代日本はどこかしこ電灯が連なり明るいものなんだろう。だから暗いものが山だとすぐに結びつかなかったのかもしれない。

 

「この街――梅見ヶ丘は魔術的な記号が散りばめられてるんだ。うちのマンション、この建物の構造を覚えているか?」

「……四角い建物の中を突き抜けるように廊下があった。廊下の中心のエレベーター? を使い404号室まで来たな」


 そうそう、と肯定する。改めて考え直すとこのマンションの構造も周りとはちょっと違うと気が付いた。俺の実家は一軒家だったからあんまりマンションとは馴染みがなかったけど、よく考えると普通じゃないのかもしれない、なんて。


 だって、マンションの出入口ってトンネルみたいに建物の中央に直線を通るものなんだろうか。

 しかもそのエントランスと出入口を繋ぐ廊下が通じる先は駐車場とかじゃなくてただの山。あと裏口は裏口で別にある。


 おまけに、そこそこ立派なエントランスと廊下に対してガラス一枚の隔たりすらない。

 

「日本には鳥居ってのがあってな」


 姉ちゃんの机の上のノートとペンを拝借して簡単に形を書く。検索して写真を見せたかったがスマホをリビングに置いてきてしまったのが悔やまれる。


 壊れていたら辛い。無事を祈ろう。


「この鳥居は真ん中が神様の通り道になってるんだ。そんで現世と神様が住まう異界の境を表す象徴でもある」


 簡単に鳥居の図と並べてマンションの正面図を描くとやっぱり。マンション中央をトンネルみたいに突き抜ける廊下。

 鳥居と同じ形みたいに見立てられる。

 

「つまりは鳥居と同じようにマンションの中央を通る廊下こそが神の通り道になっていると?」


 理解が早いな。そうだと頷く。


「昔から山には神様が居るって言われてる。それでなくても山は異界だって考えられてて、人間を超えた力があるって信じられてた。

 だからそのエネルギーを、鳥居みたいな概念のマンションを建てて門にして取り入れたかったのかもしれない……なんてな」


 俺の住むマンションは異界との境にして、街中へ害虫が入らない様に隔てる網戸のような役割だ。山にいるものを何でもかんでも街へ迎え入れる訳には行かない。


 だからマンションを使って鳥居の概念を模した正規の道を作り、善いものだけを取り入れているとしたら。

 窓を閉めなければならないのは、マンションへと集まった善くないものを部屋に招き入れてしまうからだとしたら。


「その推論からはどのような結論が導き出される? オレはどうしたらいい」

「テール、お前の力を借りたい」


 任せよ、と異世界の魔法使いは得意げに笑った。

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