第2話 ステータスオープン

 

 自転車事故を起こして死んだと思ったら謎の部屋に飛ばされ、今度は見知らぬ森の中。こんなの昨日の自分に言っても絶対信じてもらえないだろう――いや、そんなことを考えている場合じゃない。とりあえず自分の頬をつねってこれが夢でないことを確定させよう。


 ギュッ……頬に痛みを感じる。よほど現実に近い夢を見ていない限りこれは、本当に異世界転移してしまったのだろう。


 一度大きく息を吐き、これが現実なのだということを改めて自分自身に認識させると、まずは周囲を見回した。


 視界に映るのは何処まで行っても木、木、木……まあ、森の中ならそんなものだろう。ただ、ここで重要なのはここが森のどのあたりなのか、それどころかどれくらい広い森なのか、人里からどの程度離れているのか全く見当がつかないところだ。


 「女神様……居場所はせめて人里に近い見晴らしの良い丘とかがよかったんだけどなぁ」

 むしろ、俺に残りの人生を無理なく生きてほしいのならそうすべきだったと思うのだが……


 しかし、ここで愚痴を言っても始まらない。この場所に立ち尽くしたところで誰かが助けてくれるわけでもないし、どうにか自力でこの状況を脱する必要がある。


 でもどうやって?俺はハイキングをした経験もないどころかここ数年は自宅とバイト先のコンビニを往復する以外に碌に外出した記憶もない。そんな俺が一人で何も分からない森の中を抜けることが出来るのか?


 ……いくら悩んだところで答えは出ない。まずは、今の自分の状況を整理しよう。


 俺は視線を下に動かし、自分の身体を確認する。服は転移する前と同じ何時も着ているジャージ、靴はスニーカーのままで何も変わっていない。ただし、女神様と会話する前に見た時も思ったが、事故を起こした際に雨でぬれた跡や、体を地面に打ち付けた時についたはずの汚れなどはなく、まるで洗濯したばかりのような清潔さを保っている。


 そして、視線を落としたことで足元に大きな皮の袋と、一振りの剣が置いてあることにも気づいた。


「これって……女神様が言っていた転移時に支給される物か?」


おれはその場でしゃがむと、まずは袋の口を開いて中にある物を確認のために一つずつ取り出した。


 袋の中には水の入った瓶と固い干肉とパン、三十枚ほどの硬貨が入った財布、そして羊皮紙のような物に描かれた簡単な地図が一枚入っていた。


 「これだけあれば数日の間食べるものには困らないだろう・・・味がおいしいかどうかは別として。それよりも気になるのは……」


 外に出した物を袋に戻してから俺は刃の収まった鞘を手に取って立ち上がる。

 ズッシリとした剣の重みが両手に伝わる。間違いない、いままで本物を触ったことはないがこれがレプリカではないことを俺は感じた。


 「これから先、この剣が俺の相棒になるかもしれないのだからとりあえず構えてみるか……」


 本物の剣を扱うことにちょっとした興奮を覚えながら鞘から剣を抜き、かつて見たハリウッド映画に登場した騎士の姿を頭の中で思い描きながら右足を前に出し、左足を少し後ろに引いて自分の思う理想的な構えをとる。


 「おお、鏡がないのが残念だが意外と様になっているんじゃないか?」


 俺は剣を思い切り頭上にまで上げて構えると、「エイッ!」と声を出しながら振り下ろしてみた。


  ブンッ


「うぉっ‼」


剣を前に振り下ろした時に、俺はバランスを崩して前につんのめってしまう。どうにか左足を前に出して転ぶことは免れたが剣を支えることは出来ず、刃の先端が地面に振れてしまった。


 「いっ、意外と難しいもんだな・・・」


 強引に頭上から振り下ろしたせいで、剣の重さに身体がついてこなかったみたいだ・・・だが、一度経験すればもう同じミスはしないだろう。俺は再度剣を構えると、今度は無理に頭上まで腕を上げず、以前テレビで見た剣道の面打ちを思い出しながら何度か素振りをやってみることにした。


