第29話 急転


 「よしよし、上出来だな」


 買い物を終えた俺の気分はここ数日の中で一番と言って良いほど高揚している。師匠には大丈夫だと言ったものの、街中で知らない人にジロジロと見られ、知り合いからは何処か気をつかわれるように話されることで感じていたストレスが多少なりと解消されている感じがする。


 フリッツ捜査官との2度目の会合から3日が経ち、今日は待ちに待ったバザーの日。早朝から広場に向かった俺を出迎えたのは、あの時のような閑散とした空間ではなくどこか異国の雰囲気が漂う、俺の記憶にある通りの活気に満ちたバザーだった。


 師匠に頼まれた品も自分でもびっくりするほどあっさりと手に入れることが出来、この街では滅多に見ることのない南方の食材を使った料理を売る出店で買い食いしながら、ブラブラと色々な店の中をのぞきこみながら今に至る。


 「さて、真っすぐ店に帰るにはまだ時間があるけど……どうしようか」


 色々と見て回ったが朝が早かったことあってまだ昼前だし……あっ、そういえば!


 「まだ受け取りに行ってなかったな」


 晩餐会に出かけた時に着ていた俺と師匠の礼服、クリーニングに出したまま受け取りに行くことをすっかり忘れていた。まぁ、あんな事件があった後のゴタゴタの中でしわくちゃのままクローゼットに置きっぱなしにしなかっただけでも俺は自分の事が偉いと思うけど。


 ……クローゼットの中に『トリフガル』が逃げ込まなかったら完全に忘れていた気がしないでもないが、最終的に見つけることが出来たのだから結果オーライだろう。


 さて、そんなことを考えているうちに、何時も俺が通っているマリエンブルク最大の呉服店アルワンに到着した。この街一の荘厳さと立派な装飾で彩られた聖エルマ教会ほどではないが、それに匹敵するほどの意匠を凝らした石造りの建物であり、誰もが一目見てアルワンという店の力を理解できる。


 (この時間なら大体マリアさんがいるし、せっかくだから少し話でもしていこうか)


 そんなことを考えながら扉を開けた俺の視界に映ったのは彼女ではなく、短い黒髪と細い目が特徴的なガラの悪そうな中肉中背の男、アントン捜査官だった。


 アントン捜査官は一人ではなく、彼と同じ色のマントを羽織った男が五人ほど店内にいて、全員で威圧するように受付の前に立っていた。


 「そんな、急に言われても困ります」


 彼らの相手をしていたのは店長兼オーナーのアルベルト・ブルーメさんだ。その隣にはマリアさんの姿も見える。


 「極力そちらの仕事に影響が出ないようにいたしますので、ご協力をお願いできませんかね?」


 アントン捜査官の話し方はあの日よりも温和だが、その声のトーンは有無を言わさぬ強さがある。


 「しかし、いくらなんでも事件当日に市庁舎に足を運んだ従業員全員の事情聴取を再度するというはやり過ぎではないでしょうか? それも、ここで話を行くのではなく署の方に連れて行かなくても……」


 アルベルトさんは心底困惑した声を出している。確か、あの日の晩餐会に駆り出されたスタッフの服は自前ではなく運送ギルドの方からの依頼を受けてここで仕立てたんだっけ?


 「上からの命令でしてね。そう心配なさらなくても2、3日もあればお返し出来ますから」


 「そんな、それほどの長い時間拘束すると言うのですか!」


 アルベルトさんはぐっしょりと汗でぬれた額をハンカチで拭きながら悲痛な声で訴えた。


 「あくまで目安ですよ。こちらとしても人手が足りないものですから。1人1人から伺うとなると1人当たり30分程度……そういった時間が積み重なるだけで結構なモノになるんです。ここだけではなく、他の関係先の方々にも来ていただくことになっていますので」


