微妙なスキルで異世界探訪
青鹿毛進九朗
第1話 異世界への誘い
ゴンッ!という音と共に側頭部に大きな衝撃を感じた。これは大きな傷になるだろうと自分の事でありながらまるで他人事のように思ってしまった。
自転車から放り出され、強かに体を地面に打ち付けたからか、指の一本も動かすことが出来ない。
しかし、意外と痛みはあまり感じていない。大きな衝撃を受けた時はあまり痛みを感じないものだと知ってはいたが、いざ自分が体験すると感慨深いものがある。
体はほとんど動かず、無理に起き上がろうとしたらアスファルト上で大の字になってしまった。シトシト降り始めた雨粒が顔に当たるのを感じながらこれからどうしようかと考える。
だが、自分の思っている以上に受けた傷が深刻なのか、徐々に体から感覚が無くなっていき、思考もまとまらなくなってきた。
困った、こんなところで死んでしまったらあまりにもくだらない原因で家族に申し訳が立たない。
……いや、元々家族に顔向けできないような生活を過ごすこと二十余年。その恩の一つも返せぬうちにこのような最期を向けることなると思うと、情けなくて涙の一つも出てこないものだ。
そんな過去の行いについて考えているうちに最期の時がやってきたのか、まるで睡魔が襲ってきたかのように瞼が重くなった。
「ああ……」
自然と、口から声が漏れる。
「もう少し、まともに……」
生きていたかった――最後の言葉さえ口に出せぬまま、急速に自分の意識は失われていった。
どれくらいの時間が経過したのだろうか。
今、どこかの空間で自分は事故にあった直後と同様に大の字になったまま寝ているということを認識した。
ここは病院のベッドの上だろうか? しかし、それにしてはいやに硬いマットレスが敷かれている。感覚的には意識を失う前のアスファルトの感覚に似ている。
もしかすると、俺は気を失ったままあの場所に倒れたままなのだろうか。
重たい瞼をゆっくりと開けると、光が差し込んできた。
目の前にはどこまでも高く続く真っ白な天井が見えた。
「ここは……何処だ?」
一瞬病院かと思ったが、あちこちに目を動かしても目に映るのは何処までも白一色の部屋。壁などは一切見当たらず、永遠と白い床が続いている。
体を動かすことは出来るのか。そう思って左右の手を床の上に這わせるように動かそうと思うと、自分が思うように自由に手を動かすことが出来た。
それから一拍置いて、俺はゆっくりと力を入れて身を起こした。すぐに自分の頭に手を当てるが瘤はなく、出血しているわけでもなかった。それどころか全身を強く打ちつけたにも関わらず、体の何処も痛くはなかった。
その場に立ち上がり、改めて辺りを見回しても何も新しいことが分かるわけでもなく、視界全体に白い部屋が広がっただけである。
「新しい病院の一室……というわけでもないよな?」
そんなことを呟きながら自分の服装を確認する。今日、家を出た時と同じ上下紺のジャージに三日前に買ったばかりのスニーカーを履いている。ただし、スマホをはじめとする他の持ち物は一切持っていなかった。
ココは何処なのだろうか? 死後の世界か? それとも意識を失っている俺が見ている夢なのだろうか?
グルグルと頭の中で色々な考えが浮かんでは消えるが何の回答も得られない。
「目を覚まされたのですね」
突然背後から女性の声がした。心臓が飛び上がるほどの驚きを感じながら後ろを振り向くと、今まで見たこともないような奇妙な格好をした女性が立っていた。腰まで届くほどの長い銀髪に加え紺碧の瞳。顔立ちは綺麗な西洋風のモデル女性、と言った感じであるがどことなく人形の様な不気味さを覚えた。
「貴方は誰ですか?」
自分でも驚くほど、すんなりとその言葉が口から出た。
「私は、貴方の世界を管理する女神です。残念ながら坂崎和夫さん。貴方は先ほどの自転車事故によってお亡くなりになりました。享年二十三、寿命をあと六十二年ほど残した状態です」
「……はい?」
女神、そう名乗った謎の女性はいきなりそんなことを言い出した。名乗ってもいない俺の名前と年齢を口にし、あまつさえついさっきの事故が死因だと言う。
……なるほど、これは夢か
「いえ、夢ではありません」
俺はギョッとした。口にしていないにも関わらず女神を名乗る女性は俺が脳内で考えたことに即座に反応したのである。
「人間の心を読むなど簡単なことです。それと私は女神を名乗る女性ではなく、女神です」
……またしても俺の考えることに反応した。では、これは夢ではなく本当に死後の世界なのか?
