悪いニュース


 太陽フレアがホライゾン基地を直撃した。

 クルー達は地下に潜り、宇宙服を着用。直撃の電磁波から身を守っていた。地下室の電気が暗転したのち、非常用のバッテリーに切り替わる。そのタイミングでハミルトン飛行士は叫んだ。


「全員!生きてるか!?」

「はい!」

「こちらは全員無事です!」


 仲間の飛行士達から次々と無事が聞こえ、自然と安堵の表情を浮かべる。どうやら直撃で体を崩した者は居ないようだ。


「原子炉は!?」


 ハミルトン飛行士は第一に、原子炉の心配をした。


「コンソールは上です。行きましょう」

「ああ」


 ゴードンはハミルトン飛行士を連れ、電磁波の衝撃が未だ残るホライゾン基地に戻った。

 地表のホライゾン基地では、あちこちのブレーカーから火花が散っていて、危険な状態だった。非常用電源もいつまで保つか分からない。

 私たちは東棟に行き、原子炉のコントロール室に入った。部屋の電源は非常用が用いられ、赤い照明だけが付いている。


「ゴードンは冷却装置を。私は温度を見る」

「了解です」


 ゴードンは冷却装置の状態を確認するべく、コンソールのパソコンを立ち上げた。しかし、エラーが発生しているのか動かない。

 私は次に、宇宙服のライトを点灯しアナログの機器を探った。古めかしいメーターと電球だけで構成されたコンソール。冷却装置は、


「……一次冷却循環系が作動してない」

「なんだと?」


 私は冷却循環系の装置のうちの一つが作動していないのを発見した。真っ先に、太陽フレアによる制御機器の故障が疑われる。


「装置は砂で隠してたんじゃないのか?」

「もちろん。ですが、太陽フレアが予想以上に強力だったものと思われます」

「砂の壁程度では防げなかったか……」


 私は傍の机に収納されていた緊急時の手順マニュアルを手に取り、それを机に置いて速読する。手順に則り、原子炉を冷却しなければならない。


「冷却装置は原子炉の命です。今すぐ手を打たなければ、原子炉が溶解しメルトダウンを起こします」

「分かっている!おい、もう二人くらい来てくれ!」


 ハミルトン飛行士もマニュアルを手に取り、原子炉の制御を始めた。

 原子炉の扱いに関する資格がある。基地司令として、もしもの時の原子炉スクラムの権限を持っているのも彼だった。

 応援を二人ほど呼び、彼らは制御棒の挿入を開始する。


「この際、原子炉を一旦停止する。制御棒を挿入するぞ」


 ハミルトン飛行士がコンソールを操作して、制御棒を挿入した。これでしばらく経つと原子炉が停止されるはずだ。今は様子を見るしかない。

 そうして制御を行っている最中、通信担当の飛行士が走って駆けつけた。すぐさまハミルトン飛行士を呼ぶ。


「ハミルトン飛行士!」

「なんだ、こっちは忙しいんだぞ」

「基地の外のソ連側から、通信です」


 通信士はそう言ったのを聞き、ハミルトン飛行士もソ連側の存在を思い出した。そういえば、我々は捕虜移送作業の最中だったなと思い出す。捕虜たちはまだ地下のはずだ。


「……彼らの方は無事なのか?内容は?」

「それが……あちら側は、使者を数名基地に入れさせてくれと言っております」

「まさか……」


 まさか彼方の方でもトラブルが発生したのだろうか。いや、そうだと思うのが自然だろう。

 確かに彼らは着陸地点に日傘のようなものを立てていたが、これだけ強力な太陽フレアだ、あんな日傘程度で防げるものではないだろう。


「仕方ない……武器を持ち込まないことを条件に、使者を受け入れるんだ。そちらの指揮は……ゴードンに任せる」

「……了解です。行ってきます」


 ハミルトン飛行士は原子炉の様子を見ながら、私に現場の指揮を任せた。私は新しく来た原子炉担当の飛行士たちに現場を任せ、急いでエアロックの方へ向かう。


「ゴードン隊長、原子炉は……」


 途中、ブライアンが心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫さ、まだなんとかなる」


 私はそう言った。私とブライアンはエアロックのハッチを操作し、ソ連側の使者を受け入れる準備を行なった。


 しばらく与圧作業を行い、ようやくエアロックが開いた。

 若干の蒸気が舞いながら、ソコル宇宙服に身を包んだ五人の飛行士達がホライゾン基地に入ってきた。情報通りだった。

 だが様子がおかしい。四人のうち、二人はその場で倒れそうなくらい体調が悪そうだった。

 慌ててブライアンが、倒れそうな彼らに手を貸した。他の飛行士達も、倒れそうな彼らに手を貸す。


「ど、どうしたんですか?」

「……すまない、こちらのトラブルだ。負傷者があと数名いる。こちらで宇宙服を脱がさなければならないんだが、よろしいか?」


 ブライアンはゴードンの方を見る。


「ゴードン隊長」

「俺は構わない。だが施設を貸すのは──」

「施設は借りない。我々の衛生兵だけで治療する」


 指揮官らしき飛行士は、すぐさま与圧された宇宙服を脱がしはじめた。口元に酸素マスクを付けて、酸素量を調節しながら電磁波にやられた飛行士達を治療する。