 「なら、他の方々の調書が終わってからでも……」


 「残念ながらそういうわけにはまいりません。我々には事件に関係のある者達を全員連れてこいと言われてますので、こちらの従業員だけ後回しにすることで出来ないんですよ」


 「しかし……」


 言い返そうとするアルベルトさんを遮るように僅かに語気を強めてアントン捜査官は言う。


 「それともアレですか? アルワンの方々は何か、事情聴取をされたくない理由でもございますかな?」


 「まっ、まさか!そのようなことあるはずがありません!」


 「なら、我々の聴取を受けていただけますかな?」


 「うっ……」


 アルベルトさんは言葉を詰まらす。それに対し、アントン捜査官はいくらか表情を和らげ、まるで相手を落ち着かせるかのように話す。


 「すぐにと申しても大変でしょうから。今日の所はこれで引き上げます。そしてまた明日伺うことにします。それまではどうぞお仕事に精を出してください」


 その場から立ち去ろうとする直前、アントン捜査官は「あっ」とわざとらしい声を出し、アルベルトさんの目を見た。


 「そうそう、一つ言い忘れていましたが明日まで件の従業員の方々には出歩かないように伝えてください」


 「それは……」


 「理由をお伝えする必要がありますかな?」


 「……いえ」


 「結構。あなた方としても無用な疑念を生じさせたくはないでしょう? では、我々はこれで失礼します」


 最後に一度だけマリアさんに目を向けるとアントン捜査官は一緒にいた5人と一緒に店から出て行こうとする……直前に俺と目が合った。


 「おんやぁ? こんなところで何してんだてめぇ?」


 そして白々しくもそんなことを言ってのけた。この店に俺が入ってきたときお仲間と一緒に俺の事を確認したにもかかわらず。


 「それは……服を取りに来たんですよ」


 「はは、それは当然だな。良かったな。明日だったらきっと閉めてたぜ、ここ?」


 自分がそう仕向けているのに俺にそんなことを言うアントン捜査官。なんだろう、どうしてこの人は俺に対してこういう態度をとるのかその理由が全く分からない。


 「どーせ、聞いてたと思うから言うが、ここ以外にもあの日かかわっていた連中の店は多かれ少なかれここと同じことになっているぜ。俺の言いたいことが分かるか?」


 「僕にも迎えが来るまでジッとしていろってことですか?」


 「ああ、そういうことだ……と言いたいとこだが、残念ながらそんじゃねぇんだ」


 アントン捜査官は大仰に顔に手を当ててガックリと肩を落とし、誰が見ても分かりやすく自分が落胆している姿をアピールした。


 「薬品ギルドは今回対象外だ、良かったな」


 絶対に思っていないようなことを口にするアントン捜査官。しかし、その言葉を聞いて俺の心の中には喜びよりも疑問が浮かび上がってきた。


 「その、どうして対象外なんですか?」


 「なんだ、事情聴取されてぇって言うんならてめぇだけしょっ引いても構わねぇぜ?」


 「あ、そういうわけではないのですが……先ほどの話を聞きますとあの日、市庁舎にいた人を全て対象にしているなら何故僕達が外されるのか理由が分からなくて」


 「なるほど、いくら間抜けなてめぇでもそれくらいの事は思いつくか」


 アントン捜査官は正解を導き出した幼児を相手にするような目で俺を見る。


 「だが、その理由を教えることはねぇな」


 「どうしてですか?」


 これは、あれか。公権力が薬品ギルドを目の敵にしているというわけなのか? それとも俺個人が何かこの人に不快感でも抱かせているのか?


 「教えてほしいか? 俺がめんどくせぇのさ」


 ……これは、後者の考えに近い、のか?


 「別に隠しているわけじゃねぇから聞きたきゃその辺の誰かから聞きな。だが、てめぇもこれ以上俺らに目をつけられたくなかったら無駄に外をウロウロするなよ?」


 最後に念を押すようにドスの利いた声で俺の顔を睨みつけながら言うと、今度こそアントン捜査官は連れの5人を引き連れて出て行った。


 「何と言うか……嵐のような人だなぁ」


 彼らの出て行った扉を見ながらついそんなことを口走ってしまう。おっと、そんな感想を言っている場合じゃない。


 俺は受付の方に向き直り、すっかり意気消沈しているアルベルトさんとマリアさんの方に向かった。


 「あっ、カズオさん。すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって」


 マリアさんは俺がどのような言葉をかけようか考えた僅かな間にそう言ってきた。


 「そんなことはありませんよ。それよりもどうして市警の人達は急にあんなこと言ってきたんですか?」


 「それが、毒が入った小瓶が市庁舎で見つかったそうなんですよ」


 「毒が見つかった? ……どうしてまた今になって? もう、既に大掛かりな捜査をして何も見つからなかったんじゃないですか」

 