「はい、死後の世界です」
「……あの、俺の脳内と直接会話するのを止めてもらってよろしいでしょうか? その、訳が分からなくなるので……」
「分かりました」
そう言うと、女神は急に無口になった。
なんだろう、女神というよりも高度なロボットのようにしか見えない……本当に女神なのだろうか……まあいい、そんなことを気にしていても話は前に進まない。とりあえずもう一度話を聞こう。
「えっと、もう一度確認なのですが、本当に俺は死んだのですか?」
「はい、自転車から落ちた際に側頭部を強打したことが直接の原因です。防ぐにはヘルメットを着用すべきだったでしょう」
「……」
痛いところを突く。確かに俺はヘルメットの着用を怠った。怒りに身を任せて家を飛び出した時にそんなことを考えていなかったからだ。
「それで……ここが死後の世界だとして、俺の身体はどうなったんです?」
「貴方が死亡して五分後に近くを通りかかった人が救急車を呼び、運ばれた病院で死亡が確認。その後、貴方の持っていた保険証から身元が判明し、一時間後にはご家族が病院に駆けつけ、貴方の遺体と対面しています」
「そう……ですか」
……親父にもお袋にも本当に申し訳ない事をしてしまった。その詫びも出来ないのは本当に残念だ。
「貴方の死因については自転車を運転中に倒れて後頭部を強打したものと、すぐにご両親に伝わりましたが、その原因となる雨の中での暴走運転を貴方が起こした理由をご両親が知ることはないでしょう」
「……」
――またしても嫌なところを突く。死後の世界だと言うのに冷汗が止まらない。
「また、転倒を起こすきっかけとなった肉離れについてはすぐに伝わっています」
「いや、その事は伝わってなくていいんです」
意味もないと言うのに女神とやらに突っ込んでしまった。その時、ふと脳裏に嫌な考えがよぎり思わず女神に聞いてしまう。
「あのーもしかして女神……様は何故俺があのような事態を引き起こしたかご存じですか?」
「はい、事故を起こす一時間前に貴方は母親との会話で腹を立て……」
「ああ、もう言わなくて結構です」
「はい」
……なんであんなことしたんだろう。
俺は事故を起こす前、今考えると実にどうでも良いことで腹を立てていた。
その日はバイトのシフトが入ってなくて昼間まで寝ていて、腹が減ったのを感じて台所までいそいそと歩いて行った。
そこで俺は買い物に出かける直前とお袋とばったり遭遇した。
「なんか、食うもんない?」
何気なくそう言ったらお袋はものすごく深いため息をついて俺の事をジトッとした目で見つめると言った。
「昼間でグータラ寝てるような奴に食わせるようなもんなんて何も無いよ。なんか喰いたいなら自分で買いに行きな」
そして鞄から財布を取り出すと、叩き付けるように千円札を一枚俺に渡してきた。
俺はその態度にムッときて「そう」とぶっきらぼうに返事をすると、踵を返してそのまま玄関から外に出た。
そして、視界にお袋が普段買い物に行く際に使っているママチャリが映ったので、腹いせのつもりで跨ると自分の心の中にあるむかむかを消化するがごとくハチャメチャに爆走した。
……その結果日ごろの運動不足が祟って下り坂を走っている時に肉離れを起こし、バランスを崩してそのまま頭を強かに打ち付けたわけだ。
思い返してみても情けない、その上死んでしまうとは先祖に顔向けできない。
……まあ、今生前の自分を振り返っても碌なことはない。ひとまず全てを忘れてこの女神の話を聞こう。
