第3話 遭遇、スライム
……そんな風に考えていた時も俺にはありました。
「はぁ、はぁ、どこなの……ここぉ?」
あれから体感で約3時間、俺は未だに森の外に出られずにいる。どんなに歩いても瞳に映る景色が変わることはなく、唯一分かっていることは薄っすらと木々の間に差し込む陽の光りを見て、まだ日没を迎えていないことくらいだ。だが、それも後数時間もすれば日も暮れて森は完全な暗闇に包まれるはずだ。
そうなってしまえばこの森を抜け出すことは不可能となり野宿するための道具もないまま見知らぬ森で一泊することになるだろう。
それがどれだけ危険な事なのか俺でも分かる。寝ているうちに何らかの動物に襲われるかもしれないし、もしくは毒虫に嚙まれる可能性もある。そうなった場合の対処法を俺は知らないだけでなく、対処できる道具を持っているわけでもない。
かといって歩き続けて何か目に見える成果を得たわけでもない。むしろ歩き続けたことで足に疲れが溜まり、このままでは夜が来る前に俺自身に限界が来るだろう。
特に俺の体力を奪っていると断言できるのが腰にぶら下げているこの剣だ。今のところこの鉄の塊は重しになっているだけで何ら俺の助けになっていない。しかも、ベルトを通す穴のないジャージのズボンに無理やり巻き付けているせいか、歩いているとずり落ちてしまい、それを直すために立ち止まってベルトを締めなおす作業もだんだんおっくうになってきた。だからと言って唯一身を守れる武器である剣を手放すのはあまりにもリスクが高い……まともに使えない武器を携帯していても意味があるように思えない気がしないでもないが、護身用の武器があると言う俺の心の安心を守るためにもその場に投げ捨てる事だけは避けたい。
「こんな……事なら剣じゃなくてナイフでも……貰った方が良かったような気もするなぁ」
そんな風に考えると、段々自分が置かれている状況に腹が立ってきた。
だいたいなんでこんな森の中に飛ばすんだ。この森で目が覚めた時も思ったけど俺に天寿を全うしてもらいたいならこんな危険だらけの場所に行かせるだけでその確率が下がることくらい女神様なら分かるはずなのに、それを簡素な地図と数日分の食料を持たせて放り出しただけで大丈夫だと本当に思っていたのだろうか――いや、それどころか本当にそこまで俺の事を考えてくれていたのだろうか?
思い返すほど前の事でもないがあの女神様……いや、心の中でまで敬称はもう要らないか。あの女神は俺の方を見ているようで見てない顔をしていたし、それどころかこっちの質問にまともに答えてくれるどころかほとんど『回答不可』っていう役所とかにある事務的を通り越して機械的な反応で拒否するばかりじゃないか。
まあ、考えてみれば寿命で最期を迎えなかった世界中の人があの部屋に飛ばされるのならそれはもう一人一人に対して丁寧に応対するのも大変かもしれないが、こっちとしては一世一代の重要な決断を下さなければいけない時だというのに、それを無機質な機械的反応で返されてばかりじゃあこっちだってやるせない気持ちになるじゃないか。
しかも、分からないことばかりなのに説明もほどほどに送り出すなんて少しは情ってものがあっても良いと俺は思うんだがね。
……いや、それともアレか? それは手前の人生なんだから手前の手腕で乗り越えろってことか? まぁ、確かに? この世界の住人にとっちゃあいきなり別世界からポンとやってきた人間が女神なんて上位の存在から力を与えられて大きい顔されちゃあいい気がしないってことくらい分かるが?かといって分からない事が多いんじゃあ飛ばされたところでまもとに生きることなく死んじゃうかもしれないじゃか?
……でも、元の世界で培った経験や知識がこちらの世界でも適用されるようになるから真面目に生きていたら転移されても十分に今までの事を応用して生きて行けるだろうって考えかもしれないか……いやいやいや、じゃあ俺みたいにテキトーに生きてきた人には転移先の世界でもそのテキトーな知識で頑張れ、自己責任ってことか?それはいくら何でもあんまりってもんじゃないか女神さんよぉ、誰だって品行方正に勤勉に生きていたわけじゃないってもんだぜ?