 晩餐会の料理に盛られた毒は、あの晩行われた捜査ではソースの入っていた鍋からしか検出されなかったという話は聞いていた。その為、事件の翌朝からその次の日の晩まで、100人以上が動員され念入りに市庁舎の捜査が行われた。その間、俺を含め事件当日にあの場にいた全ての人間は市庁舎の一室に留め置かれ、市警の人がずっと監視の目を光らせてた。


 勿論、俺達もただ部屋で待っているだけでなく毒の捜索中に身体検査もあったし、フリッツ捜査官以外の捜査官からも事件のあった日の事を細かく調べられた。


 それでも、毒は市庁舎の何処からも、そして晩餐会に関わった全ての人の持ち物からも見つからなかった。だからこそ、俺達は解放され元の生活を送ることが許されたはずだった。なのに、今になって毒が見つかるなんてことがあるのか?


 「それで、何処で見つかったんですか?」

 

 「捜査官の方が言うには市庁舎西側の1階端、裏庭に近い方の部屋だそうです。事件当日はスタッフの人達の控室として使われていた場所です」


 俺は脳内に市庁舎の地図を思い浮かべる。上から見ると漢字の『凹』の字に近い建物で、その西側の内側あたりの部屋だろうか? まぁ、行ったことないから想像に過ぎないけど。


 「でも、そんな場所にあったのならとっくに見つかっているはずだと思うんですけどねぇ」


 「私もそう思ったんですが、市警の人は自分達の目を盗んで捜査が終わった後に置いたんじゃないかって」


 「まさか、監視の目がある中でそんなこと無理ですよ」


 「ただ、可能なことは可能だからと。ほら、あの捜査があった日、私達は西側の2階と3階の大部屋で待機させられたじゃないですか? だから、帰りにあの部屋の前を通ることが出来たと市警の人は言ってました」


 ふむ、確かにあの日市庁舎にいた人を見張っていた市警の人の数はあまり多くなかったし、一人くらいなら帰り際にスッと控室に入ることも出来たかもしれないけど……


 「でも、身体検査はどうしたんです? どんなに小さくても瓶なんて持ってたら気づかれるでしょう」


 「さぁ、それ以上の事は話してくれませんでした」


 マリアさんもその点は気になるようで眉根を中央に寄せて首をかしげている。


 「うーん、どうにも妙な話ですね」


 「いや、私にとってはそんなことよりも明日からの仕事の方が心配だよ」


 俺達の会話に割って入ってきたのは先ほどまで肩を落としていたアルベルトさんだ。その声は聴くだけでこちらの気分が暗くなるほどに重い。


 「3日……いや、2日もごっそりと従業員を拘束されてしまっては納期に間に合わない。どうしよう」


 アルベルトさんは自分の指を使って日数の計算をしながら誰に言っているのか分からない程か細い声で話す。


 「店長……心苦しいですがこうなってしまっては先方に待ってもらうしかないのでは?」


 「いやいや、そういうわけにはいかないよマリア君。このアルワンはどんなことがあっても最初に交わした契約を厳守するのがモットーだからね。たとえ、こんな事態になろうと納期を変更するようなことは出来な……そんなことを言っている場合でもないか」


 熱弁を振るうもののあっという間に尻すぼみなっていくアルベルトさん。丸々と太った立派な身体が今日はとても小さく見える。


 「こうなっては仕方ない、か……明日から2日は休みにするとしよう。先方の方には私が話をつけるよ」


 「店長……」


 アルベルトさんは覇気のない顔をマリアさんに見せる。


 「マリア君、今日は早いけど君はもうあがりなさい。店の今後も大変だけど、それ以上に君の方が心配だ。彼らにどんな厳しいことを言われるか分からないのだから、今日は休んで体力をつけておくんだよ」


 「店長、ありがとうございます」


 「いいんだ、従業員も守れない私は店長として恥ずかしいよ。カズオ君、こんな私の店だがどうも今後ともご贔屓に」


 「アルベルトさん……」


 彼は力なく俺に笑うと、「先方に話をつけとくから、マリア君はクルト君に仕事を代わってもらいなさい」と言ってフラフラとしたおぼつかない足取りで店の奥に引っ込んでいった。