 「えい、やぁ、とぉ!」


 ブンブンと何度も剣を振り下ろしてみるが、やればやるほど自分のイメージする剣士像とはかけ離れた動きになっていく。真っすぐ振り下ろしたつもりが斜めに剣を振り下ろし、その度に剣の重みに耐えきれずに身体はぶれてしまいバランスを保つことさえ困難なありさまだ。これでは剣を振ると言うよりも剣に振り回されているようにしか思えない。


 それでも、何度か続ければ様になるだろうと思って続けては見たものの……


「はぁ、はぁ……はぁ」

 五分後には息も絶え絶えとなって、剣先を杖のように地面に突き刺すようにして、俺はそれにもたれかかっていた。


「腕……痛い、こんなにも……剣を振るうのって難しい……のか?」


 正直言ってこの剣を地面から抜いて剣先の汚れを払って鞘に戻すことを考えただけでおっくうになるほど俺は疲れてしまった。これも日ごろの運動不足のせいだろうか?


 それだけでなく、俺はこの剣で身を守れと女神様に言われたがこんな有様では目も当てられない。せめて、半年訓練を受けた程度の剣術の力を授けてもらった方が良かったような……いやいやいや、待て待て待て。

 

「そう言えば、俺何の力貰ったんだ?」


 この世界にきてアレコレとしてきたがまずはそれを確認すべきだろうに。


 「でも、俺何が欲しいってあの時言ったんだっけ?」


 首をかしげながらつい三十分くらい前の出来事を思い返す。


 「確かどんな力を授けて貰うか考えて、あれもダメこれもダメとなって最後に……俺の筋力を増やすみたいな話になったことは覚えてるんだけどそれもダメで……その後に、そうそう、漫画の主人公はどういう風だったか思い出して……“ステータスオープン”って口にして……」


 ピコン


 そういった電子音を伴って突然自分の顔の前三十センチほどの地点に大きなスクリーンが映し出された。


 「うぉっとと、なんだこれ!?」


 突然のことに後ろに転びそうになるが、どうにかこらえて目の前に浮かび上がったものを確認する。それはまるで壁に貼るタイプの薄型テレビの画面の様であったが、間違いなく何らかの機械ではなく、まるでホログラムで映し出された映像だけが宙に浮いているようだった。しかもその映像は俺がバランスを崩した時にぴったり三十センチくらいの距離を保って俺の目に映るように追いかけてきた。


 俺は恐る恐る手を伸ばして宙に浮いている画面の端に触ってみた。その表面は飲食店に置いてある大型のタッチパネルの様であり、ますます何かしらの機械の画面だけが俺の眼前に浮いているようにしか思えない。


 「なんでいきなりこんなものが出てきたんだ……」


 そこまで口にして俺は気づいた。


 「これってもしかして……“俺のステータス画面”……なのか?」


 そう思ってよく見てみると、どことなく俺が元の世界で遊んでいた古典的なRPGの作中に表示されるステータスウィンドウに似ているように感じる。


 「これって転移者全員に配られるサービス機能みたいなもの……なのか?いや、確かこの世界に転移する直前……女神様が『確定しました』とか言う前にステータスオープンがどーたら言ってた様な……まさか」


 そう思って俺はたった今表示されている画面に視線を移す。よく見てみると、表示されているスクリーンには俺の名前を含め幾つかの単語が載っていた。


―――――――――――――――――――――――――

 『名前:坂崎和夫 年齢:二十三 性別:男』

 『総合ステータス』

『身体情報』

 『健康状態』

 『習得技能』

――――――――――――――――――――――――― 


 大きく分けてこの五つの項目が載っている。最初の名前に関する部分以外はそれぞれ詳細な情報があるようだが、タッチスクリーンのように触れば表示されるのだろうか?