俺が一人事故を思い出して自己嫌悪に浸っている間も無表情で棒立ちしている奇妙な女神に俺は声を掛ける。
「それで、俺はこれからどうなるんですか?」
死んだというからには天国に行くのか、それとも地獄に行くのか・・・それどころか考えてみれば目の前におわす女神様は死後の世界を司る神なのだろうか?日本の神話に登場する神なのだろうか?俺自身がすぐにでもどこの宗教を信仰していると言えないだけでなく、そのような知識に乏しいこともあって、そもそもこの状況がどういったものなのかすら全く見当がつかない。
「貴方には別の世界に転移していただき、そこでこの世界で過ごすはずだった残りの寿命を全うしてもらいます」
「……」
ふむふむ、なるほど……これは宗教的な話よりもどちらかと言えば異世界転移RPGのような状況か……そう結論付けておいてなんだが訳が分からないな。
「……他の世界への転移とはどういう意味ですか?」
「そのままの意味です。今、貴方の住んでいる世界とは異なる世界の事です。この世界で亡くなってしまった貴方の肉体を死の直前まで時を巻き戻し、今の姿のまま別の世界に転移していただきます」
「では、今の世界における俺の身体はどうなるんです?」
「それについてはお答えすることは出来ません」
「何故ですか?」
「貴方にお答えすることが出来ないからです」
「回答になってないのですが……」
「死後の貴方の肉体がどうなったかについて、貴方に知る権限はありません」
「……」
女神……様には俺に言えないことがあるのだろう。それにしても無表情のままフラットな話し方で淡々と冷たい返事をするお方だ。しかも、話さない間はずっと無表情のままこちらを見ているから不敬であると思うが少々……いや、かなり不気味だ。
「なぜ、俺は異世界に行かないといけないのですか?」
「全ての世界の理の中に命の総量というものが存在します。この世に生を受けたすべての生命は等しく、またこの世にある命は常に一定でなければならないのです」
「何故ですか?」
「そのように定められているからです」
「何故そのように定められているのですか?」
「そのように定められているからです」
「……」
駄目だ、俺の力ではこれ以上何を言っても同じような回答が返ってくるような気がしてならない。
「それと俺の転移とはどのような関りがあるのですか?」
「新たな生命を生み出すにはいずれかの命が最期を迎えなければなりません。しかし、生命の灯が正しく最期を迎えなければ肉体が最期を迎えたとしてもその生命の灯は人々には見えぬ形で残るのです。それでは生命の総量は変わりません」
「つまり寿命による死を迎えない限り、どのような形であれ生命は残ってしまうということですか?」
「はい。しかし、一度の生命と肉体との関係が途切れた世界でその生命は再度正しい最期を迎えることは出来ません。そこで他の世界に生命を送り、新たな肉体を得て正しき最期を迎えてもらわなければならないのです」
……理解はしたが、要するに俺は別の世界で残りの寿命分生きろというわけか。だから出会った時に六十二年の寿命を残してと言ったのか。
「理解していただきましたか?」
「……半分は、それと疑問なんですがもしも向こうの世界で寿命を迎えることなく亡くなった場合はどうなって……」
「その事に関してはお答えできません」
「何故ですか?」
「お答えできません」
はっきりと切り捨てるように断言されてしまった・・・やはりただの人間には教えられないことが多いのだろうか?