 そして、広い受付に俺とマリアさんだけが残された。


 「えっと……あっ、そうだ。カズオさん、受け取りですよね」


 瞬き程度の短い静寂を挟んでマリアさんがいつものトーンでそう言ってきた。


 「でもアルベルトさんが言っていたようにマリアさんはもう休んだ方が……」


 「いいんですよ。せっかくここまでいらしたのですから私が持ってきます」


 「ありがとうございます」


 「いえいえ、こうなってしまったとしても仕事は仕事ですから」


 マリアさんの顔に笑顔が戻り、「では、少し待っていていください」と言ってパタパタと足音を立てて奥へと引っ込んでいく。


 そして、俺は広い受付に1人となった。


 「ふぅ、何でもないはずなのになんか疲れたな」


 俺は受付の傍にある長椅子に腰かけマリアさんを待つことにする。

 ぼんやりと天井を眺めていると色々なことが頭の中に浮かんできた。


 「それにしても、妙な話だなぁ……」


 ここ2週間近く何の音沙汰もなかったというのに急に関係者の一斉捜査。それも半ば逮捕に近い拘束を行うなんてマリエンブルク市警は何を考えているんだろう?


 それに、毒の入った小瓶のこともそうだ。鼠一匹逃さないほど念入りに調べていたというのにいくら小さくても瓶のようなあからさまな怪しい物をちょっと前まで見逃すことなんてあるか?


 情報がないからこれ以上詮索することも出来ないし、妙に首突っ込んでアントン捜査官に睨まれるのも嫌だなぁ。


 でも、マリアさんだけじゃなくて、トゥルフゼフスさんやローラさん、それにフロリアンさんも連れていかれて、あのイヤーな人達と数日間顔を合わせてアレコレ聞かれることになるんだろうなぁ……


 「とかなんとか、考えても俺に出来る事なんてないし……ハァ」


 ため息をついたところでいい考えが浮かぶはずもなく、沸き上がってきたモヤモヤと暫く付き合っていかなければならないことを覚悟していると不意に「バンッ!」と扉が勢いよく開け放たれた。


 「ちょっとマリア聞いてよ! さっきいけ好かない赤マント共がウチにきてさ……あらいないの?」


 入って来るなり大声で愚痴を言ったローラさんはズカズカと大股であちこちを見回し、誰もいないことに気づくとドカッと俺の横に座り、グリンと首を動かしてその宝石のような青い瞳を俺に向けてきた。


 「それで、カズオはこんなとこで何しての、暇つぶし?」


 「えっと、服を取りに来たんですよ」


 なんかいきなり話しかけてきた。


 「そう、あたしはマリアに愚痴を聞いてもらって、あわよくばちょっと付き合ってもらうと思ってたの」


 「はぁ、そうですか」


 「ホント、やんなっちゃうわよね。あの赤マント、店にやって来るなり偉そうな声で、『後ろめたいことがなかったら大人しくついてこい』、だってさ。こっちは繁忙期だって言うのに全然そんなこと考えてくれないし、もうやんなっちゃう。カズオもそう思うでしょ?」


 「そうですね」


 訊いてもないのにアレコレと話し始めるローラさん。なるほど、そっちの店にも市警の人が来てご立腹なのは分かった。


 「ローラさんは確かレストランで働いてるんでしたよね」


 「そうよ……って、あれまだその話してなかったかしら?」


 「あの日はお忙しそうでしたし、その後はあんなこともありましたから」


 「そういえば、アタシはカズオのこと知ってたけどあたし達がこうやって話すのって初めてだっけ?」


 「はい、そういうことになりますね」


 「カズオって中央通りってよく行く?」


 「週に一度程度です。中央交差点のルスター精肉店。あそこに買い物に行くくらいですかね」


 「『ルスター精肉店』を知っているなら話は早いわ。あそこと通りを挟んですぐのレストランで働いているの」


 「通りを挟んですぐ……もしかしてナイムジークですか?」


 「ほら、やっぱり知ってた」


 ナイムジークといえばマリエンブルクでもその名は知られている有名店だ。何時も予約でいっぱいだし、中々なお値段をすることもあって俺とは縁のない店だとしか思わなかった。