 俺はとりあえず『総合ステータス』という単語に右手の人差し指で触れてみた。

 すると俺の思った通りに別の画面が表示される。

 

―――――――――――――――――――――――――

 『HP:30/30』

 『体力:10』

 『力:9』

 『技:1』

 『速さ:8』

 『防御:5』

 『精神力:2』

 『魔法力:1』

―――――――――――――――――――――――――


 「おお……」


 まるで本当のゲームの様な単語と数字の羅列だ。いやはやこれこそ異世界転移の醍醐味というやつ……しかし、この数字はどういう意味なんだ?」


 ゲームであればHPが0になればそのキャラクターが行動不能、気絶、死亡といった状況になるのも分かるし、力や技等の項目やその下の数値も理解できる。ただ、生身の人間として考えてみるとこの数字が具体的に何を表しているのだろうか?見ただけじゃ分からん。


 「これも触ってみると分かるのか?」


 俺はとりあえず『力:9』の項目に触ってみる。すると更に細かい項目表示される。

『総筋肉量:21キロ』・『関節:やや硬め』・『疲労蓄積度合い:低』等々、『力:9』という項目一つの中にも無数の項目が存在していた。


 「なるほど……イマイチ良く分からんがこれらを総合して現した数値が『9』ということなのか……それでこの『9』という数値は高いのかそれとも低いのか?」


 色々と考えてみるが比較できる数値が存在しないため結局この数位が大きいのかどうか良くわからない。


 「……まあ、今考えても仕方のないことか。それよりもまずは確認してみたいことがあるよな」


 俺は、どの画面の時も決まって左下に表示されていた『ひとつ前の画面に戻る』と書かれた場所を二度触り、最初に表示されていた画面に戻すと今度は『習得技能』に触れた。


 『生来技能』

 『学習技能』

 『付与技能』

 

 なるほど、『習得技能』はこの三つに分けられるのか。まずは『生来技能』から見てみよう。


 『生来技能一覧』


 『なし』


……なしか。えっ、本当に何にもないの?……というより『生来技能』ってなんだ?これヘルプ機能とかない?


 そう思ってとりあえず、スクリーンのあちこちを見ていると右上に小さく『?』マークがあることに気づいた。


 「これか」


 それを押すと簡素なテキストボックスが表示された。


 『生来技能:生まれ持って習得している特異な能力、およびその能力を生かすことによって習得できる技能。後者については技能の末尾に(関連技能)が記載されている。後天的に習得できる可能性が存在する一部の技能はその内容に類似性が認められてもここに記載されない』


 ほうほう、つまり本当の意味で生まれ持った才能のようなものだけが記載されると言う事か。そして、俺にはそういったものが一切存在しないことが載っているのか……ここを見なければ俺には気づいていない特別な力があるんじゃないかという希望を抱くことが出来たのか……はぁ、まあいい。それよりも次だ次。


 気を取り直して今度は『学習技能』の項目を選択する。


 『日本語(上級)『・『一般常識日本(中級)』・『カラム語(上級)』・『一般常識ラムダル(中級)』・『接客業(初級)』・『中等教育(修了済み)』等々、こちらの項目は先ほど違ってざっと見ただけで十数個は確認できた。画面の橋にはスクロールできるようなマークもあったので倍近くあるのかもしれない。


『学習技能』もヘルプ機能で説明を見ると、


『今までの経験を通じて学び得た知識、および技術』


 と書かれている。ほとんどの技能は概ね俺がこれまで歩んできた人生に伴って得たものだろうと何となく分かるが、俺は生まれてこの方『カラム』や『ラムダル』という言葉を聞いたこともない。


 ただ、この二つが話せる言葉、そして一般常識としてあるということはコレが女神様の言っていた元の世界で俺が話していた日本語や生活してきた中で俺なりに身に着けた一般常識とやらをこの世界のものに当てはめたというわけか……俺の常識が中級レベルなのもこれなら頷ける。まあ、納得してて悲しい部分もあるが致し方ない。