「状況を理解していただけましたか」
更に念を押されるように同じ言葉を投げかけられる。
「……ええ、実感はありませんが言葉の上では理解できました。それで、異世界への転移とはどのように行うのですか?転移する先の世界や転移先での俺の肉体を含めた状況などを教えていただきたいのですが」
「転移先の世界は既に決まっております。そちらで最後を迎えた貴方の直前の状況に合わせた適切な肉体を用意しております」
「適切な身体?」
「その点についての詳しい説明はお答えできません」
「何故ですか?」
「お答えできないからです」
「……わかりました。では転移先の世界がどのようなものなのか教えていただきたい」
「貴方が転移する先の世界はAW321002です。現地の言葉では『アルヴァス』・『ケドム』・『ソウトバル』・『ベメト』……」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
「はい、何でしょうか」
「何故世界に番号が……いや、それよりも現地の言葉というのはもしかしてその世界の全ての言語でその世界を言おうとしませんでしたか?」
「いえ、主要な言語十七のみを抜粋してお伝えするつもりで……」
「覚えられないので、結構です」
「はい、ではそうします。ではAW321002の成り立ちから解説を再開して……ん」
「あの、その説明どれくらいかかります?」
「二時間を予定しています」
「……長いので、かいつまんでいただけますか?」
「どのあたりを省略しますか?」
「……」
この女神……様は機械なのではないか?何と言うか回答に血が通ってないように感じる。それに俺が黙っている間にじっとこちらを能面みたいな表情でみているのも回答を待っている機械、そうまるでSF 映画に出てくる古典的なアンドロイドみたいだ……
「どのあたりを省略しますか?」「どのあたりを省略しますか?」「どのあたりを省略しますか?」
「……」
しかもこっちが少し黙っているとこうやって定型文のような同じ質問を何度も繰り返すし、本当に自我があるのだろうか。いや、そんなことを考えるよりも先に質問に答える方を優先しよう。ここが俺の見ているリアルな夢でなく死後の世界なら常識なんて通用しないはずだ。
「では、俺の転移先の具体的な場所、転移先の情勢、転移後の俺の身体の具体的な情報の三点を教えていただきたい」
「はい、順にお答えします。一つ、転移先について回答不可。二つ、転移先の情勢、AW321002、深刻な問題なく安定的発展を遂げている。AW321002の各観測地点における現状と合わせて情勢の不安なし。さらに踏み込んだ情報について、制限情報が多分に含まれるため回答不可。三つ、死亡直前の状態、かつ一月以内に命の危険に関わるようなあらゆる状態でないことを確認済みです」
「うーむ……」
困った、回答になっていない。俺の聞き方が悪かったのだろうか?
だが、分かったこととして俺には明かされない情報がある事、そして転移先の情勢という明確な回答を避けるような質問に対してはAW321002という転移先全体を指した回答しか得られないのか……うん? そもそも転移先の世界って今いる世界とどれくらい違う世界何だろうか?これがいわゆる異世界転生や転移もの話では剣と魔法のファンタジー世界のような場所が定番だが……果たしてどうだろうか?
「質問は以上でよろしいですか?」
「あっ、えっと……まだあります」
「どのような質問ですか?」
つい、考え始めてしまったら答えを急かされてしまった。どうしよう……具体的なことが何も思い浮かばない……とりあえず思ったことを訊こう。
「その、どのような質問に対して女神様はお答えできないのですか?」
「転移者が転移先の人々の一般的水準を超えるその世界における情報を開示することは出来ません。また回答可能な質問に対しても、転移者への発信が制限される情報が含まれる場合、回答そのものが行えなくなります」
「なるほど……」
確かに俺だって日本以外の、それどころか自分の国の事でさえちゃんと知っているかと聞かれて答えられる自信はない。また国家の機密情報なんて知る由もないが、神の視点からすればそんなもの簡単に知ることが出来る。まして俺は特別な力を持った勇者として派遣されるわけでもなく、あくまで残りの寿命をその世界で過ごす為に転移させられるわけだからそんなことを教えられるわけもなく……ちょっと待てよ。
「ところで、いきなり転移させられたところでその世界の事は現地の言葉も含めて右も左も分からないわけですから、もし俺が生きていた世界でも突然何も持たずにサバンナの中心に放り出されたところで生きていく自信はないのですが……」
この点については確認しなければならない。俺の頭でどうにか出来る質問のほとんどが回答不可であるならば、せめて転移直後の俺の身体の状態以外のことくらいは訊かなければならないだろう。それだけでなく向こうで二度目の死を迎えた際のことは教えてもらえないわけだし、今以上に妙なことになるくらいなら向こうで生き抜くための最低限のことは知らないといけない。
