第4話 対決、スライム


(……なんだ此奴!? 俺を襲う気なのか‼)


 思わず身構えるがスライムは飛ぶ前と同様に只震えているだけである。


 (何を考えているか分からん、せめて目に似た器官があればいいものの……)


 スライムの中心で相変わらず奇妙な球体が浮いているが、それを見ただけでは此奴が何をしたいのか全く分からない。


 (後ろが無理なら横を一気に駆け抜けるか? ……いや、此奴の左右は背の高い草が生えているし、足元が見えないから何かあったらつまずくかもしれない……何より此奴の脇を通る際に何をしてくるか分かったもんじゃない、なら……)


 俺はチラリと視線を右に向ける。今俺がいるこの場所は別に簡単に歩いて回れる場所じゃない。俺がここまで歩いてきた所や此奴の後ろは獣道なのか比較的高い草が生えておらず、木が密集していることもなくて歩きやすい、そういう道のような所を優先して歩いていたからこそ不慣れな森の中でも俺はどうにか前に進むことが出来ていた。


 だが、俺の立っている場所からして右側は比較的背の高い草はなく、足元は見えないものの歩くことはまだできるだろう。今までは蛇や毒虫、棘のある植物の存在などを嫌って通ろうと思わなかったが、背に腹は代えられない。此奴から逃れるためなら多少無茶してでも一気に右側に走ってみるか。


 幸い、向こうは足が速いわけでもないし、さっきの距離の詰め方を見るに、それなりの跳躍力はあるようだがそれでもまだ俺が走る方が速いはずだ。


 (よし、心の中で三秒数えて、それから全力で走るぞ……)


 俺はジッと、スライムの方に視線を合わせつつもカウントを始める。


 (1……2……3、今!)


 俺は右を向くと全速力で走り出す、自分で思っていたよりも好スタートを切れたのでこの時点で完全に振り切れると思ったが……


 プルンッ、ドサ


 ……しかし回り込まれてしまった、脳内にそんなテロップが表示されたような気がした。


 先ほど見たジャンプは本気を出していなかったのだろうか? スライムは全力で走り出した俺に対し、楽々と先ほどの距離を保ったまま目の前に飛んできたのだった。


 プルン、プルン


 表情どころか顔すら存在しないスライムだが、何処か俺を嘲るように見えるのは気のせいだろうか? その身体を小刻みに揺らしながら俺の前に立ちはだかっている。


 まずいな……次はどうする? 後ろは腰までの高さに草が生えているから走りづらいから逃げ道からは外す……となると元来た道を戻れるかスライムがどいたから先に進む手もあるが、……さっきの跳躍を見るに、また一度のジャンプで前方に居座られる気がする。


 それに、今は少し草の生い茂ったところに足を踏み入れたからさっきみたいに駆け出しにくい……うん?


 チラリと足元に視線を落とした時、剣の柄が目に留まった。


 (はは、なるほどコレの出番が来たと思えばいいのか……)


 俺は先ほどまでお荷物だった剣の柄を握ると、スッと鞘から剣を抜き大仰に構える。


 (異世界での初戦闘の相手がスライムとはゲームなら出来すぎな展開だ。それに、相手が動物でなく異形のスライムならこっちも生き物と戦うという感じがしなくて楽だ)


 俺は一歩前に踏み出し、剣先をスライムに向ける。向こうは一連の動きをどう思っているのかは知らないが相変わらず揺れているだけで何もしてこない。


 (それに何もスライムを斬り捨てる必要もない。もしかすればこっちが適当に振り回すのを見て向こうが去っていくかもしれないし……)


 無論、向こうがそれで刺激を受けてこっちに飛びかかってくるかもしれないという一抹の不安を頭の隅に追いやり、気分はRPGの駆け出し勇者のつもりで俺はまた一歩前進する。


 俺が二歩前に進んだとしても相変わらずスライムは何の行動も起こさない。果たして此奴にどんな考えがあるのだろうか? それとも本能的に動く奴の前に出る習性でもあるのだろうか?


 いずれにしても俺がもう半歩前に足を踏み出し、そこから剣を振り下ろせば確実に当たるであろう間合いに近づいても向こうは何の反応も示さなかった。


 (よし……やるぞ!)