……って何を馬鹿なことを考えているんだ俺は、こんなところで脳内で女神様に対して愚痴を言ったって何の意味もないと言うのに……
ただまぁ、よくよく考えてみればまだ今回の転移について分からないことも多いな。
第1に、この世界で寿命を迎えずに死んだらどうなるのか?
第2に、転移と言ったが元の世界での俺の身体はどうなったのか?
第3に、この世界でちゃんと寿命を終えた時、その後俺はどうなるのか?
第4に、そもそも命の総量という概念があるのなら元の世界だけでなくこの世界も踏まえて全ての命に限界となる数が存在するのか?
適当に4つ考えるだけでもこれだけ良く分からないことがある。それにあの女神様もなにを司る女神なのか、そのあたりの事は何も分からにまま俺はこの場所に放り出されたわけだ。
「……この分なら事故にあわず、女神様も関係なくいきなり転移! ……って方が納得できたかもしれない」
でもその場合は【ステータスオープン】の力が手に入ることもないのか……今役に立っているかとか、俺の欲しかった力かどうかは別にして……
そんな下らないことを考えていると、不意に3メートルほど前の木陰に何やらもぞもぞと動く存在があることに気づいた。
「なんだ……あれ」
はじめ俺はその丸くて腰のほどまでの高さがある影を見て猪か何かだと思ったが、プルプルと不規則に揺れながらのそのそと這いずるように姿を現したその生物は俺の想像とは全く異なるものだった。
それはまるで大きな団子の様だった。ぶよぶよとした黄緑色の半透明の身体、そのほとんどが液体で構成されている様だが、よく見ると全身を薄いゼリー状の透明な膜のような物が覆っているためかその体が崩れることはない。身体の内部では時折気泡が発生し、身体の表面までそれが浮き出て「ポンッ」という空気のはじけるような音を出している。また、透過して見える体の中心には青みがかったゴルフボールほどの球体がぷかぷかと浮かんでいる。
明らかに元の世界には存在しない奇怪な生物。だが、俺はその生物の名前をすぐに口にすることが出来た。
「……スライム……か?」
ファンタジーゲームに登場する定番のモンスター、スライム。異世界に来て初めて遭遇する生物がスライムとは……ある意味でお約束の展開と言えるのかもしれない。
だが、たかがスライムと侮るわけにもいかない。ゲームの世界じゃいざ知らず、現実に相対した時、このスライムがどの程度の危険性を孕んでいるのか俺には皆目見当がつかないから……
“こいつはフォレストスライムに限りなく似ている”
その時、俺の脳内に妙な言葉が走った。『フォレストスライム』、初めて見たはずの存在に対し、何故か俺の脳内にしっくりと来る名前がよぎる。まるで此奴のことを知っているかのような……
そうか、これは『一般常識ラムダル(中級)』のおかげか。このフォレストスライムとやらはきっと日本で言うとこの森に住んでいる鹿とか猪等のそれなりにポピュラーな存在なのかもしれない。
ならもうちょっとフォレストスライム(まだ断定していないが)を見ればもう少し、此奴のことが分かるかもしれない……あれ?
どんなに此奴の事を考えようとしても名前以外何も出てこない、なんで?
はっ! そうか! 俺だって別に森に棲んでいる動物の事を訊かれたってその見た目に近い名前くらいならすぐに言うことは出来るかもしれないが、生態について知っている動物なんて何一ついないじゃないか……それじゃあ、いくら考えても名前以外思い浮かばない……
“でもスライムって基本的には毒もなくて無害だけど中には弱っている動物や人を襲うやつもいるんだよなぁ”
……なんでこう嫌な事ばかりは頭に浮かぶんだろうか。とりあえず、あいつが危険な奴だと仮定してさっさとこの場から離れよう。
俺は相変わらず3メートルほど前でプリンの様に震えているスライムから目を離さずに後ずさりを始めた。
(よし、このまま後10歩ほど後ろに下がったら振り向いて一気にこの場を離れてやる!)
ゆっくりと足を1歩後ろに下げたその時だった。
プルンッ、ドサ!
推定フォレストスライムと思われる生物はほぼノーモーションのまま一気に1メートルほど前に飛んで俺との距離を縮めたのである。
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