「その点に関しては問題ありません。坂崎和夫さんには転移先の言語及び一般常識を貴方の現在の母国語及び知識量と同等のものに置き換えて習得する手はずとなっています。また現地における最低限の護身用装備、食料、現金も携帯しております」
「そうですか、それは安心……待ってください。護身用装備とは一体何です?」
「そのままの意味です。身の安全を守るための装備です。転移先の世界の基準と照らし合わせた鉄製の剣を坂崎和夫さんにお渡しします」
「いやいやいや、剣ってなんですか?転移先の世界ってもしかして俺の住んでいた世界とは大きくかけ離れた世界なんですか?」
「一般的な世界常識は貴方の世界が歩んできた歴史と比べて差異はほぼありません」
「差異はない?しかし、俺の知っている限り護身用に剣を持ち歩いている人なんて見たことないですよ!」
「現在ではいないでしょう。しかし転移先の世界は貴方の元居た世界の十四世紀から十五世紀ほどの技術力が平均的な水準です。そうであれば護身用に帯剣していてもおかしくはありません」
「まあ、それほど昔なら……えっ、そんな何百年も前の世界みたいなんですか?」
「はい、ただし比較した場合であり正確にその時代と同じであるとは言えません。細かい差異に関する詳細な情報もございますがそれらのいずれも開示することは出来ません」
「ええ……そんなことも言われましても……こっちは歴史の勉強でさえまともにしてないというのに、これなら魔法もあるようなファンタジー世界を提示された方がいくらか対応出来そうなくらいですよ」
「魔法はございます」
「えっ、魔法はあるんですか!一般的なRPGみたいに!」
「その認識に誤りはありません」
……どうしよう、さっきまで転移することが不安で仕方なかったけど、そんなゲームみたいな感じなんだったらと思うと急にワクワクしてくるな。こっちとしても高校を卒業してからの五年、コンビニでバイトする以外は家でネットサーフィンするがゲームするか以外何もしてこなかったことを考えると、ゲームみたいな世界観の異世界で暮らした方が生活を楽しめるかもしれない……いやでも少し待てよ。
「その、魔法もある所謂一般的に俺の想像するようなゲームの世界ということはもしかして魔物……俺のいた世界に存在しなかったような危険生物も沢山棲息しているというわけですか」
「魔物という定義は転移先の世界に存在しませんが、貴方のおっしゃるイメージとそこまで違いのない生物は無数に存在しています」
「それは面白そう……いやいやいや、それよりも俺は剣どころか木刀さえ握ったこともないんですよ。それなのに剣だけ持って転移させられたところで碌に戦う事すら出来ないと思うのですが……」
「その事に関しては、当方から戦闘技能の無い転移者に一つ著しく強力なモノを除く特別な力を一つ授けることで生存確率を上げる方法を採用しております」
「特別な力……」
「はい。常人の限界までの脚力、並の大人を超えるはるかな筋力など、転移先の秩序を乱さない範囲内で転移者の望む任意の力を一つ授けます」
「なるほど……」
これはあれだ。漫画などで見たことがあるぞ。いわゆるチートスキルに当たるものだろう。
OK、完全に理解した。さっきまではこの不可解な状況に半ば流されるまま合わせてきたがここまでの説明を聞いて確信した。
異世界転移作品は実在した、ということが!
初めはどちらかと言うと神秘的な感じがしていたのだがここまで来ると間違いなく漫画などで有名な異世界物に違いない。剣と魔法のファンタジー世界にチートスキル。それさえあればコンビニバイトのフリーターに過ぎない俺でも何らかの面白いことが出来るはずだ。
その為に肝心なのはこれからのチートスキル選びに関わっている。女神様は具体的にチートやスキルと言った単語を口にしていないがおそらく同系統のモノだろう。ここで選んだモノがこれからの人生に関わるのだから慎重にいかなければ・・・
「ゴホンッ、それでどのようなスキル……ではなく力があるのでしょうか?」
「坂崎和夫さんに授けることの出来る力は全部で十七万五千五百二十四個存在しています。それらは『身体強化』・『精神強化』・『魔法』……」
……へっ?
「あっ、ちょっと待ってください・・・それ大きな区分だけで何種類ございますかね?」
「三百七種類存在します。さらに細分化すると……」
「あっ、説明は結構です」
どうしよう、今まで生きてきた中で、これほどまでに大量の選択肢を一度に提示されたのは初めてだ……
「では、どのように力を選択いたしますか?」
「そのーお手数でなければ俺の脳内に直接力の詳細な情報を送っていただけることは可能でしょうか?」
「可能ではありますが、情報量が膨大なため脳に深刻な影響を与える可能性がある為許可できません」
「あっ、そうですか。では……文書などの見える形で伝えていただけませんか?」
「分かりました、すぐに実行します」
ドサッっという音が聞こえ、振り返ると、数百冊は超える本が無数に積まれていた。なるほど、十七万以上の力があるのならこれくらいにもなるのか……えっ、これ全部に目を通すの?そもそも活字を読むのが苦手な俺が?
