第7話 仕事を求めて
さて、本ッッッッ当にどうしようか。
貸し出された服を返し、洗ってもらったジャージに袖を通してすぐ俺はギルドの外に出た。
しかし、当てもなくギルドの外に出た俺は辺りをグルッと一周するとギルドのすぐ脇の壁にもたれかかって天を仰いだ。
薄暗い空を流れる雲を見ながら、これからどうするかを考える。しかし、何の答えも出ない。
これが元の世界だったのならどれくらい両親から悪態をつかれようとも、家に帰れば温かい食事と寝床にありつけたが、この世界ではそれも出来ない。
知り合いもいなければ金もない俺に出来る事と言えば空を見るか歩いている人を見るかしか出来ないが、周囲を歩いている人達をぼんやりと眺めていると時折目つきの悪そうな冒険者の男に睨まれるので結局空を見るしかない。
不幸中の幸いというべきか、袋に入っていた食料が無事だったので金がなくてもすぐに飯に困ることがないのは良かったが、それもあと三日分くらい。それまでにどうにかしないとすぐに俺は飢え死にするだろう。
だが、それは今問題じゃない。今俺が直面している最大の問題は今晩何処で過ごすかということだ。ぼんやりしているうちに日も完全に暮れてしまい、段々と外の気温も低くなっている。このまま野宿することが危険だと言うことは明白だし、第一に先ほどからこの辺りをうろついている連中がどう見ても堅気ではないので、一晩過ごすどころか後数時間この場に無事でいられるかどうかさえ心配だ。
「あっ、カズオさんどうかしましたか?」
散々迷った末に俺はギルドの受付に戻ってきた。
「いや、あの一晩泊めてもらえないかと思いまして……」
俺がそう言うとばつが悪そうな顔をしながらハンナさんは言う。
「……でしたら銅貨五枚で大部屋に泊まれますが」
銅貨五枚。普通なら簡単に支払える金額だが今の俺にはそれすらつらい……でも。
ゴトッと俺は剣をカウンターの上に置く。
「これと引き換えに泊めてもらえませんか?」
この剣なら少なくとも銅貨五枚以上の価値はある。いや、それどころか銀貨五枚分くらいはあるはずだ。
だが、剣を見たハンナさんは困ったような笑みを浮かべた。
「えっと……うちは買取をやっていませんので、そのぉ」
なるほど、だからこの剣では支払いの代わりにはならないというわけで……
「では、剣を買い取ってくれる場所を教えていただけませんか?」
「ええっと、鍛冶屋はもう閉まっていますので明日にならないと……」
最初にあった時の元気は何処に行ったのやら、またしても申し訳なさそうな顔に加えて
消え入りそうな声でそう言われる。
「……では、ギルドの隅っこにでも朝までいさせてもらえませんか?」
「ああ、それは、その、あたしの一存では……」
瞳を泳がせてハンナさんが言う。
……うーん、これは本格的に野宿コース決定の流れか?
ダラダラと背中を冷たい汗が流れる。半ば背水の陣で臨んだ護身用武器の売却でさえ不可能ときたのなら、果たして俺はどうすれば良いのだろうか?
ハンナさんと二人してグルグルと思考を回転させても何の回答も生み出すことは出来ない。
「なら、俺が買い取ってやるよ」
そんな思考の迷路から俺を救ってくれたのは後ろから声を掛けてくれたアランさんの一声だった。
「アランさん……?」
俺が振り返る間もなくズンズンと歩いてきたアランさんはカウンターの上にある剣を取ると代わりに銀貨を七枚その場に置いた。それは俺を助けた報酬としてアランさんに支払った金額と同等だ。
「あまり使えねぇ鈍らにしては高い買い物だが、まあいいだろう」
その物言いはあまり好きになれないが、でもこれも彼なりに気にかけてくれているという事なのだろうか?ともあれ俺としては再びアランさんに助けられた形だ。
「その・・・ありがとうございます」
「気にすんな。丁度替えの剣が欲しいと思っていたところだからな。それに、情けないカモに慈悲を施すのもたまには悪くねぇだろ?」
最後に意地の悪い笑みを俺に向けてアランさんはそう言った。内心ムッときたところもあるが、それ以上の正論に対し俺は言葉を返すことは出来ない。
「アランさん、そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか!」
すると代わりにハンナさんがアランさんの口ぶりを諫めるように語気を強める。でも、それに動じているようには見えない。
「そうか?俺は事実を言っているだけだ。大体、あそこで何をしていたかは知らねぇがスライム相手に瀕死になるような奴が森に入って生きて帰ってこれただけでもめっけもんだろ?」
「それは、そうかもしれませんが!」
肯定すんのかい!っと思わずツッコミそうになったが、俺は黙る。またしても事実を言われているのだから反論できない。
「だからといって足元見るような態度で接するのは如何なものだと思います!」
「はっ、でも俺は此奴に金を出してやったぜ?反対にそうやって此奴を擁護するお前には何が出来た?」
まるで煽るようにアランさんは鼻で笑う。くっ、これも含めてまるでテンプレ冒険者みたいな言動をする男だ!……それよりもザカリアス司教の前と違って随分と饒舌だなぁ……
そんなことを考えていると言われっぱなしのハンナさんは若干視線を落とす。
「それは……そのぉ、あたしだって馬小屋とか?で良ければまぁ無料で止められるように交渉出来ますし……」
尻すぼみになりつつもそう言ってくれる。なるほど、馬小屋かぁ……異世界物のゲームっぽいと感じる俺は結構毒されているのだろうか?