 そして最後に俺は『付与技能』の項目を開く。そこにはただ一つだけ技能が存在した。


 『ステータスオープン(恒久)』


 「やっぱりか」


 この力を使った時から何となく分かっていたことではあるが、この『ステータスオープン』が女神様の授けてくださった力というわけか……


 俺は『ステータスオープン』の文字に指を触れ、簡単な説明を読む。


 『この技能は使用者の現状を把握するために用いるものである。使用者の身体情報のような医学的な検査を通じて得られる情報や自身の学習深度と言った客観的に知りえないものも含めすべて表示される』


 この説明から分かることは要するに人間ドックを受けなくても常に自分の健康状態を確認できるし、何らかのテストを受けなくても自分がどの程度特定の分野にまつわる知識を会得しているのかを把握できるという事か。


 ……便利な技能であると思うが、転移する前の世界で欲しかった力だなぁ。


 今、この技能があったところでこの森を抜けることに役立つわけでもないし、あくまで自分のことが分かるだけという正しく『ステータスオープン』に恥じない性能とも言えるが、この“ステータス”はあくまで俺の身体に関係する事柄だけでゲームのように所持品の確認とかは出来ないからどうやってこの技能を役立てたら良いんだろうか……


 しかし、そんなことを今は気にしている場合じゃない。俺はヘルプを閉じると『付与技能』がどういうものなのかを確認することにした。


 『魔法、またはその他の強力な力によって一時的、または恒久的に授けられた能力。本人の意思で忘れること、もしくはその力を正しく扱えないようなことはなく、忘却魔法などによって記憶を消去されたとしても恒久的な能力を忘れることはない。人知を超えた力でなければ他者に技能を付与することは出来ない』


 まさに女神による力によって得られたとしか思えない説明だ。二度目になるがそれが今この場で役に立たないことを除けばさぞ有用な力だろうよ……


 俺は『付与魔法』の項目を閉じると一応確認として他の見ていない項目を見てみた。


 それによりも正しく覚えてもなかった自分の身長・体重・体脂肪率に血圧の数値まで見ることが出来たが何度考えても今の俺の力にはならないという結論を補強するだけの事だった。


 「はぁ……」


 ため息をついて表示されているスクリーンの右上に小さく表示されている『×』に触れ、自分のステータス画面を閉じる。


 足元の袋から地図を取り出し眺めてみる。地図の右下側四分の一ほどが森に覆われ、その上部分に山脈が広がっている。地図の左半分には街道と城壁に囲まれた大きな都市が一つと小さな村が二つあるのが分かる。


 実際には都市や村に当たる部分にはその名前が記載されているだけだが、俺にはそこがどんな場所か何となくわかる。恐らくこれが『一般知識ラムダル(中級)』を習得しているためだろう。


 ただし、いくら頑張って考えてみてもこ今自分がいる場所が地図に記載されている右下の森の何処か、ということしか分からないのは俺が、元の世界で道の舗装されていない森に一度も入ったことがないことによる日本のそういった森に対する知識の不足、という所から来ているのだろう……それによって俺は転移早々一歩も歩いていないのに迷子になっているというわけか。


 「全く、本当に、面倒な場所に俺を飛ばしてくれたものですよ名も知れぬ女神様」


 まぁ、ここでずっと立ち尽くしていても事態が好転するわけでもない、ということは……


 「歩くか」


 行く当てもないがここにとどまり続けているよりもここを動くことを決意する。もしかしたら森の中を流れている小川を見つけられるかもしれないし、その小川を辿れば森の外に出られるかもしれない。希望的観測に過ぎないが、とにかく自分の心を明るく保つためにもそう考えてこの場から行動を始めることにする。


 俺は、袋の中に地図を仕舞って革袋を背負い、剣は鞘にベルトのような物がついていたのでジャージのズボンの上から強く縛って脇に剣をぶら下げるようにした。


「不格好ではあるが、これが新しい世界での冒険の第一歩になるというわけか」


 問題が山積しているが結局のところこうしたファンタジー世界に降り立ったことに嬉しさを感じずにはいられない俺は口角を上げながらまずは適当に真っすぐ歩き始めることにした。もしかすると、ここは森のど真ん中ではなく、少し歩けば外に出られる場所に女神様も飛ばしてくれたのかもしれないのだから。

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