恐る恐る、一番近くにあった一冊を手に取る。表紙にはローマ数字で十五と書かれてあるだけで、それを除くと表装が皮のような感じのする非常に分厚い百科事典にしか思えなかった。
とりあえず目次を見ようとページをめくるがその時俺はページが非常に薄く、思っている以上に一冊の分量が多いことを知った。それでも恐る恐る目次を確認するとそれがどうやら火を操る力に関することが書かれていることが分かった。
しかも、扱うことの出来る火の温度、射程距離、火の燃料となる物質、燃焼可能時間、燃焼によって発生しうる自身への被害、やけどを負った場合の対処法、生み出した火の用途など細分化された説明だけで百ページは軽く超え、類似した力の説明や応用などを含めると数百ページにも及んでいた。それだけでなく火に関する本はこれ以外にも複数存在していて、これがその一冊目であることが目次の最後から読み取れた。
「……あの」
「はい、なんでしょうか」
「力を名称ではなく、俺が欲しいと思った力の説明をするので、女神様がそれに最も近い力を授けていただくことは可能ですか?」
「坂崎和夫さんの提示する力に類似するものを授けることは可能です。それでよろしいですか?」
「はい、それで構いません」
「分かりました、ではご希望の能力を提示してください」
よし、これならあの長ったらしい文章を読まなくても俺の考えたものに近い力があるはずだ。活字を読むのは苦手だが今まで読んできた無数の異世界ファンタジーの知識を自分の人生に活かせることが出来るとは思わなかった。
さて、ではどのような力を貰うべきか……よし、決めた。
「では俺に時間停止の力をいただけませんか?」
時間停止があれば危険な生物と遭遇したとしても余裕で逃げ切れることが出来るし、街中で無頼な輩に絡まれても問題ない。それに、他にも様々な点で応用が……
「時間停止には『自己時間停止』と『他者時間停止』の二つの分類が存在します、まずはどちらの力から選択しますか?」
「その二つにはどのような違いがありますか?」
特に自己停止とはなんだ?自分の時間を止めてどうするんだ?
「『自己停止』とは自身の肉体の時を止め、肉体の老いを抑制する、または病の進行を抑える目的で主に用いられます」
「では、『他者停止』はその名の通り他人の時間を止めると?」
「はい、指定した人物の時間を止めることが出来ます」
「フーム、では『他者停止』の力をいただきます」
自分の時を止めることでは俺の目的を果たせないから『他者停止』一択だな、まさかこうも簡単にチートスキルを手に入れられるとは……
「では一秒、二秒、三秒のいずれかの時間を選択してください」
「どういう意味です?」
「『他者停止』の有効範囲を視界に映る全ての目標に対し行うなら一秒、二体なら二秒、一体なら三秒となります。『他者停止』の力は一度使用すると三時間のインターバルを挟まない限り再度使用することは出来来ません。また、一度決めた秒数は変更できないので良く考えた上でお答えください」
「えっ、効果時間短すぎませんか?」
「転移者に与えることが出来る時間停止の効果範囲としては適切です」
「……これが『自己停止』の場合どうなりますか」
「『自己停止』は十秒固定です。また一度使用してから十二時間が経過しない限り再度使用できません」
「ええっ!使い勝手が悪すぎませんか!」
「選択する力を変更なさいますか?」
「はいっ!ええっと、では、その……そうだ!瞬間移動!それに類する力はありますか!」
時間停止がだめなら瞬間移動だ。十四世紀から十五世紀に近い世界なら交通インフラは期待できない。瞬間移動があればその問題を解決するし、何なら運送業の仕事なんてのも楽にできて……
「瞬間移動は『自己』・『他者』・『物体』の三種類がございますが、どれになさいます?」
「……そこまで細かく分類されるんですか?」