 「あたし、あそこで働いてもう7年くらいになるんだけど、結構いいところよ? まかないを美味しいし、給料も悪くないわ。まぁ、休みが少ないのは玉に瑕だけどね」


 ローラさんは自慢げにウィンクし、その直後にため息をついた。感情の落差が大きい人だな。


 「でも、今はそんなことよりもあの赤マントよ。そのせいでホント大変なんだから」


 「事情聴取の件ですか」


 「あら、カズオは何でそのこと知っているの?」


 「先ほどまでこの店にもいましたので」


 そういうと、ローラさんはあからさまに不快な表情を作った。でも、アントン捜査官の不快気な顔よりもずっと魅力的に見える。


 「薄々は来てるかなって思ったけど、やっぱりここにも来たのね。ってことはカズオ、貴方もそうなの?」


 「いえ、僕は平気でした」


 「なんでよ!」


 彼女は至近距離で大きな声を出す……びっくりした。


 「さぁ、理由は話してくれなかったので何とも言えません」


 「ちぇ、いいわね。カズオは」


 今度は不貞腐れたように唇を前に突き出した。随分この短時間でコロコロと表情が変わる人だ。


 「お待たせしました……あら、ローラ来てたの」


 そこに丁度、クリーニングに出した服を持ってマリアさんがやってきた。彼女の姿を見つけるなり、ローラさんはピョンと勢いよく椅子から立ち上がった。


 「遅いわよ、マリア。まったく、店がやっているのに従業員が一人も受付にいないなんて駄目じゃない」


 「ごめんなさい、ちょっと今立て込んでて。それで今日はなんの用なの?」


 「ああ、そうだった。聞いてよマリア! 赤マントがね」


 「赤マント?」


 「市警の奴らよ」


 「そう、貴方の所にもきたのね」


 「ふぅ」と息は吐いてあのマリアさんも嫌味が僅かに混じった困り顔を見せた。アントン捜査官、嫌われてますよ貴方達。


 「そう、だから文句でも言いに行こうかと思って」


 ローラさんは怒りを隠そうともせずそんなこと言う。


 「駄目よ、そんな事したら貴方だけじゃなくてお店にも迷惑をかけるわ」


 「でも、黙ってあいつらに従うのも癪じゃない?」


 「その気持ちは分かるけど……カズオさんも何か言ってください」


 急に話を振られてしまった。


 「まぁまぁ、ローラさん落ち着いて」


 「カズオは良いわよ。どうせ連れていかれないんだし……貴方のとこなんて一番怪しいのに」


 うーむ、痛いところを突かれてしまう。


 「こら、ローラ。そんなこと言うもんじゃないでしょ。すみません、カズオさん」


 「はは、気にしてないですから……でもローラさんの言うことも分かります」


 俺がそう言うと、ローラさんは二カッと笑う。


 「あら、そう。貴方も文句を言いに行くべきだと思う?」


 「いえ、そういうことではなくて、どうして僕と師匠は事情聴取を行われないのか分からなくて」


 「良い事じゃない。犯人だと思われてないんだから」


 「それはそうなんですが、ローラさんが言うように僕達は街の人から疑われるくらい、客観的に見た時の動機もあれば毒を盛る手段もあります。そんな僕達は野放しで、逆に動機も薄ければ毒を盛る手段もあるかどうか定かでない人達を一斉に、しかも一日猶予を与えてから拘束するって話も妙じゃありません?」


 「言われてみればそうですが、でも何か彼らなりの根拠があるのでは?」


 「確かにマリアさんの言う通りなのですが、それにしては引っかかると言いますか」


 「「うーん……」」


 2人して考えていると、パンッと両手を叩いてローラさんはいたずらを思い付いたよう子供のような顔を見せた。


 「そんな気になることが多いなら、私に良い考えがあるわ」


 「考えですか?」


 「気になることをぶつけに市警に行くって言うなら私は止めるわよ、ローラ」


 「市警に行くのは止めにしたわ。それよりも2人ともこの後時間ある?」


 俺とローラさんはその質問の意図が分からず首をかしげるが、おしゃべりなはずのローラさんはニマニマとするだけですぐに答えを言ってくれなかった……なんかもどかしい。


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