第18話 魔法の代償


 ――さて、アニタから魔法を教わって三日が経過するが、そろそろ魔法を覚えた本懐を果たそうと思う。


 俺は今トイレにいる。そして俺はトイレの隅に置いてあるアルゲサを一瞥する。


 「今日からお前の世話になることは金輪際ないよ」


 フッという笑い声が自然と漏れた。今俺は左手に手ぬぐいを握りしめ、腰を浮かせて右手を尻に向ける。


 「セルフウォシュレットというのも中々、生きてきて味わうものでもないな」


 俺は慎重に狙いを定める。勢いよく発射したら水が便器からあふれる可能性もあるからだ。


 (よし、ここだ!)


「《ウォ・アクアゲタ》!」


 ビュッと水が放たれる。しかし、慎重になりすぎたのか水の勢いも量も少なく、狙い通りの場所に命中しない。


「やむを得ん、もう一発使うか。《ウォ・アクアゲタ》!」


 二発目を放つときに少し手の方向をずらしてしまったようだ。今度は狙いが上に逸れて腰近くに当たってしまう。


 「むぅ、汚すわけにもいかんからやはり慎重にいかねば」


 俺は気合を入れなおしてから再度狙いを定める。


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 ぬっ、今度は初めと同じミスをしてしまったか。


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 おお、今度は命中したぞ。だが、思ったより微妙だな……


 「それよりもうまく洗い流せたかな? 念の為もう一発やろう。《ウォ・アクアゲタ》!」


 うん、今度も上手くいったな。でも、心配だしもう一度……


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 くっ、狙いが逸れたか。


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 あっ、また駄目だ。


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 よしよし、俺も狙いをつけるのが上手くなったものじゃないの。どれ、もう一つやってみようか


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 おまけにそれ!


 「《ウォ・アクアゲタ》!」


 よしよし、これくらいで十分だろう……あれ?


 なんだろう、急に口の中がパサつくような気がする。ふと俺は、手ぬぐいを握りしめた左手を見る。


 「俺の手ってこんなにしわくちゃだっけ?」


 つい出に自分の顔を触ってみるとカサカサになっていた。


 「……もしや」


 俺はトイレに備え付けられていた小さな鏡を覗き込む。するとどうだろうか。そこにはミイラの様にパサついた情けない男の顔が映っていたではないか。


「そう言えば……」


 師匠の言っていたことをすっかり忘れていた。


 『いいかい、カズオ君。魔法によって作り出される水は無から生まれるわけじゃないんだ。周囲の水分を集めて射出している形に近い。特に今君が習得したウォ・アクアゲタは少ない魔素で扱える代わりに、大気中から水をほとんど集めなくて、使用者の身体から水を集めているんだ。だから、むやみやたらに使うとえらい目に合うよ』


『では、どうして今日は平気だったんです?』


『それはアニタが定期的に君に水を補給していたからさ。だから自分だけでこの魔法を使う際は気を付けるんだよ?』


『分かりました、師匠』


 ……なぜこんな重要な会話がすっぽりと頭から抜けていたんだ?

だが時すでに遅し、俺の身体は干からびる寸前みたいだ。


 いや、だからと言ってここで終わるわけには行かない。こんな情けない姿になってもすぐに水分を取れば……


 急にフラッと立ち眩みのような症状が俺を襲った。


 (あ……れ)


 しまった、魔法の使い過ぎで魔素欠乏状態にもなりそうだ。


 ううう、頭の中がグラグラする。だとしてもこのままではいられない。

 

 俺は考える人と似たようなポーズを取りながらも、どうにか体を落ち着かせる。

 まずは、尻を拭き、それから水を流す……、よし、ここまでは無事にできたな。


 後は立ち上がって、ズボンをはけ……れば


 うっ、目が回る、このままじゃマズい!


 お俺は床に倒れ込みそうになる。


 シュル


 その時だった俺の腕に蔦のようなモノが巻き付き、これはギリギリのところで倒れずに済んだ。


 俺は、自分の左腕に絡んだ蔦の先を見る。


 すると、いつの間にか天井に『トリフガル』が一体張り付いていた。また抜け出したのか?それよりどうやって、ここにやってきたんだろうか? いや、そもそも此奴はここで何をしていたんだ?


 色々な考えが弾の中をよぎるが、まず口にしたのは別の事だった。


「すまん、助かった」


 俺の感謝の気持ちが伝わったのか『トリフガル』は目のような器官をグリグリと動かしてからいった。


「カズオ」


「なんだ?」


「ダッセー」


 そういうと、笑うかのように体全体をギシギシと揺らしたのである。


 ……一瞬、このまま左腕を引っ張ってトイレに落としてやろうかと思った。

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