「はい、『自己』の場合は自身の肉体及び合計で一キロ以内の身に着けている物、『他者』も同様の基準です。この『他者』には人間を除くあらゆる動植物が含まれますが、五十キロ未満のものに限られます。『物体』の場合は生物を除くモノが対象となりますが三十キロ未満でかつ使用者が認識している一つの個体しか移動させることが出来ません。移動を行うことが出来る範囲は対象のいる地点から八・一メートル以内で、かつ移動先に移動を行うモノが存在することが出来る空間があることが条件です。そのほかにも選択した種類ごとに十一の規則が存在していますが共通するものとして一度能力を使用すると再使用に二時間のインターバルが必要となることがあるほか……」
「あっ、もういいです。別の力にします」
「かしこまりました」
……改めてどうしよう。思った以上に微妙なモノばかりだ。俺の予想以上に厳しい制限があるぞ。まだ二つしか要望を言ってないけどこれだと他の力にもどのような条件が課せられているのか分かったものじゃない。これはより慎重に言葉を選んで伝えないと……
「お考え中とところ申し訳ありません」
「えっ?」
「次の転移者が控えておりますので五分以内での回答を求めます」
「えっ?えっ?どういうことですか?」
「言葉の通りでございます。坂崎和夫さん以外にも転移を行う方はおります。その方の案内を行わなければならないので五分以内で力を決めていただけます。決めていただけなかった場合はこちらの方で選択した力を授けます」
「うそぉ!」
「嘘ではございません」
まずい、まずい、まずい!時間がないとなると混乱してきたぞ!まだ転移先の世界についてほとんど何にも聞いていないというのに!せめて力だけでも俺の選択したものにしなかれば……ああ、考えがまとまらない!
「どの力になさいますか?」
「ああ、えっと、その、そうだ!剣を扱う技を、俺に他者を圧倒するような剣の技をください!そうすれば見知らぬ土地でも与えられた剣で・・・」
「許可できません。それは転移先の人々との能力差を大きく開かせるものです。半年の訓練を受けた民兵の剣技であれば習得可能です」
「では、魔法の才を!魔法のある世界で必要な高度な魔法の知識と腕を!」
「許可できません。魔法は一般的に普及した技術体系ではありません。初級魔導士の用いる十四ある魔法体形の中から一つの魔法を選択して習得可能です」
「なら、筋力を!剛腕を振るえるほどの力を与えてください!」
「平均的な成人男性の一・五倍程度の筋肉量になるように肉体に変更を加えますか?」
「えっ、それってどれくらい凄いんだ?……それよりもあまり運動をしていない俺にそんな筋力だけあってどうすれば?」
「『筋力』が与える力でよろしいですか?」
「あっ、いえ、待ってください!」
考えろ、考えろ!異世界で楽に無双できるチートスキルってなんだ!沢山ネットや漫画で知識絵得ただろう?考えるんだ和夫!そうだ、初めから考えてみよう、まず異世界に飛んだ主人公はどうやって力を得た……今みたいに女神とかに出会ってこうチートスキルを……いやいや、考えるのはそこじゃないだろ!どんなスキルが役立っていた。考えろ、異世界に着いてまず何をしている?とりあえずこう、ステータスオープンして……ステータスオープンしてそれから……それから……
「……ああ、ステータスオープンまでは良いんだ!その後……」
「『ステータスオープン』の力でよろしいですか?」
「そうそう、ステータスオープンまでは良くて……」
「『ステータスオープン』に確定しました」
「……うん?確定とは一体?」
気づけば俺は何かを口走っていたようだ。それを聞いた女神様が今何か言ったような……
「時間になりましたので、坂崎和夫さんの転移を開始します」
「え、えっええええ!まだ何も決めてな……」
「それでは良い人生を、素晴らしい人生を歩めるように心から祈っております」
「まっまだ話は……!」
俺が言い終わるよりも早くまばゆい光が部屋中に満ちていく。その光は瞬く間に強くなっていき、ついには目を開けていることが出来なくなるくらいだ。
思わず俺は目をつぶり、そして僅かな時間をおいて直ぐに目を開いた。
だが、そこは俺がさっきまで女神様と話していた白い部屋ではなく、多くの木々が生い茂る密林のただなかであることを俺は即座に認識した。
「えっ……俺の転移、もう完了したの?」
ポツリと一人言葉をこぼすも、もう誰も反応してくれない。
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