「はっ、馬小屋ねぇ? 俺は此奴に暖けぇ寝床をすぐに提供できたわけだからマシだと思わねぇか?」
「ぐぬぬぬ……」
おおっ、初めて歯を食いしばりながら悔しそうな唸り声を出す人を見た。
「カズオさん! 貴方はどう思うんですか!」
「えっ、あっ、その……」
不意にハンナさんに声を掛けられて俺は慌てた。どう返そう……
「まぁ、アランさんの言うことも一理ありますし、助けられた手前僕には何か言う権利はないと言いますか……」
「カズオさん! そんな風に言わなくても大丈夫です! すでにあなたはアランさんに救出手当を支払っているのですから!」
「まあ、それはそうかもしれませんが……」
「はは、こいつは良い。まさかここまで言われてただの一つも言い返さねぇとはこれはとんだお人よしか小心者のどちらかというわけだ!」
アランさんはゲタゲタと中々に下卑た笑い声を出す。
「はぁー、アランさんが悪いのは兎も角、カズオさんもここはビシッと言わないと!」
何故か笑われただけでなくハンナさんにまでそんなことを言われてしまう。
でもねぇ、別に嘘は言ってないからなぁ……
「それで、結局アンタはどーすんだ?」
一通り笑ったアランさんは急にそんなことを言ってくる。
「どうするって?」
「だから、俺に銀貨七枚でその剣を売るってことに異論はないかってことだ?まぁ、さっき俺に礼を言ってた事は別に文句ねぇんだろうがよぉ。これ以上言う事ねぇなら俺は帰らせてもらうぜ?」
「特には……ないですねぇ」
「そうかい、ならもう文句はねぇな。じゃあハンナ、いつもの時間にまた来るぜ?」
「勝手にしてください!」
ハンナさんはまだ怒りが収まってないようだ。犬を追い払うように片手を振って「シッ、シッ!」と言っている。
アランさんはそれを気にした素振りもなく、俺の剣を悠々と肩に担いで大股でギルドから出ていく。
「おい、カズオ!」
「何です?」
出て言ったと思ったら扉を少し開けて顔を覗かせながら俺に話しかけてくる。
「これからどうするのか知らねぇが、困ったことがあるなら相談に乗るぜ? まぁ、金はもらうけどな!」
それだけ言い残すと、再びあの下卑た笑い声をあげながら今度こそ本当に去って行った。
うーん、第一印象は寡黙な冒険者って感じだったけど、今では創作物にいる少し下品なベテランって雰囲気だな。
「全く、アランさんは酔っぱらうとすぐ人に絡むんだから……」
「えっ、あれって酔っぱらってたんですか?」
顔色は最初会った時と変わってなかったし、呂律が回ってないなんて子もない。何より、全然酒の匂いもしなかったていうのに酔っぱらってたの?
「あの人、下戸なんでほんの少しでもお酒飲むとああなっちゃうんですよ。それを気にして飲まないようにしてるのに変に見栄っ張りで他の人にお酒を進められると断り切れずに飲んじゃうんですよ」
「そうなんですね……」
確かにそのことを前提に考えると、昼間と違って饒舌だし良く笑ってたなぁ……
「だからカズオさんも気にしないでくださいね。アランさんはあの状態になると何でもかんでも思ったことを後先考えずに直ぐ口に出しちゃいますから。それで何度喧嘩になったことやら……」
「まぁ、気にしてはないですよ」
でも、思ったことを口にするってことは俺の事カモだとか情けないとか思っていたのは事実なのね……まあいいけど。
「それでカズオさんはどうします? 大部屋に泊まります?それとも個室にしますか?銅貨十枚になっちゃいますけど」
ハンナさんは急にアランさんの話を切り替えてきた。この人も、酔っ払いに絡まれて辟易してたのかな? それにしては随分とエキサイトしていたように見えたけど……
「どうします? さっさと決めてください! ビシッとしないとアランさんだけじゃなくて他の冒険者にも舐められちゃいますよ!」
……話し始めた時と違って元気になったのは良いけどこれかこれで面倒なような……ってイカン、そんなことを考えている場合じゃない。えーと部屋は……
「大部屋にします」
「大部屋で良いんですね? ちょっと五月蠅いかもしれませんよ?」
「そうかもしれませんけど、生憎少しでも節約しないといけないものですから」
「あ~そうですよね……分かりました! では、二階の角の部屋ですので先ほどカズオさんがいらした部屋の先にある階段を登ってすぐ右側の所です。ベッドは空いているのを使ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は彼女に銀貨を一枚渡して、お釣りを受け取ることにした。
「はい、確かに頂戴いたします」
「……あれ?」
銀貨を受け取った彼女が俺に渡した銅貨は十七枚。二枚多いぞ?
俺がそのことを指摘するために顔を上げると、彼女は分かってますと言わんばかりの子どもっぽい笑顔を向けて言った。
「これは私からのおごりです。これくらいしか出来ませんけど、アランさんに言われっぱなしは癪ですから」
「……ありがとうございます」
何と言うか、彼への対抗心が原因と言っても今の俺にとって彼女の行いはとても温かく感じられた。
「……でも二枚も貰えたなら個室に変更すれば良かったなぁ」
二階の大部屋、埃っぽい毛布を頭までかぶって一人つぶやく。
周囲はいくつもいびきが重なり合って不快な合唱を始めている。俺の泊まる部屋には既にガテン系のおじさんが四人寝ていた。誰もかれもが酒臭く、また風呂に入っていないのか泥だらけで汗の臭いも強かった。
「徹夜すると俺のステータスにどんな風に表示されるんだろうなぁ」
もはや俺にはくだらないことを考えながら朝を待つ以外に道は残されていないようだった――
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