 それを見て、私は衛生士が傍に運んできた救急キットから、ヨウ素剤を取り出した。それを相手の飛行士に差し出す。


「一応、ヨウ素剤だ。医療品はいくらか使ってくれて構わない」

「……感謝する」


 指揮官はヨウ素剤の袋を取り出し、裏面を見た。そこには日本語で表記が書かれている。


「ふんっ、日本製か。食品みたいに不純物が入ってないと良いんだが……」

「そうは言ってられん。日本製は物持ちがいいんだ。それも最初の頃に運ばれた錠剤だよ」


 袋を開けた指揮官は、ヨウ素剤の錠剤を治療中の飛行士の口に入れる。そして飲料水を取り出し、口に刺して錠剤を飲み込ませる。

 これで防げるのは放射線被曝の進行だけだ。他の電磁波による影響は、さらに治療を進めなければならなかった。









 一方、月の軌道上。

 戦闘往還機"バイカル"と宇宙船"コロンビア"は、機体の燃料が入っている底面を太陽に向け、太陽フレアの電磁波を防いでいた。

 液体水素燃料はこのような電磁波を和らげてくれるため、機体の翼を盾にしたのだ。


「大丈夫か、お前ら?」

「大丈夫ですよー」


 アレクセイの問いかけに、パベルが答える。それに対して、ニコライは頭をぶつけていたのか後頭部を摩りながら文句を垂れる。


「いてて……も、もう少し安全な操縦をしろ!」

「申し訳ありません、緊急事態ですので」


 アレクセイは飄々と返す。そう言いながら、操縦桿を前に倒してゆっくりと機首を巡行方向に持っていく。


「コロンビアの方は?」

「同じように燃料タンクを盾にしていましたね。ほら、今機首の向きを巡行に戻しています」


 窓の方からコロンビアを見れば、確かに機体がゆっくりと前へ傾き、機首を巡行方向へ向け直していた。どうやら中の乗員は生きているようだ、彼方も問題はなかったのだろう。


「アレクセイ、作戦再開だ。再び警告を送れ、今度は威嚇射撃も使うんだ」


 安全を確認したところで、ニコライがそう言った。このような緊急事態でも作戦を続けさせるつもりなのかと、アレクセイは少し困惑していた。


「まだやるんですか?」

「当たり前だ!月面封鎖はまだ達成されていない!作戦を続行し、アメリカ人どもを──」


 ニコライが言いかけた時、手元の通信機器がコール音を鳴らした。アレクセイは応答ボタンを押し、マイクを手に取った。


『こちらHQ。バイカル、応答せよ』

「こちらバイカル、感度良好。いかがされたか?」


 通信はモスクワ州の地上管制からだった。背後からは何人かの人の声がしていて、騒いでいるのがわかる。管制官は開口一番こう言った。


『良いニュースと悪いニュースがある。どちらが聞きたい?』

「良いニュースから」

『よし。まずアメリカのホライゾン基地が、この太陽フレアにより機能不全に陥ったようだ』

「それは朗報ですね。今すぐ制圧すれば月は我々のものです」

『では悪いニュースを伝える。我々の飛行士達もホライゾン基地の周辺にいた。予想以上の電磁波により、多数の負傷者が発生している』


 管制官が伝えてきた二つのニュースを聞いて、機内の三人は顔を見合わせた。

 悪い方は相当悪いニュースのように感じる。現地で戦闘は発生していないが、負傷者は発生したと言うことか。

 良いニュースの方も、よくよく考えればあまり良いニュースとは思えない。もし彼方の基地でトラブルが発生したら、誰が我々の負傷者を匿うのだろうか。


「……大丈夫なのかそれ」

『それからもう一つ悪いニュースだ』

「ちょっと待て、二つ目があるなんて聞いてないぞ」

『悪い、今入ってきたんだ。……太陽フレアの第二波が、90分後に月に到達する。そちらで備えてくれ』


 その報告に、三人はまた驚愕した。一回目のフレアですら相当強力で、月面の同志達に被害が出ている最中に第二波が来るという。状況が心配でならなかった。


「マジかよ……」

「月面の同志達はどうなる!?」

『どうもこうも、次のフレアが来たらおしまいだ。大隊は戦わずして壊滅状態。仕方ないから人員をホライゾン基地に匿わせてもらうしかない。政府もその見解で一致した』

「むぅ……」


 流石に政府の方も、この緊急事態を受けホライゾン基地に人員を匿うしかないと判断したらしい。政府の存在を持ち出されては、ニコライも黙るしかなかった。

 だがここで、アレクセイがマイクを取る。今の話を聞いて思いついたことを、HQに報告する。


「……HQ、今の状況を整理すると、大隊が持っていった日傘は役に立たなかったんだな?」

『ああ。どうも耐熱シールドに薬液を入れただけでは抗力にならなかったらしい』

「だが、俺たちの方は無事だ。液体水素の燃料が俺たちを守ってくれてな。そこで、提案なんだが……」


 アレクセイ飛行士はそう言って、自身が考えた提案を伝える。

 その内容に地上管制は、実行するかをしばらく迷っていた。それは確かに効果があるかもしれなかったが、政治的な問題がある提案だった。

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