 俺はゆっくりと剣を上段の位置に構え、スライムに狙いを定める。


 (……いや、ちょっと待て。これ、勝手にスライムに攻撃しても問題ないのだろうか?動物保護って……考えはないかもしれないが領主とか近隣の村に断りなく狩りを行うのとかってダメな場合があったような……いやいやいや、今は危機的状況だから正当防衛が認められるのでは? ……でもこのスライムが直接俺に危害を加えようとしているわけでもないしなぁ……)


 などと余計な事が頭に浮かび、剣を振り下ろすか逡巡すると……


 ドゴッ‼


 「うっ……ぐぅ!」


 直後腹に強烈な痛みが走り、気づくと俺はその場に尻もちをついていた。俺が剣を上段に構えたことによって出来た腹という隙にスライムがジャンプを応用した体当たりを叩き込んだことに気づいたのは、痛みで声も出なくなってその場で悶絶する俺をしり目に、何事もなかったかのように俺の一メートル前方に飛びのきユラユラしているスライムを見た時だった。


 (うっ痛ぇ……高校時代にふざけて同級生に腹パンされた時よりも痛いかもしれない)


 幸いなことにスライムが追撃を仕掛けてこなかったために、俺は尻餅をついた時に手放した剣を拾うとよろめきながら立ち上がり、再度剣先をスライムに向ける。


 「このやろう……よくもやりやがったな!」


 威勢よく声を出すが腹は痛いし、なんだか吐き気もする。だが、それ以上にスライムに不意打ちで攻撃されたことの怒りが俺の心を支配している。


 「剣を振り回して追い払うだけでも良いかなーと思っていたが、こうなったら一撃喰らわすまで許さん!」


 俺は痛みをこらえながら駆け出すとスライムに向けて剣を振り下ろす。


 だが、その丸みを帯びた身体を俺から見て右に転がしスライムは攻撃を躱す。空を切った俺の斬撃はそのまま地面に突き刺さる。


 「コンチクショウ!」


 俺はすぐに剣を引き抜くと避けたスライムに一撃を加えるために再度振り下ろす。


 コロコロコロ……


 しかし、そんな擬音が聞こえそうなほどスライムはまるでボールの様に器用に転がり回って俺の攻撃を簡単に避けていく。周囲にはそれなりの高さの草が生い茂っているというのにそれがスライムの行動を阻害することもない、そんな奴とは対照的に俺の剣は草を斬るか地面に突き刺さるかで全く成果を上げられない。


 「いい加減に……ゲホォッ!」


 頭に血が上って再度大きく剣を振り上げた隙をついてゴム毬の様にはねたスライムが俺の腹に突撃する。


 「うっ、げぇぇぇ……」


 膝をついた俺はさっき食べた硬いパンをその場に吐き出してしまう。


 「はぁ……はぁ……くそぁ」


 なんで攻撃が当たらないんだ。攻撃をする前と同様に一メートル前の距離を一切崩すことなく揺れているスライムを睨みつける。


 攻略法はないのか……このままじゃあ何度腹に突っ込まれるか分かったもんじゃない。


 そうだ、こういう時は冷静に状況を確認しよう。


 「『ステータスオープン』!」


 大丈夫、こちらから何かしない限りスライムは動かないはずだから自分のステータスを見る余裕くらいはあるだろう……


――――――――――――――――――――――――

 『名前:坂崎和夫 年齢:二十三 性別:男』

 『総合ステータス』

 『身体情報』

 『健康状態』

 『習得技能』

 

 『特記事項:HPが減少しています』


――――――――――――――――――――――――


 「ふっ、ダメージを受けていることも教えてくれるのね……」


 そんな機能よりもスライムを倒す知恵が欲しいが、俺は自分の状況を見たいが為『総合ステータス』に触れる。


――――――――――――――――――――――――

 

 『HP:22/30』

 『体力:10』(*現在値9・疲労/負傷による減少)

 『力:9』(*現在値7・疲労/負傷による減少)

 『技:1』

 『速さ:8』(*現在値6・疲労/負傷による減少)

 『防御:5』

 『精神力:2』

 『魔法力:1』


――――――――――――――――――――――――


 まあ、特記事項にも記述はあったがHPが8点も減少している……ということはスライムがこっちに与えるダメージは腹部への一撃一発辺り4点のダメージというわけか……って何の参考にもならんか。


 いや、まあ後五発は食らっても大丈夫ととらえればいいのか? 別にそんなに食らいたくはないけど……


 それに『力』や『速さ』がさっきの攻撃と疲れで減少しているし……なるほど、怪我とかって数値にするとこういう風に反映されるのね……こんな風に知りたくなかった。


 さて、これで自分の身体の事は分かったけど、正直言ってだからなんだって感じだよなぁ……


 ステータスを見てもスライムの攻略法が分かるわけでもないし、ならいっそ回り込まれることを覚悟で逃げ切れるまで何度も走るか? ……体力持つかなぁ。


 ……っと考えているといきなり視界が真っ黒になった。


 「へっ?ブボォ!」


 顔面に冷たい袋のような物が当たる感触と共に今日一の衝撃が加わる。俺は自分がバランスを崩して三度目となる尻餅をついた。


 こちらから何らかのアクションを取らないうちは攻撃しないだろうと油断していたら、ステータス画面をすり抜けて俺の顔めがけてスライムが飛び込んできやがった。


 (いっ、痛ってぇぇぇ……!!)


 鼻を押さえて俺はその場を転げ回った。更に、少し時間をおいて首の後ろにもジンジンとした痛みが広がっていく。顔面にスライムが衝突した勢いで首を一気に後ろに逸らしたせいだろうか? ……それよりも鼻が痛い!まるで水の入った袋で思い切り顔を叩かれた気分だ。


 俺は悶絶して地面の上を暴れ回っている時も眼前に表示され続けていた『ステータスオープン』に目を向ける。


――――――――――――――――――――――――


 『HP:17/30』

 『体力:10』(*現在値8・疲労/負傷による減少)

 『力:9』(*現在値6・疲労/負傷による減少)

 『技:1』

 『速さ:8』(*現在値5・疲労/負傷による減少)

 『防御:5』

 『精神力:2』

 『魔法力:1』


――――――――――――――――――――――――


 どんどんHPが減少している……それに他のステータスも悪化しているじゃないか。


 うう、ステータスの詳細な項目を見て具体的にどこが怪我しているのか見たいけれど、そうしているうちにまた攻撃されるかも……


 痛みをこらえてどうにか立ち上がる。スライムは先ほど攻撃してきたのが嘘みたいに何もしてこない。


 「くそぉ……ゼリー菓子みたいな見た目をしてくるくせに……」


 でも、これ以上戦うつもりは毛頭ない。さっさとこの場をズラかる方が得策だ。初めからそうしておけば良いと思うほどにそれ以外に俺のとれる行動はない。まずは、剣を鞘に納めて……


 プルンッ、バチィ!


  カラン……


 鞘に納めようと剣を前に出した瞬間にスライムが突っ込んできた。当然の様に俺にはその動きを察知できず、俺の右手にスライムはぶつかり、その衝撃で剣は俺の後ろの方に弾け飛ばされる。


 「……痛い」


 今日何度目だろうか痛みを覚えるのは……


 スライムが激突した右手を視界に収める。はぁ、ジーンと痺れているし後で腫れるんだろうなぁ。


 でも、それは今重要な事じゃない。大事なことは俺はついに武器まで失ったわけだ(今まで何の働きも見せてはいないが)。これで本当に逃げる以外の道は断たれた、だが、目にも止まらぬ高速の体当たりを前にはたしてにげきれるのだろうか……


 それに、未だにどういう条件で此奴が攻撃を仕掛けてくるのか全く見当がつかない……わけでもないか。


 今のところ攻撃を仕掛けてきたのはステータス画面を見ていた時を除くと、こちらが仕掛けた時と剣を仕舞おうと前に剣先を突き出した時だけだ。最初にこちらが鞘から引き抜いた時は何もしてこなかったことを考えると恐らく俺が剣を振り下ろそうと近づいたから反撃してきた……と考えるのが自然か? その割には俺を逃がさないように回り込んだりしてきたから本当のところは分からんが。


 兎に角それ以降の行動は大体が俺の攻撃に対する反撃だと考えれば、ここで俺が武器を投げ捨てて全速力で逃げれば大丈夫……だといいなぁ。


 よし、ならスライムがまた体当たりする前に逃げ……え?


 何時の間にか目の前にいるスライムが二体になっていた。


(どっ、どういうことだ!さっきまで一体しかいなかったはずでは⁉)


 確か俺は自分の考えの整理も兼ねてほんの一、二秒ほど視線を右手に移した。その僅かな間にもう一体現れたって言うのか⁉


……いや、違う。よく見るとスライムの大きさがさっきの半分ほどになっている……ということは分裂したのか? あの短時間で!?


 ツゥーと冷たい汗が頬を流れるのを感じる。何となくだが、この状況はヤバいんじゃないかと俺の中の『一般常識ラムダル(中級)』がささやいている気がしてならない。


次の瞬間、二体のスライムが同時に左右に飛んだ。


「!」


 俺は慌てて首を左右に振るが、どちらともピョンピョンと俺の周りを飛び回り、視線が定まらない。


 「あっ、これ狙われている……」


 そう思うと同時に右わき腹にドンッとスライムがぶつかる。


 「うげっ!」


 よろけるもどうにか踏みとどまる。幸い、体積が半分になったおかげか先ほどまでの一撃よりも攻撃が軽い……痛いことには変わりないけど。


 バシィッ! 続いて左肩にスライムがぶつかったような感触がしてまたも身体がよろける。ドゴォ! よろける俺の右頬に続いて今度は学生時代にドッジボールが当たった時を思わせるような衝撃が走り、ついに俺はその場に膝をつく。


 頭部への襲撃で朦朧となる視界の中、俺はいつの間にかスライムが三体になっていることに気づく。


(あっ……俺の異世界旅もここまでかな)


 ボコンッ!


 再び顔面に突っ込んでくるスライム、俺の身体にはその一撃を受け止める余力はなく、力なく後ろに倒れ込む。


 バサッ!


 草むらに倒れ込んだおかげか後頭部に加わる衝撃が少ないことがせめてもの救いだと思いつつ急速に目の前が真っ暗になっていき、俺の意識は一秒も経たぬうちに途切れていた。


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